第54話 私達のシニアプロム

 GO WEST! トランスポーターは一路西を目指す!



 追随するバンの中では時間/分単位のタイムテーブルで刻まれた綿密なブリーフィングが執り行われていた。一応、事前に共有していた作戦内容は夫々の役割含め把握してはいたものの、改めて顔を突き合わせた征馨による反芻・再確認の首尾徹底作業である。配布されたその余りにも素人離れした表紙付きのrésuméを見ながら森がボソッと溢す


「すごい、本格的なんだね? この前のサーキットん時と全然違う……」


 夜明けと共に出発した私達。朝早かったもんだから丁度、口に手を当て憚り気味に欠伸をした菜々緒がピク!と反応し開いた口から無理やり返したもんだから変になった


ほえそれ誰に向かって言ってるのかしら?」


 無意識であれどうであれ不思議と森はいつも菜々緒関連だけ一言多い。しかし確かにアレはgoogleマップをプリントアウトして赤マジックで出発点○から目的地×まで手描きでルートを線引きしただけのものだったから……


 征馨がオホン!とひとつ咳をついて嗜める。


「JRの、特に新幹線の運行の正確さは世界一よ。 だから極端な話、今回は秒単位でのタイミング/時間管理が要求されるわ。だから……」


 出発から目的地到着、それからの手筈、ポイントポイントの写真をチェックしながら隊列フォーメーションや運転速度迄を事細かに指示確認を行う。真剣な、まるで出撃前の航空部隊宛らのシミュレーションだ!


「AM9:45名古屋発の'こだま'は9分38秒で岐阜羽島駅に差し掛かって、静止まで10分27秒。推定7分15秒後視認、つまり私達はAM9:52 15秒にコンタクトポイント到達!合流経てフェンス切れるポイント迄そこから13秒!橋梁ベストポイントでの並走撮影可能時間はたった20秒よ。チャンスは1回こっきり……」


「そんなもん、バ〜って走って行ってビシ〜って並んでブワ〜って抜いてバシャ〜って撮ったらいいのよ」


 資料の出来の差を森から指摘され何時もの如く癪に障ったか?まるで終身名誉監督の様な直感的擬音表現で菜々緒が茶茶を入れる。まぁ何処のクラスにもこう言う生徒は一人くらい居る。


「 ……」


 ちょっと呆れた感じで一瞬黙った征馨ではあったが、一考してすかさず賺す。


「城之う……いえ、菜々緒。あなた今日はチームの先頭走って貰う謂わば今世紀版の主役よ、主役のペースがズレれば全てアウトなの」


 "チームの先頭" "主役"?


 上手いっ!それらの言葉が菜々緒の自尊心を擽ったのは火を見るよりも明らかだ。まるで低学年のヤンチャ坊主を言葉で上手く扇動し手懐ける眼鏡女教師宜しく、たった一回しか会ってない菜々緒の性格を読み切って、目的遂行の為に自分を抑えて諭す征馨。う〜む?この唯我独尊女を……感心するわ。


「ふん、まぁ主役なら仕方ないわね?」


 …そして再び資料に目を落とす我が幼馴染みは愛しき単純な奴だ。


 ひととおりそんな執拗な征馨主導のミーティングが終わって沈黙が訪れると、まったく方向の違う3市を跨いでのピックアップは最初のシゲルコなど随分早くスタートしたものだから……皆、窓の外を眺めたりうとうとしたり内に秘めた興奮を抱きつつも静かなひとときは外の景色と共に流れていった。



 ……



 '名神高速道路、尾張一宮 下りサービスエリア'



 予め中日本高速道路株式会社(NEXCO中日本)に話を通し確保したスペースにキャラバンが入る。大型車輌駐車スペースの一角を占有し休む間も無く、早速4台の車両を降ろす作業が手際よく始まった。比較的トラックの少ないであろう週末を選んだから休憩一般車の多い三角形の駐車スペースの端っこの方には「なんだなんだ?何が始まるんだ?」と野次馬も集まり出す……



 実は当初、もう一つ先の下り線だけにポツンと佇む小さな羽島PAパーキングエリアが撮影地としての候補に上がっていた。何と! すぐ真横を新幹線が通過すると言う穴場的な場所ではあったが、如何せんスペースが狭く、その確保と一般利用者への配慮。そして矢張り何よりアングルとか情景的に制約を強いられるのと同様に中継基地としても木曽川を渡って並走区間中程に立地する故にこれは敢え無く廃案となり、並走撮影地点まで距離はあるが手前の尾張一宮SAに白羽の矢が立った次第である。


 マキシミリアンは片側の開いた作業中のトランスポーターを見上げる自然な5人の後ろ姿を1枚写真に収めると、通訳も兼ねた菜々緒に声を掛け今度は整列した所を何枚かシャッターを切った。それぞれの高校の制服に身を包んだこの4人(+1人の5人)が集う今日は最初で最後、もうこの瞬間、光景が訪れることは二度と無い。


 そしてこの姿でポルシェのステアリング握るのも今日で正真正銘、最後!


 卒業式は終えた。


 しかしまた性懲りも無く制服に袖を通して今日、此処にこうしている。高校生活、それ自体に別に何の後悔の様なものはない……それは引退交流戦インコーでテニスに対する不完全燃焼や残った燻りみたいなモノを完全に払拭し自己完結に結びつけた事とは違う。只、この3年間のどの時間より濃厚で、鼓動は速く高鳴り鳥肌が一斉に湧き立ちアドレナリン大量噴出の興奮を伴うこの相棒との、そしてそんな全てを共有出来る稀有なる盟友達との……、その存在の何かを、動機も理由も最早関係なく生きてる事を実感させてくれる今この瞬間の昂り。ただその為にたった数日前に学校制服という鎧を単に形骸化したそのユニフォームに身を包み此処に居る、


 4台は夫々無事、発動機エンジンに火が入りアイドリング状態に、いつでもいける!


「よし!そろそろ準備いいようね? 」征馨が最後の念押しを早口で……

 


「いい? 新幹線との視認合流コンタクトポイント迄10kmと800m程、約9分よ。SA出たらスピード乗せてそれ迄110km/h 巡航でいくわ。早くても遅くても駄目! 付いてきて!それからのフォーメーションは打ち合わせ通り。携帯の自動ロックは解除忘れずにね、グループ通話はスピーカーにして常にあけといて!」


 私達は誰からともなく自然と肩を組んで野球部の男子みたいな円陣を組んだ。


「ほら、psyっ!」


 菜々緒が促す。私はシリアスに、そして只々シンプルに溢れた気持ちを顕した……



「みんな、ありがとうね」



「は?何それ?辛気くさっ!別にあなたの為にやってんじゃないわ、主役は私!」


「シゲルコワールドデビュー第二弾よぉ〜」


「……そもそもこれは私の計畫」



 最後は森。


「よし! じゃ、"シニアプロム"計畫の開始ダァ〜!」


 ……が、し〜んとして誰も乗らない。


 チーム名はよかったけど、それ="計畫"の正式タイトルは誰も認めてないから!却下したでしょ?そもそもそれって外国の高校の事でしょ? なに気触かぶれて色気付いてんのよ? しかもカップル参加でしょ? 駄目じゃん? 同級生の女達から……特に菜々緒中心に怒涛の勢いで森はやり込められる。


「うぐっ!?……卒業式終えてパーティー的なポルシェと踊るラストダンス。いいと思うんだけどなぁ」



「と、兎に角!一発で決めるわよ!行くぞぉ〜!」


「おぉ〜!」


 グダグダになりかけた円陣だったが、私はそう締めて皆と気合の雄叫びをあげ今一度心一つにした。最後はHi Five!



 SA利用者の野次馬のぱらぱらとした喝采を背に、私達は夫々の愛車に緩めのル・マン式スタートの如くスカート翻して颯爽と乗り込んだ。



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