第13話ミリシャの願い


 わたしの、願い。


 トウマと幸せになりたい。そのために、トウマの住む人間界を浄化する。


 これは、楽な道ではないし、我慢せねばならないことも多い。


 それでも、トウマと半人間のわたしが共にあるためには、環境を整えるのが必要不可欠なんだ。


 魔界は……どうなんだろうな。もう、わたしが生まれた当時から腐っちゃってたようなもんだし、だからこそママもパパとはすんなり別れたんだと思う。


 魔界では、肉体的にしゃんとしてきてからは、子供も悪環境にさらされまくる。親は子供を谷底に落とす。んだから、あんまり故郷に対してはいい感情を持ってないの。うわばみさんも、そう。


 わたしは魔族。だけど半分人間だから、人間界のことも考慮に入れておかなくちゃダメなんだ。


 かつては、そんなこと考えもしなかった。その日暮らしで自由な環境に満足してた。


 でも、トウマ。如月トウマが現れたその時から、確実にわたしの魂は絡めとられ、心を奪われていった。今は彼の命を護るためならなんでもする。魔界の四天王とだって、渡り合う。


 それで後悔はない。


 そんなことよりも、残り少ない人間たちの命の灯が、一瞬でも永らえることの方が大事。


 だから、わたしは人間界を守り、発展を促す。


「待っててね、わたしの王子様……」


 金鎖のブレスレットをつけ、そこに口づける。幸運のジンクス。わたしを助けて。


 今から逢いに行くの。


 トウマ、力を貸して。





「そんなことになってたのか!?」


 午後の公園。


 あたりまえだけど、トウマは驚いた。


 仕方ないよね。なんにも言わずに計画立てて、今まで知らんふりしてたから。だけどもう、決めたの。


「ボク、ミリシャの彼氏なのに、ふがいなくてごめん」


 あん。


「なんだか水臭い。それより、勝手に決めてごめんね」


 ざざ。足を地面につけて、ブランコをこぐのをやめた。


「?」


「わたし、もっと真剣に考えるべきだった。人間界の事、あなたのこと」


「何言ってるんだ。ミリシャは悪くない!」


 鉄柱に拳を当てる彼を、わたしは見上げた。そして立ち上がる。


「ううん。あたりまえのことだったんだ、好きな人のこと、考えるのは。なのにいつも後ろへ追いやってしまって、こうなるまで打ち明けることもできなかった」


「ミリシャ?」


「わたしのね、中にはね、魔族の心臓が複数ある。中でも魔王の心臓っていうのが、厄介なの。滅したいの。手伝ってくれる……?」


「もちろんだよ」


「ありがとう。好き……トウマ」


 ふりあおぐと、トウマは瞬きを数回して、少しおずおずとして聞いてきた。


「それで、その、魔王の心臓って、なに?」


 あ! あたりまえだよね。人間のトウマが知るはずない。


 わたしは簡単に、魔族を魔王の座に縛りつけるものだと説明した。


 少し、不安だったけど、わたしが次期魔王に一番近いことも話した。


「それで、魔界の四天王を説得するのか……難しいな」


 うん。


 言われてみれば、確かにそう。


 トウマは説得って言ったけれど、わたしはもっとズルく考えていた。魔王の心臓を利用して、四天王の鼻面を引きまわしてやろうって。けど、そうか。そういう考え方もあるんだ……。


 トウマのポジティブな言い方に、ほわんとしてしまったわたしだった。


 いつでも、トウマのこういう感覚は新鮮だ。


「ミリシャ、魔界の重要人物の名簿ろくはないのか?」


 突然訊ねられて、目、きょろん。


 え、なにそれ。そんなもの、あったとしてどうするの?


「情報を集めるんだ。ミリシャたちにだけわかるんじゃなく、協力する人間たちにもすべてがわかるように」


 協力!? 人間が? わたしたちに?


「そんな、急に言われても……」


 わたしの決心はゆらぐ。全部一人でやれよって、トウマが言ったんじゃないの?


「ことは魔界だけじゃなく、人間界にもおよぶ企てなんだろう? 協力者は必要だ」


 風が吹いた。太陽がきらめく。


 考えてもみなかった。家畜同然に思ってる人間たちが、魔界に反旗をひるがえしたら、魔族たちはどう思うだろう?


「どきどきしてきた……」


 どうしよう。胸が熱くなってきた。


「協力者を募るのは、ボクにやらせてくれ」


「頼りにしてる」


「ミリシャの彼氏だぞ」


「うん」


 なんか、あまりの力強さに、笑みが浮かんできた。


 わたしたちは、これからなんだ、と……改めて胸のときめきを抑えきれなかった。


 感極まってキスしたら……。


「ミリシャ、キミってもしかしてキス魔なの?」


 !


「ひどい! ファーストもセカンドもあなたにあげたのに!」


 言うと、トウマは照れたように頭をかいて、


「そうなんだ……? なんだか最初から積極的だなって、ずっと思ってたから」


 あん! もう。


「そういう勘違いって、経験があるからなんでしょ!」


「ま、そうかもね」


「人間の女と比べられるなんてシャク!」


「比べようなんて、ないだろ……?」


 なんという意味深な!


「この、プレイボーイ! ジゴロ! 遊び人!」


「心外だな、それは……」


 少しむっとした顔をしてから、やれやれといったように、彼はわたしの耳元でささやいた。


 勘違いさせたのはキミだよ、と……。


「本来なら酒を呑ませて口説くとこなんだけど」


 っていうから、わたしのハートはヒートアップ!


「なにそれ、口説かれてみたーい!」


 心底思って、その腕にしがみついた。


「ミリシャは口説かなくても、ついてきたけれどね」


 あまりにも素敵に笑うから、わたしもついつい、勘違いしてしまった。


 今のこの時が、きっと永遠に違いないんだと――。

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