第55話 PORSCHE 912

 2冊目のマガジンが届いた……


 それは5月も中旬の頃。


 菜々緒と森は故郷を離れ神奈川、東京で大学生活を始めていて、地元に残ったメンバー、征馨は超難関国立大学をなんなく突破し今や○大 新進気鋭リケジョ鉄子、就職組のシゲルコは自衛隊でも早くもを築きつつある。


 それぞれの新環境でそれぞれの新しい生活に邁進していたから……以来、自然消滅状態の"チーム國松ポルシェレーシング"であった。


 皆んなの所にもきっともう届いたかな? 菜々緒や森は手に取っただろうか? 実家の方かな?……そう、取材対象者に贈られた一冊は前回が海外郵便で届いた英語版だったのに対し今回はJAPANの方から日本語版で、更に簡易額装された写真が記念に同封されていた。それは尾張一宮SAでの出撃前、皆んな横や後ろ向きでトランスポーター前に佇み、中の愛車達が降ろされる作業を見守るマキシミリアン撮影の凄く自然な一枚だった。


 あ、いい写真だな?コレ。


 最早、懐かしさすら込み上げ、ふっ……と軽い笑みが溢れた。たった2ヶ月ちょっと前のことなのにね? もう随分経ったみたいに感じる。濃厚な……高校最後の冒険の一日 = ポルシェと踊ったラストダンスは非公認タイトル"シニアプロム" by 森。

 私は思い出を手繰る様に冊子のページを捲り始める。と、蒼空のもと木曽川橋梁を疾走する新幹線と並走するポルシェ達の疾走感溢れるアングルの写真が目に飛び込んで来た。それは征馨の黒い911Tを先頭に、私のポルシェと続きシゲルコの914、最後尾に菜々緒のボクスター・スパイダーが追随する構図。日本語のテキストは……




 ’木曽川を舞台に新幹線を再び追い越せ!’


 ”新幹線を追い抜いた?”そんな半世紀以上前の当時の伝説的逸話の検証を、前号で凄まじい反響だった日本の'Real(本物の)' セーラー戦士達が挑んだ。


 結論から言おう。 


 如何に日本高速道路史上、最も初期から存在する日本版Autobahnにてとは言え、最高速度制限の設けられたこの道路上に於いて法定速度遵守・常識範囲内スピードで21世紀最新鋭の新幹線を凌駕することは残念ながら不可能だ。1964年〜1965年に相次いで開通・開業した東海道新幹線そして東名/名神高速道路は日本の人物流の大動脈として高度成長を支えた。そして同時期に市場投入されたばかりの当時最新鋭のポルシェ911。現代の新幹線をバックにした発案者でチーム新加入の頭脳、宮田征馨の駆る当時の911Tを先頭にしたこの写真はその当時のノスタルジアを再現するに留まらず、最後尾のボクスター・スパイダーが象徴する様に現在まで脈々と続く日本に於けるポルシェの進化と歴史を凝縮してると言えまいか?


 文・写真 マキシミリアン・ホルガー



 ……



 ぬぅ? 随分と綺麗に纏めやがったな?ミヤマカミキ……いやマキシミリアンめ!


 今だから言えるけど、実際この撮影は最後ひと騒動あっててんやわんやだったんだ!それはその採用された写真の当初の目論見とは異なる隊列が物語っていた。





 - 場面は遡って3月のあの日の新幹線とのコンタクトポイント、直前の緊迫。



 息もつかせぬぶっつけ本番の一発勝負! 編隊は写真の順番通り= "フォーメーションⅠ"で新幹線との合流ポイントに向かっていた。二車線の斜め前方を行くバンからはマキシミリアンが窓を開け強烈な走行風の中カメラを斜め後方へ向け構え待機した。そして森はその脇で哨戒役を勤め視認後直ぐに伝達する為に控えた。


『現在9:52分05秒!少し早い!速度落とす?』森、


『いいえ、このまま行く!』征馨は応える、


『予定のポイント通過っ!まだ来ない!どうするっ?』明らかに焦ってる森、


『いい!これ位で丁度いい!』征馨、


 10秒経過、まだ来ない!更に数秒!左、フェンスが切れた!と同時に木曽川と鉄橋梁が左側に広がった!既に撮影ポイントに差し掛かってしまった!森は自慢の機械式クロノグラフのボタンを押した!こっから撮影可能時間は20秒しかない!目線を文字盤から切った瞬間!ドクン!


『あっ!きっ、来たぁっ!』森、


 同時に視認したマキシミリアンのカメラが連写で唸りを上げはじめる!


『みんなっ!"フォーメーションⅡ"!菜々緒っ!』征馨。


『!』


 クラシック3人組はペースを維持、そして"主役" 菜々緒は待ってました!とばかり思いっ切りアクセルをぐん!と踏みつける!刹那その他3台のクラシックモデル達を圧倒的に凌駕する最新鋭 320PS 3,436cc 水平対向6気筒フラットシックス発動機が獰猛にヴワゥ!っと吠える!最後尾のボクスター・スパイダーは一気に3台を躱し2台分程空いたバンとの隙間を縫ってセカンドシーン撮影の為に征馨のTの前方へ滑り込もうとする!


 が!


 リハーサルなしのぶっつけ本番。当然の事ながら我関さずの新幹線は編隊より遥かに早い速度で流れる様に優雅に左手を滑ってゆく。



『くっ!やっばぁ〜?速っ!』



 カメラは唸るマシンガンの如くターゲット= 被写体を追い掛け続ける!


 すれ違いざまオープンのスパイダー! 征馨は少しスローモーションにその瞬間を感じ、亜麻色の髪揺らし乱した菜々緒の表情は伺い知れなかったが口許はニコリニタリと笑った様に見えた。


『な、菜々緒っ?』


『エ〜???』


『ア、アホか〜?菜々P〜っ』


 な、なんと!菜々緒はアクセルを更に踏み込むと編隊の先頭に留まる事なく、新幹線の先頭車両と一緒にそのまま全速で文字通り真っ赤なROCKETと化して吹っ飛んで行ったではないか!?



『私が次の歴史になるのよ!おほほほほ』



 呆気にとられる私達。スピーカーにしたグループ通話から不敵な高笑いが響いた!憑依したかの様な狂気の……


 企んでいたのか?その場の思い付きか?全力加速した菜々緒のボクスタースパイダー、その最高速度は公称267km/h!その時、後方から予期せず響いたのは……




 ……



 "改悛の情いちじるしいので、この事件をどうかお許し願いたいと思う"


 ……では今の世の中済む筈もなく、菜々緒は卒業前の残りの高校生活(そして今も)ステアリングを握る事は出来なくなった。いや寧ろ免停で済んだだけめっけもんと言わねばならないだろう。卒業まで一週間を切って、此の期に及んでの不祥事が表面化する事を危惧し尚且つ多額の寄付金納付する菜々緒の家なんかを忖度し学校は不問に付した。


 どこ吹く風の菜々緒はペロ!と舌を出し、神奈川へ旅立つ前の日に私をドライブに誘った。勿論、彼女は免停だから私のポルシェで……


 パタパタパタと長閑のどかな四気筒発動機は、こんな山道を走ってる方が断然似合うと、年が明けてから体験したサーキットや高速走行を経てそう思う。屋根を開けた私のタルガは春の風をはらみ、心地よい山の空気を思い切り吸って屋根から手を出して伸びをした菜々緒は少し名残惜しそうに呟いた。


「……ん〜暫くこの感じともお別れかぁ」


「免停の癖に、運転出来んやろ?」


うるさい!」


エンジン音と風を切る音だけが暫しの沈黙の行間を埋める……


「……また帰ってくるんやろ?」


「夏休み」


「早っ!」


 こんな風な遣り取りも、もう出来んのやな?一抹の寂しさが込み上げる。それは菜々緒もきっと同じ心持ちだっただろう……。でも、お互いそれは敢えて言葉にはしなかった。



「…菜々P、あんた色々無茶し過ぎ」


「ふん!別に。趣く儘、生きてるだけよ。でもこれで私も伝説になったって訳ね?」


「はぁ? 前科者の間違いやろ?」


「新幹線追い抜いたイ・イ・オ・ン・ナ」


「え?抜いた?マジ?実際どうやったん?」


「ん〜すぐ覆面来ちゃったからね?……どうだったんだろうね? 実際」


「ま、どっちでもいっか?」


 と言って笑いあった。



psy、あなたも、その、よかったわね?」


「……そうだね」


 私は定員10名の地元の工科大学の夜間学部に見事合格、そして進学を決めた。そう!お昼間は國松自動車整備工場クニマツオートサービスで爺ちゃんの許で油に塗れる。そして午後の6時から始まる授業に大学通うと言う二足の草鞋を穿くことになる。どっち付かずの……と言われるかも知れない。でも何方も諦めたくない!これが紛う事なき今の私の選択。後悔なんてない!



 〜♪ 何やら携帯弄る菜々緒、そして暫くして着信音。


 ニヤッと笑って私に見せたのはマキシミリアンからの一枚の写真だった。其処に写っていたのは……



「おお〜!」




……



「こりゃ〜何サボっとおる?才!はようオイルクーラー掃除せんか〜?」


うひゃっ!?


4月から作業場でツナギ姿の間だけは師弟関係となった鬼の爺ちゃんが怒鳴った! 回想から現実に引き戻された私は思い出のアルバムを閉じるかの如く冊子を閉じた。


「はいは〜い!」


「はいは一回でエエ!」



 そう、私の"油塗れオイリー"な日々は始まったばかり!まだまだこれからが本番よっ!







 第一幕 - 剧终 end -












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