第1話エターナル ユートピア
わたし、ミリシャ・フリージア。
魔王の娘なの!
でもわたしだって好きで魔王の娘として生まれてきたわけでも、扱われてきたわけでもないし、更に言えば好きでパパの娘に生まれてきたわけでもないっていうか! 誤解なきようお願いしたいのよね。嘘じゃない、ほんとうよ!
パパが倒れたの。
勇者に殺されちゃった。
あれは九十四歳の誕生日のこと。魔王であるパパが、魔獣を魔界から呼び寄せ、世界征服をしようとしたとき。玉座の間で、パパが大きな水晶玉で下界を見下ろしていた――民間の動きを。そしたら、なんだかワイルドでカッコイイ男の子が、ならず者たちに混じってパパの城に乗りこんできたのがわかって――。わたしは一目で彼を気に入ってしまった。
だけど、パパが倒された今になって思うの。
わたしは、次の魔王の器。
最初から決まっていた。
自分なきあと、わたしが魔王を継いで、この世を支配するのが当たり前だと、パパは思っていたらしい。
もちろん、わたしにそんなことできっこないし、する気もない。だけど、長い事魔王をやってきたパパにはそんな気持ちも伝わらない。親子の対話も、遠征につぐ遠征でろくにしてこなかった。はっきりいって、パパはわたしのパパというより、一国の王であることの方が大事だった。
魔界という次元の異なる世界の王であるよりも。
陽の当たる世界の、圧倒的権力者でありたかった。
わたしは玉座なんてどうでもいい。箱入りだったわたしに、どうしろっていうの!? それに、世界の大半の人に嫌われる仕事なんて、したくない。パパはどうして魔王なんてやってたの? なにが悲しくて魔王なんかやってたの? そう考えるわたしって、人に好かれたいんだな……。
あの、精悍な少年とも仲良くなりたい。
でも相手は魔王を倒す勇者なんだしさ。
だから、パパの宝物庫にあった不思議なペンダントで、空を飛んでみた!
うん、そしたらなんか、石つぶてがたくさん飛んできたけど、どうってことないよね。
わたしたちも労働力に魔獣は使えると思うよ。
特に車を引かせるのにちょうどいい。
一部の魔獣は空を飛ぶけど。
それを一時は皆殺しにするって言ってたんだから、人間ってなんて残酷なの!?
そりゃあ、神獣や聖獣を狩って魔族は一人前とされるけれど、それでも殺すとこまでいかないよ。
断固反対、魔獣差別! 魔獣はクリーンなエネルギー源なんだから!
ま、たまに人間の血肉をちょっとだけ摂取するけれども。人間だって家畜の肉、卵、骨まで食べるでしょ? その頻度(ひんど)や量に比べたら、本当に微々たるもん。
魔獣は燃費が良いってパパが言っていた。うんこれ、ちょっとやそっとでは譲れないなあ。だってだって、何度でも言うけれど、魔王の「パパが」言ってたんだもんね!
わたし含め逆らえる魔物がいるはずがない。
いたとしたら、わたしのはらわたを引きずり出して、腸詰にすれば? て感じ?
だってだってね、わたしたちは魔王主義! ポリシーだから、しかたない。否定するなんてこと、ありえない。っていうか、不可能だし! 魔族には!
物騒なこと言っちゃったけど、それだけ真実に近いっていうか、わたしたち魔族的には確かなことなのだよー。
さて、と。今回の議題は、遅れてきたうわばみさんとの会談についてかなー。
「ししょー、すまぬー」
うわばみさんが二日酔いで遅刻とか、マジありえねーしょ! って、ヤンキーボイスで言っちゃうよん。
「うん、まあ。遅れてきたことについては、またあとで言及することにして。うわばみさんってザルってことじゃなかったっけ? あれぇー?」
「すんまそん」
「ドンマイどんまい」
「猿も木から落ちるってやつで」
「弘法も筆の誤りってことで」
「すんまっせん! なんか、ほんとーに、すんませんっした!」
「うんまあ、それはおいておいて。初夏イングは楽しめた?」
「あ、はあ。ゴールデンウィークとやらで極東のやつら、浮かれてて超ムカつきました」
「ムカついたんかい。しかも超って!」
「話すとグダグダ確定なんで、以下省略しますー」
うつくしい音楽をお楽しみください。
「で、なんで遅れたのよー」
「や、ですから二日酔いで」
「天下のうわばみさんがよ? 二日酔いごときでラジオ遅れるって……」
「えー、ていうか。頭痛くて、今日ラジオ収録あるの忘れてまして」
「他にマシな言い訳なかったんか、ドアホー!」
「しーましぇーん」
「トラックに轢かれて死んでまえアホー」
「うっうっう」
「いじるのこれくらいにしとこうか(笑)」
「ありがとうございますー」
「うわばみの風上にもおけんやっちゃなー。次から遅れんように」
「肝に銘じますー」
「もうこんなだから、いつ席がなくなってるかわからんよ。というわけで。音楽リクエスト受けつけてまーす。よろしゅー!」
遠くからハイ、オーケーです、という声がする。
手つかずだったコーヒーを手にすると、うわばみさんが頭を抱えてる。
「いや、もー、ししょー! ネタにしてくれてほんま助かりましたー」
「ええて。寝てたらいいやん。飛ばしてきたんやろー?」
「は、いいえ、電車に張りついてきましたし。そんなわけには」
「ええて、はよ休憩室かりて寝え!」
うわばみさんを、なでなでしてやる。
うわばみさんは、いい魔物なのだ。
どれくらいかというと、新人さんが入ってくるたびお茶会開いて、自分が酔いつぶれるまでお酒をふるまう。
なかなかできんよ。うん。
て、なんで方言かというと、うわばみさんの方言はリズムがよくて、ついつい訛りがうつってしまう。それだけだ。
ていうか、なんでラジオ、なんで収録、とお思いだろうが、うわばみさんとわたしは人間界に順応しているのでお仕事をもらったりする。これはその一環。
相手に応じて方言を使いこなすのも、お仕事だから。
季節ごとに、英気を養う意味もあって、うわばみさんと一緒に料理店へ入ったりすると、様々な言語が聞こえてくるものだ。その土地にあった言葉で、拙いながらも、わたしたちは話している。
遊びながら、身につけていく。
こういうのを努力っていうんだろうな。
魔物は食事をあまりしないから、カロリー足りなくて凍死寸前。もう初夏だというのにマントを着こんでいる人がいたら、まず魔物だとみていい。手足冷え冷え。
かくいうわたしも人間界でオーダーした防寒マントを着ている。安っぽくなんてないのよ? ななんと、聞いた話では、宇宙服みたいな構造にできてるんだって。
宇宙服といったら、真空状態、熱環境、宇宙塵などから身体を守る。どのような作業条件下でも被服内気候を一定に保つという、小さな宇宙船のごとき優れものよ。
「断熱対策などのためにナイロン、ダクロン、アルミ蒸着マイラー(ポリエステルフィルム層)、ゴアテックス/ノーメックスなどから成る何層もの布地からできています」って、説明書き、もらったもん。
宇宙服だけは、魔物には作れないな。
んん、人間には、どんどん知恵をつけて技術力を高め、わたしたちに役立ってもらいたいものだ。
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