第9話始まりの恋

「どうーして、そこで食べちゃわなかったんですか!」


 うわばみさんが、頭を抱えてる。


 ソファに座ってクッションの房飾りをいじってるわたし。


「だって、恥ずかしかったから」


「はう! 恥じらうくらいなら頭からがぶりと行けばよかったんですよ! なにが魔界のプリンセスです! それで!」


 わたしはぶーたれる。


「ま、マントも返してもらってないから?」


「いいわけになってません」


「ふーんだ! いじわる」


「いじわるもなにも、最大最高のチャンスをみすみす逃すだなんて。魔王の直系らしくないっす」


「魔王の、直系……らしく、ない?」


 あ、なにか思い当たるその言葉。


 トウマに言ったあの「勇者らしくない」って言葉。


 でも、そう。


 勇者だったら、魔王の後継者を彼女になんて、考えるわけがない。


 わたしは、トウマに生かされたんだ……。


 そして、今度はわたしが魔王の直系らしくなく、勇者の彼女に収まってしまった。


 ……うん。わたしたち、どっちもらしくないことしたよね。


 時代が時代なら、勇者と魔王は敵同士。


 だけど、もうわたしは捕まってしまった。


 トウマの、あの魂に。


 だから、魔族らしくなくても、トウマを大切に想ってる。


 もう、戦わなくていいと言ってくれたトウマ。


 チラッとでも思わなかったわけではない。


 戦いにおいて、トウマが負った痛手を。


 なぜ、勇者団に加わったかのいきさつを、知りたい、と。


「どっちもらしくない! らしくない……!」


 うわばみさんは、しきりと頭をふっている。


 まるで、そうすることで、わたしたちの行いをなかったことにするかのように。


 でも、うん。そうよね。


「わたしらしくなかった」


「そうっすよ」


「今すぐ、トウマのところへ行って、取り消してくる」


「ええっ」


 そんなに、おどろくことはないでしょう。


「間違いはすぐ正さねば」


 わたしは、行かねばならない――あの口づけが、過ちだったというのなら。


 だけど、ああ。


「そんなこといって、また住所連絡先を聞いてないとかいうんじゃ……」


「あうっ」


 わたしは、トウマの事なんにも知らないままだ。なんてことだ。


 彼女だなんだっていったって、住所も知らない。


 まったく、なんにも、一向に、さっぱりわからない。


 今、ここにパパの水晶玉があったらなあって思う。


 逆に、一回ターゲットとしてアンテナ立ったときには、赤レンガってわかったけれど、それっきりだ。


 彼、ステルス機能でもついてるんだろうか?


「彼、センサーにひっかからないんですよね」


 そう! そうなの!


「どうしてだと思う?」


「さあ、アタシはてっきり、もうすでにそこらの魔物に喰われたと思ってましたからね」


「……」


 沈黙するしかなかった。


 どうしよう!? わたしってば、どうしてこうも中途半端でいい加減なの?


「あ、ししょー。近々魔界とこっちの人間界への扉が封印されるって知ってましたか?」


「え! 知らないよ? どこからもってきた情報?」


「っあー! ししょー、もしかして色ボケしててセンサーおかしくなってんじゃないすか?」


 えー? 


「そんなことないもん!」


 色ボケってなによ! 色ボケってー!


「ああいえ。そんな場合じゃないんす。もうじき別の魔王が擁立されるはずなんで、全魔物には通達があるはずなんすよ」


 わたしには? そんなもの、いっこもなかったよ?


「ししょー。ほんとにどうにかしちゃったんすか?」


 うわばみさんが、おどけて言うけれど、そんな真似してる場合!?


「運命を知らないのは、大物か愚鈍か」


「ししょー?」


「ううん。パパが言ってたの。この世に魔王として生まれてきたとき、パパはその運命を知らなかった。知らされなかったのだって。もしかしたら、これもそういうもんなのかなって」


「不安……ですか? 魔王にされたくない?」


「うわばみさん……ううん。なんてことないよ。それにわたしが魔王になるわけないじゃない。きっと魔界の連絡ミスだよ」


 それに、わたしはわたしの道をいくんだ。


 まずは、そうね。かつてパパが魔王として君臨した国ぐにを、バラバラになってしまった民間人が住めるようにする! 


 国と国との国交も貿易も回復させて、荒れた陸路と海路を正常化させ、治安のいい国に変えるの!


 みんなが幸せに暮らせる国に……!


 だけど、ついこの間まで魔王の子であったわたしには、敵が多かったんだ。


 敵――敵ね。魔王に侵略された人間だって例外じゃなかった。





 五月の陽気は陽ざしがあたたかくて風が冷たい感じ。


「はあ、いい気持ち」


 だんだんあったかくなってきて、全身に暖かなぬくもりのシャワーを浴びてるみたい。


 公園のベンチに座ったら、すぐ隣のベンチで奥さんが日向ぼっこしてて、全然気配がなかったものだから、驚いてこんにちはって言ったの。


 そうしたら……ほつれ毛の奥さんはおもむろに手のひら大の石を拾い上げ、こちらにてくてく歩いてきた。


 歩いてきたってほどの距離じゃないな。近づいてきたって感じかな。


 なにすんだろうと思って身じろいでいたら、石を持った手を高く振りかぶってきた。


 え。まさか!


 と思ったけど、額に熱い衝撃を受けて、とっさのことにわたしは身動きできなかった。


「わたしの娘を返せ!」


 血走った眼をみて、ようやくわたしは攻撃されたと気がついた。


「ま、まって。娘って?」


「とぼけるな。いつも定時に帰る娘が、昨日から帰ってこないんだ。魔物に憑りつかれたに違いない!」


 そ、それは心配だろうけれど、魔族は人間なら何でもいいってわけじゃあない。


 天涯孤独だったり、大切な人と死に別れたりして、生きる希望もなくした人をメインに、選んでいるのに!


「あの子は婚約相手に裏切られて、沈んでいた。それにつけこんだんでしょ!」


 まあ、そういう見方もできるけれども。


「本人が死にたいッと本気で思っていて、“あなたは選ばれました”って通知が届いたら、魔物は食べに来ますよ。ていうか、お嬢さん通知が届いてたんですか?」


「そんなものはないわ! あったとしたって、家族に心配をかけるような娘ではなかった。だから、二日も家に帰ってこないのはおかしいのよ!」


「お年頃なんだから、男の家にでもしけこんでるんじゃないっすかー」


 とたん、うわばみさんのハスキーな声が頭上から響いた。


「ば、ばかな」


 ふわふわ宙に浮いていた、うわばみさんが、マントをひるがえしながら舞い降りてきた。


「会社に連絡入れてみなさいよ。案外へーゼンと働いてるかもよ」


「だ、だけど……」


「いまごろラブホの石鹸の匂いさせて、男性社員をドギマギさせてたりね。なんの職種かしらないけれど」


「そんな……そんなはずはない」


「じゃあ、ポケットに入っている端末、無用の長物なのでは?」


 奥さんはぎくぎくっとして上着のポケットを抑えた。


 彼女は端末の使い方をよく理解していないようで、慌てていじり出すその手が震えていた。


 わたしが娘さんの名前を聞くと、ちょうど『真っ赤な太陽』の呼び出しメロディーが鳴った。


「あ、この音はあの子だわ!」


 べつにいいけど、こうして連絡きたってことは、わたしの冤罪は証明されたようなもので。


「ああ、元気だったの。よかった。わかった。会社にはうまく説明しておいてあげるから、今日はまっすぐ帰りなさい。それとも迎えにいきましょうか? うん、うんじゃあね」


 うわばみさんが聞き耳立てて仕入れた情報では、娘は女子会で飲み潰れて、無断欠勤していたとのこと。


「なにそれ、だらしない!」


 わたしは心の中で思った。


 両手で携帯端末を抱くようにして、こちらを見ている奥さん。


「あの、お嬢ちゃん、ごめんなさいね」


「すまないですむか。思いっきり傷になったよ」


 とは言わない。


「お嬢さん、なにもなくてよかったですね。それに変な男につかまったわけでもなくて」


「社会人としてどうかとも思うっすけど」


 うわばみさん!


「ほんとうに、ほんとうに、すみません。病院代はお支払いしますので。どうかここは示談にしてください」


「いえ、いいんです。大丈夫ですから」


「で、でも……」


 青ざめた奥さんは、手にした石を見つめ、無理に指を引きはがすようにして、血のついたそれをぼとりと落した。


 もとはおとなしい人なんだろうな。


 身内が魔族に襲われたんじゃないか、いいやそうに違いないって思ってたからこそ、それを手に取ったに違いないんだもん。


「本当に、いいですから」


 どのみち、わたしたち、捕食者ですし。病院なんて嫌いだもん。


 後半の言葉をのみこんで、額を探る。血は止まったみたい。


「お嬢さん、ご無事でほんとうによかったですね!」


 わりとあっさり言葉が出てきた。


 いい気分は台無しだったけれど。


 魔族に対する冤罪が全て晴らされたわけだし、胸のつかえがとれた。


 正当防衛も適用されないもんね、魔族には。


 平和的に解決させられれば、それに越したことはない。


「お人よしですねえ」


 帰りの道でうわばみさんが言った。


「人じゃないもーん」


「半分だけはね」


「む、何が言いたいわけ?」


「慰謝料とっとけばよかったのに」


「わたしたちは魔物よ? 慰謝料より血肉をよこしなさいって話になるじゃない」


「それはそうか。でもししょー、こうしてる間にも勇者が生まれているかもしれないっすよ」


「なになに? それはたしか?」


「ええ。センサーにひっかかりましたよ。まあ、一瞬でしたけど」


「場所は?」


「時計塔の下」


 どきっとした。


「しばらくうろうろしてましたが、すぐにレーダーの外に行っちまったっす。あれかな、って思ってたら気配が消えて。奴はステルス機能でもついてるんですかね」


 おんなじことをあのひとに思った。


 思い出してみれば、トウマは以前から勇者だった。魔王がいなくなってからは普通の人になっていたけれど。また選ばれない保証なんてないんだ。





 また夢を見た。


 現とも幻とも思えない、燃える、熱い夢を。


 そこは見覚えのある場所。決して近づくことの許されない場所だった。


 魔王城の玉座。そこにわたしは座っている。


 泣いていた。


「勇者よ、待っていたぞ」


 そう言いながら、勢いよく立ち上がるわたし。


 目の前にいるのはトウマで。


 魔王を倒すと言われる聖剣をかかげて、恐ろしい目でにらんでくる。


 メラメラと燃える。ぶすぶすとくすぶる謁見の間。四隅から黒い魔法の煙がもくもくと上がっている。


 わたしは泣いている。


 トウマ、わたしを守ってくれたでしょう? わたしもあなたを守ると言ったでしょう?


 でも声が出ない。


 どうしてなの……? 運命は味方してくれないの? 


 わたしは魔王に、あなたは勇者に選ばれてしまった。


 また、人間は正義と悪の二元論に逃げ込むの? だれがあなたを駆り立てているの? それとも、わたしがそうさせているの? 


 だったら、魔王になってあなたを苦しめるくらいなら、世界をあげるから、わたしごと奪って……?





 目が醒めるとぐったりと疲れていた。


「夢で、よかった」


 ぶるっと身震いして、マントをまだ返してもらっていないことに気づいた。


 うわばみさんから借りたのをずっと使っている。


 前髪をかきやると、頬が冷たかった。


 泣いていたのか、わたし。


 こんなことで、泣けるわたしではなかったはずなのに。


 夢の中では子供に還ったようだった。


 止められなかった


 あれが、夢でなかったなら。


 夢が本当になってしまったなら。


 正夢だったなら。


 わたしはもう、この世に生きていないほうがいいのかもしれない。


 このまま、トウマに逢わず、消滅してしまったほうがいいのかも……。


 わたしはしばし思いにふけって、残された人たちのことを考えた。





「なんなんすか、これ」


 紙に書かれた言葉に、うわばみさんが顔をしかめる。


「とりあえず、遺書」


「見りゃわかりますよ! 表にそう書いてありますからね!? なんだってこんなものが用意されてんすか!?」


「いやー。各方面に迷惑かかると思って」


「そんなっ、各方面なんてどうだっていいんすよ! 今、魔王が選出されそうだっていうのに。ししょー、やることずれてます」


「そんなの、あるの? わたしにやることが?」


「あるでしょーよ!」


「そっか」


 うわばみさんがそう言うなら、わたしはまだ生きていよう。


「とにかく、これは廃棄しますから!」


 うわばみさんが、ぷっとひと吹き酒精を吹きつけると、あっという間にわたしの遺書を燃やしてしまった。


 あんなんでも結構いろいろ考えて、書いたんだけどな。


「そんな準備なんていりませんから。ししょーはロリキャラとして生きていくんです」


「あ、いや。それはどうなの?」


「そうしてもらいます!」


 強く言われて、少し笑ってしまう。


「ロリコン文化の日本でロリといったら、天下とれるかな」


「もちろん、アタシはそこに賭けてますから」


「なるほどね」


 でも、まあ、そうか。


 ここで遺書は、まだ出番がないか。


 しょーがないなー。


 生きるか!


 わたしはまた鎌倉の駅近くの時計塔の上に立って(もちろん、見つけてもらうため)じっと待っていた。


 トウマを、待っていたんだ。


 だけど、


「ううっ、さむさむ」


 ちっちゃな独り言が出てきてしまう。


 もう! わたしはトウマのなんなのよ! 彼女じゃないの? こんなところで吹きっ晒しの目に遭うなんて……トウマのバカあ!


 このままじゃ、またヨルムガーンたちに、見つかってしまう。


 そして今度は、トウマに助けてもらうことはまず無理だ。


 わたし、強くなりたい。


 輝く勇者のように、トウマのように勇ましく、力強い何者かに。


 けど、魔王になるのは嫌なの。


 冗談じゃない。


 早く来てよ、わたしの王子様。


 泣きたくないのに、涙が出ちゃう。


 助けて。


 トウマ。


「おーい。なにしてるんだ? そんなところで」


 え? あ、えっと……。


「トウ、マ……?」


「降りて来いよ」


「トウマ!」


 わたしは飛び降りて行って、しっかりとトウマの胸にしがみついた。


「なんて冷たいんだ。いつからあそこにいたの?」


 わたしは応えに困って、彼の目を見つめた。


 彼は呆れたように見返してきた。


 とっさにわたしは、頬を膨らませて横を向いた。なによ。逢いたかったのはわたしだけ!?


「べ、べつに。トウマを待っていたわけじゃ、ないんだから!」


 トウマの服の袖を引っ張りながら、心にもないことを言ってしまう。


「そっか」


「そう!」


 ばか。納得しないでよ。


「まあ、いいや。これ、返そうと思って」


 と言って、彼がとり出した包みの中にはわたしのマントが入っていた!


「これって……」


「お互い、逢おうって言いながら、連絡先も知らないままで、間抜けだったよな」


「!」


「ボクは待っていたよ」


 え? 


「ここで、キミにまた逢えると思って」


「ば、バッカじゃないの!? こんなところで、約束もしてないのに!」


 うそだ。約束はした。きっとまた逢おうって。


 いいながら、頬が熱くなるのを感じた。


 ううー。どうして?


「バッカじゃなかったら、男はやってられないんだよ」


 うっ。


「それに、キミは来ただろ」


 そうだけど、そうだけどっ!


 そのとき。


 ふわっと背中から覆いかぶさるように、ぬくもりが伝わった。


 トウマの腕がわたしを抱いていた。


「いや」


 とっさに口から出ていた。


 トウマがすっと力を抜いた。


 あわてて振り返ると、その腕の中にすっぽり包まれて、わたしは「好き」という言葉を心の中で反芻した。


「そんなふうに女性の体に触れるのは、礼儀ってものがなってない!」


 トウマはうっすら目を細めて、


「失礼。プリンセス」


 そう言って身をはがした。


 一瞬の暖かさが素早く離れていった。


 ほっとして、わたしは自分の身を抱いた。


 どきどきして、どぎまぎして、心細かった。


 あんな風に抱かれて、なんにも抵抗できない自分が、恐ろしかった。


 わたし、どうしてしまったの?


「歩こうか」


「あ! うん」


 トウマがちらっとこちらを見て、くすりと笑った。


 んもうー! なによ!


 歩きながら横からのぞいたら、彼はまだ笑っている。


 わたしはピンときた。


「わかった。あなたプレイボーイね!」


「え?」


 おどろいた顔をしている。


「だってそうでしょ? いきなり後ろから抱き着いたり」


 わたしをこんなに動揺させておいて、謝りもしないんだから。


「困ったな……」


「なにを困っているのよ!?」


 ふ、と。


 見たこともないような、はにかんだ微笑で、彼はこちらを見た。


「いきなりキスをしたりするから、どんな男が好みなのかと思ったら、とんだお姫様だったんだね」


「え!?」


「手、つなごうか?」


「う? うん……」


 差し出された手に、指先をのせて、顔色を見る。


「よし!」


 なぜだか嬉しそうにそう言って、彼はわたしをいざなった。


 その自信にあふれた表情。


 わたしの胸は高鳴った。


 今までこんなふうに、ふれあったこと、あったかな? ない。


 こんなふうに、導かれたこと、あったかな? ない。


 胸の奥が甘くうずくの。


 これは……なに?


 みるみる緊張が解けていく。やさしい……。


 せつない。甘い気持ち……。


 これは、大切にしないといけない気持ちだ。


 直感的に、そう、思った。


 


「恋、なのかな……」


 ぽつり、呟いてみると、さっとレシーブで受けてくれる存在。


 うわばみさんだ。


「晴れて恋人になったんでしょう? あの元勇者の」


 あ、忘れてた。うわばみさんはわたしが恋愛オンチなのを知らない。知られたところで、冷やかされるのが関の山だから、黙ってたんだけど……。


「うん、だけど、これが恋なのか、やっぱり違うのか、わからないんだよね」


「初恋なんですね」


 うわばみさんはフフっと目じりを下げてのぞきこんでくる。


「ただ、好きなだけじゃ、恋愛じゃないのかな」


 こんなとき、うわばみさんはナイスな決め台詞をかましてくれる。


 いや、期待していたわけではないんだけれど、好奇心。


「好意は、いつ頃恋に変わるのかな」


 思いっきり上目遣いで聞くと、うわばみさんは、


「恋、だなんて言葉が浮かんできた時点で、すでに恋なんですよ。そんなもんです」


 わたし、かああっと残り少ないカロリーを消費して、頬を熱くした。


 そっか、そうなるのか。


「ねえ……」


 わたしは、どうして自分が魔王候補にならねばならなかったかを、ふとききたくなった。


「そりゃあ、ししょーが魔王の心臓を継承したからでしょ」


「は!?」


 なにそれ初耳。


「魔王は、複数ある内の、青い心臓を任意で他者に植えつけることができる。いわば特権です。そしてその心臓が継承され続ける限り、魔王は何度でも復活しますし、不滅なんす」


 そんなものが、わたしの体にあるなんて、知らなかったし。


 魔物は複数心臓があるとはいえ、そんなものが……。


「いつ? いつそんなものがわたしのなかに?」


「おぼえてはいらっしゃらないんですね」


 わたしはこくんと首を縦に振った。日本て国ではこれがイエスの表現。


「多分……魔王さまに実力を認められたときからですよ」


「え?」


 そんなことあったっけ?


「思い出したくないんですね」


 いやだって、実力ったって、人間とのハーフのわたしが他の魔物に対抗する術は、長いことなかったわけで。


「いつ、そんなことがあったっけなあ」


 うわばみさんは仕方なさそうにわたしを見て、苦笑する。


「おぼえてないなら、ししょーにとって、これ以上のことはないっす。ほんと、よかったって思います」


「なあに? うわばみさんは知っているの?」


「完全にではありませんが」

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