第11話恋する資格をください


 わたしはぐじぐじ悩むのは嫌い。


 だけど、現実と理想の区別はつけなくちゃ。


 全ての希望がかなうわけじゃないし、全ての想いが通じるわけじゃない。


 言い方を変えれば、わたしはかなわない希望や想いを抱いたっていいわけでしょ?


 理想を高くもっていいの。


 そのうちの数パーセントくらいは現実につかみ取れるかもしれない。


 だけど、何の希望も想いも抱かなければ、現実は厳しいまま、びくともしない。


 そして数パーセントの願いを押し通してきた身として、これだけは言える。


 理想を抱くものとして、現実を受け入れ、責任をもたなくてはいけない。


 希望はかなえるだけのものじゃない。


 維持し、伝え、貫く覚悟が必要だ。


 夢は終わって最後かもしれないけれど、現実には続きがある。


 理想が、想いがかなったときのことだ。


 だから、今するべきことは……。


 わたしがトウマとラブラブになったときに、ふりかかる火の粉を払いながら、どう生きていくかってこと。


 それをまず考えなくちゃ――真剣に。


「むふ、むふふふ……」


 思わず漏れたほくそ笑みに、うわばみさんが「うわあ」という顔で見ている。


「あ、今考えたんだけどさー」


「いいです。聞かせてくれなくて。どうせろくなもんじゃないんでしょー?」


 う……あ、そう。まあいいわ。


 わたしはヨコハマの駐車場での一件いらい、遠出の時はうわばみさんをつけることにしている。


 今は鎌倉までナビゲートしてもらいつつ、考え事の真っ最中。


 まずまっさきに考えるのは魔王問題。


 これねー、しょーもないことに、周りの意見を聞いた方が早い。結局、わたしが魔王になれば、八方収まるくらいには思っといた方がいい。


 この世界をわたしの思うとおりに、画期的に運営するには、まず、魔物の粛清をせねばならない。魔王に(つまりわたしのパパに)付き従ってきた魔族を束ね、君臨してきた四天王やら貴族やらを。一度、魔界を完全に人間界から隔離する必要がある。


 次に、魔界のルールによって縛られている今の人間界を解放しなくちゃ。


 でもねー。でも、このルールってやつが、その、人間を家畜化するものなのね。家畜って、出口を開けておいても飼い主の元を離れないようになってるもんだから、だから、へたにいじって混乱させてもつまらない。魔界を隔離する、というのは人間世界に安定と安心と安楽な生活を約束する者として、必ずはたさなくちゃなんない。


 とすると、魔王に就任したら第一に、魔界で一番力が強いのは誰か、トップリーダーにふさわしいのが誰なのか、常に見張って力を誇示し続けなきゃなんない。


 考えるだけでしんどい。だからヤなんだけど……。


 だけどこれはルールだ。


 魔王になんなくてもいいの。理想に燃えるわたしの、やるべきことは同じ。


 魔王と四天王と貴族たちを一掃し、魔界を封印する。


 あ。これ、なんか聞いたな。


 わたしと同じことを考えたのがいたんだろう。


 魔界と人間界の扉を封印。


「確か、言ってたよね……」


「ししょー、闇に沈むような独り言はやめてほしいっす」


「あ、いや。だからさー」


 わたしは、今後のプランをうわばみさんに話した。


「本気っすか」


「マジですよん」


「まともな魔物の考えることと違いますよ、それ」


「ふふん」


 わたしは思わず笑ってしまった。ここで、わたしをまともだと思わないでほしい。


「でもそれ、急激に減少してしまった人間を増やすのにはいいかもしれないっす」


 人間を、増やす。


 こういう感覚なの。魔物って。なんでもかんでも、自分たちが人間を管理しないといけないって思ってる。


「失礼しちゃう。人間は黙って放っておいても増えるもんなの。元来」


 でも、それを魔族がつまみ食いするもんだから、その数を減らしてしまった。そういうこと。


「けど、魔界の誰かが、ここで一時撤退しないと、人間が滅びるって考えたんでしょうね」


「そう。期を同じくしてね」


 人間と魔族の違いは、互いに共依存にはないってことだ。


 魔物は人間の血肉を食べなくてはいずれ死に絶える。人間は、魔物なんてのに管理されなくても、放っておけばどんどん増える。


「おそらく、人間のその繁殖力が、魔物にとっては魅力なんでしょうね」


「人間が豚や鶏を飼ってるのと同じこと」


「けど、でも、そうだとすると……」


「あん? なによ」


「その人間と交わって子を成した魔王は、どうなるんでしょうか」


「人間にはいい言葉があるの」


 博愛主義っていう。


「家畜と交わるなんて、博愛主義って気持ち悪い……」


「わたしの前でよう言った」


 思わずぐっと眉間に力がこもる。こういうときでも胸を張っていられるように、パパはわたしをしつけたんだろう。


「グールやらホブゴブリンならいざ知らず、魔王が人間をッて……うえっ」


 そこまで言われると黙る以外にないな。


「人間が内罰的にできているのも、神のおかげなら、神の子をはらませるのも神への復讐なのかもね」


「冗談でしょう」


「ええ、冗談」


「ああよかった」


「神がいたら、魔界など存在するはずないもんね」


「人間が神だと思っているものは……」


「ま、そのへんにしておきましょうか」


 鎌倉駅の屋根を見下ろして、わたしたちは、照りつける太陽を背に、下降し始めた。


 


 時計塔のてっぺんに立って思うの。


 どうして魔物には恋愛観ってものがないのか。


 そりゃね、魔界では同種族でしか繁殖はしないわけだけれど、人間界ではその、ねえ。


 わたしの口からは到底、言えないような行為をするわけで。


 知性や知能が高いと言われる龍族だって、淫蕩で有名。人間界のあちこちでいろいろな生き物と交わって混血の魔物を生み出してる。結果、自然の生態系自体がくるっちゃって、もうろくに自然といわれる生き物は残ってないの。


 このままでさー? たとえば、人間が守り通してきた生き物や自然体系を壊してきて。魔王に擁立されようとしている、このわたしが、勇者と恋、なんて……認められるのかな。


 そんな資格、半分魔物であるわたしにあるのかな。


 そよそよって、風が前髪をさらっていく。心地よい。魔界にはない風。


 そう、まだある。魔物の息がかかってない、自然の大気が、風が、太陽が。魔界にない特別なもの。だから、この人間世界でわたしが生きていく理由がその中にあるんだ。


 トウマに逢ったら、話すんだ。この世界の事、未来のことを。きっと、そうしよう。


 そうしようって、決めてたのに……。





「ボクにそんなこと……第一、被捕食者に選ばれたっていうのに、未来の話なんて」


 いいから、聞いて!


「あなたとの未来、わたし諦めてない」


 真正面から見上げて言うと、トウマはぎくしゃく体を動かした。


「だって、わたしがトウマを守るの。他の魔物に手は出させない」


「不思議な人だな、キミ」


 人じゃないのはわかってるくせに。


「そりゃ、半分は魔族だけれど、半分は人間の味方だもん」


「でも、少しわかったよ。魔界っていうのはヤドリギみたいなものなんだって」


 わたしは、即座にググった。


「ヤドリギ。他の木に寄生していきる、宿主をついに殺してしまうこともある」


「けれどね、ヤドリギが寄生すると、名誉のシンボルになることもあるよ」


「今の人間界はそんなことを言ってる場合? もう、息の根を止められそうな段階に来てるのに」


「だけど、キミのいうことはわかった。思えば一方的に『捕食宣言』をされてるのに甘んじているなんて、自主自立に程遠いよ」


「そう、全ての人間は勇者にならなければならない。少なくとも意識だけは」


「ボクはもう、勇者にはなれそうにない」


「あなたは、ここ一か月、耐え抜いた。でも、そんなの、終わりにしない?」


「おわりって?」


「耐えてるだけではなにも変えられないの。死を待つだけでは世界を救えない。今は魔族が魔王を失って、秩序もなにもないから、だから動くのは今しかないの」


 トウマはしばらく黙った。


「考えてみるよ」


「本当よ? いつの時代だったか知らないけれど、お役所得意の断り文句じゃないでしょうね」


「うそじゃないさ。けれど、キミのしていることは、勇者が目指すことだよ」


「……」


 こんなこと、言っていいかな?


「わたし、勇者になりたい」


「なれると思うよ」


 そういうトウマの表情は硬く、なにか胸に抱えているのがわかった。


 どうして、そんなに寂しげなの? 悲しそうなの?


「わたし、世界を、この人間界を救いたい。いい国にしたいの、この日本を」


「それは、そうかな?」


「だって、あなたのいる世界はわたしも愛おしいもの」


「なにを失っても、そう言える?」


「言える」


「なら、なれるよ。キミは、強い勇者に」


 わたしはうれしくて、トウマの首に抱き着いた。


「でも、最後はキミが決めることになるだろう。世界の命運を。そのとき、自分の影に気をつけるんだ。惑わされちゃいけないよ」


「?」


「さて、今度こそ連絡先を教えてもらうよ」


「あー、メアドでいい?」


「こっちも教えるから」


「じゃ、交換!」


 わたしたちは、幸福だった。


 これが恋なんだと思っていた。


 完全なる愛が未だに検証されてないとしても。完璧な恋はあるんだと……。


 トウマの瞳を見つめていると、自分にはそれが許されているんだと思えた。


「ねえ……キスして?」


 その時の浮かれた頭では、そこまでしか考えられなかった。

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