第12話勇者たる資質と魔獣狩り

 わたしたちって、わたしことミリシャと勇者トウマよ?


 わたしたちはメール交換をする仲になった。


 そのことについては、内容は伏せておく。


 けれど、気がかりなことはうわばみさんに話した。情報漏洩……まあ、いろいろ未熟なわたしにはアドバイザーが必要だったのだ。


『ボクはね、早いうちに父をなくして、母は魔物にさらわれた。だから、魔王を倒して取り返したかった。だけど、勇者になって、魔王を倒しても母はすでに帰らぬ人となっていた。勇者になって、魔物の血に手を染めて、苦しい思いまでして、それでも無駄だったと知ったとき、どうしようもない虚しさを感じた』


 こんな文面が届いたから、うわばみさんに相談して、慎重に返信した。そうでなければ、直接顔を見て話したほうがよかったのかもしれない。だけど、トウマはメール越しだと饒舌になるらしいから、ここは踏みこむべきか、当たり障りなく接するべきか、おおいに悩んだ。


 うわばみさんは、いったん距離をとり、彼がそうまでして言いたいことはなんなのか、聞き手に回って、話しやすいオンナを演じるべきだと言った。


 彼のメールは続いた。


『勇者は、世界を愛さねば、勇者で居続けることは難しい。それが、勇者の資質だと思う。ボクは、違ったんだな。生きていくことがつらい。失ったものを数えては後悔している。


 魔王を倒しても、世界は変わらなかった。魔物が人間を搾取し、人はいいなりになって餌になってしまう。なら、この世界を変えるには、どうしたらよかったんだ? ボクは、なにをすべきだった? わからないよ。だけど、キミの話を聞いて、少し救われたんだ。世界は変えることができると。あんなことを考えるなんて、キミはすごいよ。理にかなった形で行動せよと、初めて教えられた気がする』


 わたしは急いで返信した。


『そんなことないよ。わたしだって、トウマみたいに一生懸命がんばっている人に逢わなければ、流されるままになってしまったに決まってるもん』


 その日の夜は、返信がなかった。


 わたしは、焦った。変な事書いたかな。嫌われたのかな。明日になったら、またメール、くれるかな……。


 翌日、朝食を摂っているとき、彼からメールが届いた。


『ボクはキミを応援する。手伝うよ』


 わたしははっとして、端末を胸に押し当てた。


 また一歩、希望に近づいた気がして。


 また、彼と逢える、そう感じて。うれしくてソファに倒れこんだ。


「ししょー、行儀が悪いっす。食事さげますよ?」


 うわばみさんが言ったけど、わたしはそのまま突っ伏して、感激に涙ぐんでいた。


 うれしい……!


 わたしが、勇者になることを決定的に意識したのは、この時だった。





 まず、魔獣をなんとかしなくちゃ。彼らは無差別に人間を襲うことがある。


 まるで通り魔かストーカーみたいに、いきなり、もしくはつきまとって精気を吸う。


 そんなの放っておいたら、治安どころの騒ぎじゃない。この世は伏魔殿だ。


 近々、魔界の扉が封印されるらしいから、その前に全員あちら側に送り返す。


 わたしは、四天王を呼び出し、亜空間に集まるように言った。


『姫様、永らくお見限りでしたな。人間界はいかがです』


「ん、まあまあ。シャバ・ダ・バーン、元気?」


『おかげさまで』


 シャバ・ダ・バーンは青いたてがみをわさわさいわせて頷いた。


『姫君のいらっしゃらない魔界はそれは寂しくて』


 か細くうねるような声が続いた。


「ふっ、レ・スパダール、そんなこと言って、なかなか楽しく過ごしてるらしいじゃない」


『それは言いっこなしですよ、姫君』


 レ・スパダールが細い眉をしならせてハの字にしながら言った。


『そう、魔界は人間界と一蓮托生、なのですからな』


 シャバ・ダ・バーンが、あいかわらずわさわさと、わかったふうに言う。


「その人間界を汚すのはどうかと思う。貴族たちに言って、魔獣を引き取ってもらえない?」


『今回の招集は、そういうことでしたか』


 美貌の才媛で闘拳士出身のサ・ガーンが、拳を無意味に打ち合わせながら見つめてきた。


「あと、顔を出してないのはだれ?」


『ゴーギャン・グ、奴は地獄の管理局にいます』


 レ・スパダールが、青い顔を難しそうにゆがめて報告した。


「ふーん。魔獣の管理も彼に任せたいんだけど」


『無理に引きずってでも、やらせましょう』


 魔界でも屈指の、不気味な笑いを張りつかせながら、レ・スパダールが言った。


「ん、頼んだ」


 どいつもこいつも慇懃に頭を下げる。


 簡単に切り上げてわたしは私室に戻った。


 魔界の四天王は、おとなしく言うことをきいた。ということは、扉の封印を提唱し、実行しようとしているのは、彼らか彼らのうちの誰かだということになる。


 まあ、単に物分かりの良いところを見せて、わたしが魔王になったときに甘い汁を吸おうっていう魂胆かもしれないけれど。そこはわからない。


 魔獣の多くは魔界の貴族たちのペットだったり、番犬、猟犬だったりするから、それを制しておきたい気持ちもあったろう。


 とにかく、ことはしおおせた。


 複数ある扉を管理する四天王や貴族たちに、不満が蔓延する可能性もあるから、次への行動は迅速に行う必要がある。


 人間たちの解放。


 これは少々刺激的にやる。打倒魔王の意気を高め、人々の心を一つにして……魔族と敵対させる。裏切りは許さない。徹底する。


 やり方がワンマンなのは仕方ない。魔界に対抗しようなんて、途方もない望みを人間たちに浸透させるには、カリスマが必要なのだ。


 で、そこは昔取った杵柄。トウマにやってもらいたい。と、話したら、トウマは、


『それはキミが』


 と言ってゆずらない。


 なんで!


『あれほど切望してかなわなかった夢だ。キミに託すよ』


「託すって……なんだか、いい感じの言い回しだけど……」


「ようするにぶんなげたってことっすよね」


 うわばみさん、それは後で。


『宿題にさせてください』


 メールに返信して、わたしはしばらく、家にこもることにした。次への行動のプランを確実にするために。





 だめだ。理論を伴わない行動は危険だけれど、思考していると行動が止まる。行動だけしていても思考が止まる。


 両方を効率よく回すにはどうしたらいいのだろう?


 第一に、思考は素早く、行動は迅速に。けれど、周囲をおいてけぼりにしないように、相互に連絡を取り合う。


 次に、結果をもって解答とし、目標までの軌道を正し、修正する。


 そして、心の指針とすべきは、おのれの哲学。


 ここまで考えたはいいけれど、なんだか自分で自分にプレッシャーだ。


 ぐぬぬ、負けないゾ。しかしなあ、わたし、基本が感性の塊なんだよなあ。直感で動く。そこに理論はない。行動に理論がない、というのはやっぱり後々危うい。


 そこでブレインとしてうわばみさんを頼るわけなんだけど、彼女の情報処理能力とわたしの理解力にズレがあって、ついつい寄り道をしてしまう。


「だからー、天下人はあれこれ自分でやってから他人を指導するわけですよ」


「何が言いたいのかわからない。天下人ってなに? 今、関係あるの?」


「主人というものはですね、わき目もふらず勉強あるのみ。部下はしたがっていく。対立なんて、世が乱れ切ってる証拠でしょう?」


「その乱れた世をユートピアにしたいわけなんだけど」


「四天王は乗り気じゃありませんよ」


「貴族もね」


「そういう意味です」


「え? どういう意味?」


「乗り気でない部下たちをおさめるのです。第一に、魔王の心臓を持っているのはあなただけなんすよ?」


「理屈はいいから、これから先どうするの?」


 わたしは唇を尖らせて言った。


「だいたい、魔王の心臓を持ちながら、魔王の座を拒否するのは不可能なんす」


「魔王の座なんて、永久凍結しちゃえばいいじゃないの」


 だん! 悔しくて、わたしはソファのひじ掛けを拳で打った。


「それは現実的認識力が欠けているとしか思えない」


 うわばみさんはザックリと切って捨てる。


「わたしはやりとげてみせる! そのために、力を貸して!」


 わたしはそれでも食い下がって言った。


「魔王の座を拒否し続ける限り、その心臓は内側からあなたを攻撃し、破壊するでしょう」


 うわばみさんは苦々し気だ。


「それでも! やりたいの」


「確かに、ここまでの道のりであなたが逃避し続けてきたものは、四天王を苛立たせ、貴族たちをつけあがらせてきたかもしれない。理想だけでは物事は運ばないんす。それでもとおっしゃるのなら、あなたご自身でやってごらんなさい」


「魔獣は片付けたじゃない!」


 言いつのると、うわばみさんは言いごもった。


「れいの、あれ。召喚士……」


 あ。


「ヨルムガーンたち、ね」


 わたしの声は沈んだ。


「つまり、先々に不安が残るようなやりかたではいつかしわ寄せがいくんです。あなたにも、勇者にも」


「……」


 ヨルムガーンはもともと人間だ。人間でありながら、魔界に寄生する悪の温床なのだ。今も地上でふつふつと魔物を人間界に召喚しているに違いない。めんどくさいことに、それをまた魔界へ追い返すのがわたしの役目だ。


「それに、人間たちの感情も考慮にいれなければならない」


「いつぞや、殺されかけたっけ」


「そうでしょう?」


「ふう、黙ってれば、いつか誰かが、なんとかしてくれるってもんでもないんだ……」


 わたしはおどけて、肩をすくめた。


「わかっていたはずでしょう?」


「うん。そのはず、だったんだけどね……庶民の生活がしみついちゃってて、少々うっかりしちゃったみたいよ?」


「困ります!」


 なんで、いまさらこんな話をしているのだ。頭、パンクしそう。


「ヨルムガーンの狙いはなんだと思う?」


「勇者の命か、魔王の心臓、どちらかでしょう」


「あるいは両方……」


「どちらも譲れませんよ」


「わかってる」


 貴族たちに招集かけても、名誉貴族であるところのヨルムガーンだけは、顔も見せなかった。わたしを襲ったので、魔界のほとんどを敵に回したのだ。当然だった。


「勇者の命と魔王の心臓をどうするつもりなんだろう……」


「さあ。どこぞの魔獣に喰わせるつもりなんでは?」


「それか、お気に入りの魔族に植えつける、かな」


「実質それは今のヨルムガーンには不可能なんす。魔王の心臓はその持ち主しか、移譲はできませんから」


「問題は、いつヨルムガーンがしかけてくるか、ね」


「しかけられてからでは、遅いんすよ?」


「対策をとるのは最優先事項ね」


「勇者の命の方は、如月トウマ自身を頼るしかないでしょう」


「よし、じゃあそこはノープロブレムってことで」


「いいんですか?」


「だいたい、魔王を倒して、それから先はノータッチだったペナルティーだよ。わたしにはどうすることもできない」


「こちらには、力が圧倒的に足りてませんからね」


「悔しいけれどね。それにトウマはヨルムガーンとは相性がいいみたいだったし」


 けど、だけど。でも……本当のことを言ったら、勇者の命を優先したい。うわばみさんには言えないけれども。


 だけど危ない橋を渡っているのはわたし自身も同様なのだ。行動範囲を狭められるのは避けたい。信じるしかない……勇者、如月トウマを。


「いちいち対処療法とっても病根を叩かなきゃ意味がない。ここは勝負に出る!」


「決めたんすね……」


 わたしは瞬きもせず、頷いた。


「なら、いきましょう」


 うわばみさんが、力強く、請け負った。





 わたしのネックは、一重に魔王の心臓にある。


 そしたら、それを一旦だれかに移譲してしまう。


 ただの人間にはその心臓の負荷に耐えられないだろうから、わたしはヨルムガーンから名誉貴族の称号を剥奪して、そのうえで魔王の心臓を移植してやれ、と思った。


 他にも、魔獣に心臓を埋めこんで、さらにトウマの聖剣で刺し貫いて心臓自体を滅する。


 単純すぎるけれど、わたしには魔王の心臓が邪魔っけなのだ。いや、本当に。


 この世にこの魔王の心臓があるかぎり、魔王は不滅。


 だったら、それを始末する以外にない。


 そして、今は滅びすたれた人間界の文明を新たに構築しなおす。それはもちろん、人間たちの力で。自分たちの意思で、力で。それが彼らの誇りを回復する手段だと思う。


 誰かに支配されて、その誰かに守ってもらって、自分ではなにもしないのでは家畜のままなのだ。だから、ひとつひとつ、自分たちで回復してもらいたい。自信を取り戻してほしい。


 治安はそれから。人間が、人間を裁くシステムも。


 ルールを変えなくちゃ。


 いまこそ、変革のときなんだ。革命だ。総責任者はもちろんわたし。


 ブルってなんかいないんだから! わたしは魔界のエリートなんだから――。


 やらなくちゃ! 魔界の貴族なんかにやられない!


 四天王を制圧して、利用して、それで……魔界は魔界の、人間界は人間界のルールを決めるんだ。わたしがやる! そうでなくちゃ、筋がとおらないもんね!


 わたしは人間界をおさめる。そして、自由を……願いを勝ち取るんだ!

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