第3話おばんでやんす


 雨空に浮かぶドロドロッとした暗澹たる雲。

 時折空に亀裂のように走る稲光。

 じとじととした湿気で、セットした髪もペタッと首筋に張りついている。

 しばらく人間界で快適に過ごしてきたわたし、これだけでもう、ウンザリ。

 早くつかまってくんなきゃ、いや!

 わたしの王子様ーん!

 路肩にわずかなしぶきをあげて、ぐんぐん走る銀色の車。

 空から眺めてるだけでは、飽き足らなくなったわたし。

 こんこん。

 わたし、宙に浮いたまま車に並んで、日本産らしき右ハンドルの座席にむかって、窓を叩いた。

 すると突然、ヘッドライトが照らす場所がふらふらあっとしだし、タイヤが大きなしぶきをあげた。

 そっと上方に軌道修正をかけて避け、歩道側から再びノックしようと移動したら、そこに埋めてない電信柱がまだあって。

 魔族のくせに慣性の法則に逆らえず、わたしはごちん、と顔面をぶつけた。

 だれもいなくてよかったね。そんな運転してたら、今頃事故ってるよ。

 言うつもりだった言葉はブーメラン。

「あいたたた。ヴー……」

 曲がりそうになった鼻筋を抑え、涙をこらえる。

 そしたら、あらら。

 来てしまったのね。

 甲高い音をさせて、追っかけていた車は急停止。

 ドアを開閉して、王子様がこちらへ。

 あ、いやあ。

 思わず水たまりにへたってしまったけれど、怪我というケガはない。

 これでもわたし、鼻が短くてキュートって言われてる。

 ママに似たのね。

 パパみたいな鷲鼻じゃなくってよかった。

 だけど、ママはパパのどこがよくて結婚したんだろう? 鼻じゃないのは確かね。

「キミ!」

「はいっ」

 思わず背筋を伸ばして返事する。ききき、緊張するじゃない。

「大丈夫?」

「はい……」

 うっとり。はー。イケメン。夜目が利くのでかなりもうけた。

「魔族だからって交通規則は守らなくては」

「はー?」

 間の抜けた返事しかできない。もうわたし、彼の言うこと、ほっとんど聞いてない。

「走ってる車に接触しないで。あと前を見て。暗いのに一人でこんなところに来て、だめじゃあないか」

 心配、してくれてるんだ……? 人間なのに? 魔族の……魔王の娘のわたしを?

 このひとが、わたしを……それだけはわかった。

 お説教でもなんか、うれしい!

「大好き!」

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