第15話かわいい同居人

「ちょっとお、お兄ちゃん!?」


 ん? わたしは端末から顔を上げて、その声の主を見た。


 うわばみさんの弟、ジローさん。


 ジローさんがお兄ちゃんと言っているのは、わたしの相方、うわばみタローさん。


 だけど呼ばれたタローさんは、まっすぐに廊下をかけてくるや、ごちんと――そんな音が聞こえてきそうな勢いでジローさんの頭をどついた。


「ア・タ・シ・は、お・姉・ちゃん!」


 もうこれ、何度目だろうな。タローさんもタローさんだけど、ジローさんも大概、学習しないというか、懲りない。


「もう、なんでぶつのっ!」


「理由はしつこく言ってるでしょー!」


 タローさんは腕組みをしてつーんと突っぱねた。


 それでも気にしてない様子でジローさんは、タローさんのマントを見ながら、


「ねえ、お兄ちゃん、人間界って寒い~~なんで教えてくれなかったの~~?」


 本当、懲りないジローさんは、いい根性してると思う。


「あら本当。あんた、防寒具用意してこなかったんだ?」


「お兄ちゃんがいるから、大丈夫だと思ったんだあ……」


 タローさんは眉間をもんで、ひゅっと息を吸いこんだ。


 そして、おもむろに着ていたマントの裾を持ち上げ、剣呑な目つきで言った。


 あれは多分、どつきたいのを我慢している。


「アタシはもう一つ、とっておきのマントを持ってる。あんたがこちらにいる間は面倒見る約束だから――ここにある替えのマントを貸してあげてもいい。ただし、またお兄ちゃんと呼んだら、そっこく裸で外に追い出す」


 うわばみさんたら、そんな言い方、しなくてもよさそうなもんなのに。


 わたしはおかしさをこらえて、二人の様子を見ていた。


「ししょー!」


 え?


「証人になってください」


「なんでわたしが」


「他にだれがいるってんですか」


「はいはい」


 しょうがないなあ。


「ということっす。ジロー……」


「はあい……おにいちゃ、お……おねえちゃん」


「なんで、つっかえるのー!」


 うわばみさんが、いちいちムキになるので、わたしはついに吹きだしてしまった。


「きょうだいっていいよね」


「!? ししょー?」


「でしょでしょー? あ、このマント、あったかーい」


 ジローさんがはしゃいだ。


 わたしは黙って軽く頷いた。


「なーんで、そういう結論になるっすか! アタシらのどこを見て!」


 マントをジローさんに貸してあげたタローさんは、部屋の寒さに震えながら抗議した。


 なんのかんので、うわばみさんはやさしいのだ。


 なんの打算もなく、ジローさんに防寒具を譲ってしまう。


 わたしのときもそうだった。


 マントをなくしたわたしに手袋まで貸してくれて、自分はなんでもない顔をしてコーヒーをがぶ飲みしてたっけな。


 うわばみさんのマント、あれは、替えが確か洗濯中だ。


 わたしは梅雨に入ってから何度目かのヒーターを入れた。


 うわばみさん、エアコンの真正面に立って、温風を浴びてぷるぷるしている。


 部屋全体が温まるまで、少しかかりそうだから、温度を三十度まであげた。


 これで、少しはマシでしょ。


 いきなり居候が二人になって、電気代はくうわ、ガス代、水道代までかかるわで、光熱費の請求書がちょっと怖くて見られないんだけれども。


 そのとき、油をさすのを忘れた機械じかけのロボットのように、ぎぎ、と首をめぐらせてうわばみさんはこちらを向いて言った。


「こんやは鍋にしましょう。みんなで鍋、つつきましょう」


「う、うん。お料理はうわばみさんに任せてるからそれでいいよ」


「しょうが、ニラ、ネギをやまもりいれて山椒と豆板醤、カレースパイスを加えてみましょう。腹からあったまります」


「おにい、いや、ううん、えっと、それならキムチとタバスコとマスタード、和がらしもいれようよ!」


 うわばみさんはぐっとサムズアップ。


 後ろ姿が震えたままなんだけどね。

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