第7話魔法少女は幼女ではありません

「どういう、意味でしょう?」


 うわばみさんが呆けている。そりゃそうだよ、やっぱりね。


「魔法少女をこちらに渡せ、と言っている」


「は?」


 うん、あのね。魔法少女っていうのは、わたしのこと。


 魔王に選ばれし器の少女ってこと。


 だけどこの人間界の一部では、それは畏れ敬うべき対象としては、どこか妙な具合に解釈されちゃってて。


 魔法少女は――つまり魔王の娘は、働いちゃいけないんだって。どういうわけか。


 そんなもん、知るもんか。うわばみさんとわたし、さっさと逃げた。


 そのお葉書が届いたのはちょうど数日前で、葉書読みの係りの人が持ってきたときにはどうしたらいいのかわかんなくて。


 とりあえず、ネタにしたんだけど……。


「あっれー、わたし魔法少女だってバレてるよー」


 みたいなことを言った。確かに。


 だけど、なにも幼女だとは言ってない。


 仕事だって持ってる、れっきとした大人だ。


「ミリシャちゃん萌えー、みたいなの増えてきちゃいましたね」


 ブースに入る前の入り待ちや、出待ちみたいなのもちらほら。


 まずいでしょ。


 身分を隠してるのに。


 もう、空飛んで獲物を食べにいくなんてこと、できなくなっちゃう。


 うわばみさんから借りた黒いマントも誤解を招いたらしくて。


 そういうキャラだ、ということになってしまった。


 くだらない。実にくだらない。


 あー、腹が立つ。


 ……本当のところ、参っている。


 王子様、ミリシャくじけそう……!


 助けてえぇぇえ!


 ――ま、仕事だから、やっちゃうんだけどさ。


 最近、一番萎えたのがこれ。


「ミリシャちゃんは、普段からコスプレしてるんですか?」


 というね。


 そうね――コスプレが何なのかわからないので、突如、


「コスプレってなんぞ」


 という、コーナーが打ち立てられ、ごにょごにょやったすえ、わたしのマント姿は魔法少女のコスプレということにされてしまった。


 コスプレね。コスチュームプレイね。


 要するに、遊びなんでしょ? プレイってつくからには、と言ったら、うわばみさん


「別のプレイなんじゃないすかね」


 って、転がってしまうようなことを平気で言った。


 こういう魔物なのね……うわばみさん。


 改めて、酔っ払いがここにいるよと叫びそうになった。


「別のプレイってなに?」


「ええ、ですから。遊びにも種類があるように、男遊びとか女遊びとかの遊びですよ」


「むうー! もっとわかりやすく言って!」


「ええとね? ししょー、もしかしてまだなんすか?」


「まだってなに!?」


「そういえばそうっすね。なんなんでしょう」


 そう言うと、うわばみさんは頭頂部をペンでひっかいた。


 なにかごまかそうとしてる!


 いいよどんで困るくらいなら、その口を閉じてなさい!


「いや、まあ。魔物は強大な力を持つ者同士って、あんまり男と女の関係になりにくいらしいし」


「男と女の関係……?」


「遊びでそういう関係になる輩をプレイボーイ、プレイガールといいまして」


「ああ、そっか。そういう、プレイ、か」


 まだ、なんとなくわかってないんだけど。


「じゃあさ、遊びでない男と女の関係はなんていうの?」


 って尋ねたら。


「さあ、じゅんあいっていうんじゃないですかね」


「じゅんあい? じゅんあいってどう書くの?」


 ここは日本だから、言葉には象形文字からなったいわゆる漢字が使われている。


 文字一つに様々な意味合いやニュアンスがこめられていて、奥深い。


「純・愛、と。これみたいですよ」


 生まれて初めて恋をしたみたいに、真っ赤な顔をしてうわばみさんは携帯端末を差し出してきた。


「純な愛なのね。ピュアラブ。じゃあプレイはピュアじゃない愛ってこと?」


「んー、まっ、そういうことでしょうね」


「愛に純も不純もあるもんなの!?」


「いやいや、そこは人間が考えた概念ですから。いろいろ不完全な部分もあるってことで」


「完全な愛と、不完全な愛があるのね?」


「んんー、古代の哲学者も言ってますよ。完全なる愛は検証されなかったと」


「検証されなかっただけで、どこかにあるかもしれないのね?」


「あったらいいですね」


「なるほどー」


 解決した……携帯端末ごときで。


 侮りがたし。


 わたしの中での結論は、わたしは不純な愛を求めてマントをつけているわけじゃないってこと。


 ていうか、マントをつけてなくてもプレイなんとかって人は不純なんでしょ?


 そういう人は、根っから不純なんだから、わたしとは違う。


 わたしは純粋にお仕事に出かけなければならないから、防寒対策でマントを着てるだけ。


 ラジオでそう、伝えなかったのは、完全に後知恵だったから。


 いままでお姐さん声をつくっていたのに、威厳が台無し。


 冗談じゃない。


 なぜわたしが幼女なのか?


 まったくもって納得いかない。


 それともわたしをいじってるわけ?


 来週も同じネタがきたら、文句つけるよ。


 思っていたら、うわばみさんからこう言われた。


 むしろ引っ張り通せと。


「だってししょー、日本人はロリコン文化なんす。ししょーのぺたんこ胸も、薄い腰回りも、やつらの好物だから、せいぜい言わしときましょ」


 いじられてるうちが華なんですって。


 魔族がラジオって時点で、文化の違いにぶつかるのはわかりきっていたから、なるべくそういうのには触れないようにしてきたけれど、むしろネタにしろってか。


 うわばみさん、なぜそんなに日本文化に詳しい……?


 あー、憂鬱。


 もちろん、おいしい酒など飲めるはずもなく……うわばみさんだけ置いて、わたしは家に帰ってきた。


 ところがそんなときに限って、とんでもない知らせがテレパシーで 入ってくる。


「ええ! 王子様が鎌倉に現れたあ!? まだ生きてたなんて!」


「まあ、驚異ですよね。やっぱりあの筋肉、おいしくないんですよ。よかったですね」


「筋肉はどうでもいい! もっと早く言って!」


 なんて、窓から身を乗り出した。


 早く。


 王子様に逢いに行こう。


 わたしだけの王子様に。


 グバア! 


 わたしはうわばみさんのマントで風をきって、鎌倉まで飛んだ。


 ああ、待っていて、すぐ行くから――。

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