第53話 来て!そして奪って! -come and get it-

 3月1日の卒業式を無事に終え、


 受験の悲喜交々や後期日程、数週間後からの新生活の準備やら人によっては何かと慌ただしくもあり、部活や同じクラスだった皆んなともちょっと疎遠気味。高校生でもましてや未だ大学生でもない何処にも属さない何か宙ぶらりんで奇妙な、そんな心持ちのこの時期の浮遊感……


 まぁ、俎板の上の鯉で合格発表を待つ心境もあってか? 何処か落ち着かない時間と日々だけが只々流れてゆく。つくづく人間ってどっかにくっついてなきゃ不安感が募るってか? ダメな生き物なんだなぁ?と思うは私だけかな? ……とか徒然に任せ柄にもない事を思ったり、



 けど、そんな時期にあっても'高校最後'の冒険は、決行される!



 AM5:30。トントントンと急勾配の階段を降りて、畳敷きの静かな居間を過ぎ奥の部屋に向け小声で「爺ちゃん行ってくるね……」と告げると、カラカラとゆっくりガラスの引き戸を開けそして静かに閉めて作業場に下りる。


 あの夏の日の出会い以来、秋から冬そして春を目前に季節を3つ共にした相棒。今や頻繁に出入りするから定位置となったシャッターに一番近い場所、そこに鎮座している筈の私の愛しのポルシェ。


 が、


 そこにその姿はない……



 暫しその場所に佇んで工場脇の勝手口から余り音を立てない様に出ようとした時、カラカラと引き戸の開く音がしてひょっこりと褞袍姿の爺ちゃんが姿を現す。


「あ、ゴメン!起こしちゃった?」


「おはよう、才子や。んにゃんにゃ、ちょっと見送らせとくれ」


 そう言ってつっかけ履いてパタパタと足早に此方に歩を進めて来て一緒に勝手口をくゞる。まだ冷たい3月初旬の朝靄の空気……しかし明らかに冬の其れとは異なる肌触りと匂いのするまだ薄暗い早朝、建物脇から表の方へ出ると大凡ちいさな地方の普通の町の一角には相応しくない巨大な物体の黒いシルエットが徐ろに視界に飛び込んで来た ! 超大型積車トラック、いやカートランスポーターと言うのだろうか?


「……こりゃまた仰々しいのぉ? 邪魔で迷惑はシゲルコちゃん組の比じゃないわい」


 しかしスケールがデカ過ぎて最早、苦笑いの一緒に並んだ爺ちゃんはほぅ〜っと唸りながらその巨軀を見上げる。と、陰で見えなかった後方のバンから人影がバラバラと降りてくるのが見えた。


さえちゃぁん、国爺くにぢいさんも おはよう〜!」


 迷惑にならない様にと気を遣って少し声を殺し気味に、しかし元気のいいシゲルコに続いて制服姿の高校生達、そして背の高い男性……


 あ!


 その容姿は、金髪で近付けば薄暗がりでも看て取れる吸い込まれそうな青い瞳の男前、190cmはあろうか?と言う何か見覚えのある首からカメラぶら下げた長身の外人さん!


「ミヤマカミキリムシ!」


「マキシミリアンよ……」


 菜々緒が呆れた様子で訂正するは、あのサーキットで私達を取材して会報誌に記事を書いてくれた"彼"=マキシミリアン・ホルガー再登場〜!って大仰に驚いてはみたけど実はそれも全て折り込み済みの事で、間違いなく彼が今回のキーマン。



 ……



 遡って先週の此処、國松自動車整備工場クニマツオートサービスでの会議中の菜々緒の電話のシーン


『Guten Morgen、マックス』


『……おはよう Dear、って今何時だい?オゥマイガッ!まだ5時じゃないか?』


『そんなことはどうでもいいのよ!』


 って具合で始まった会話は、掻い摘んで言えば菜々緒からマキシミリアンへの取材依頼(要請)だった。これは征馨の発案・指示での事で当初、思いつきで当時と同じ古い私のと征馨の2台のナローでシンプルに再現するってものに過ぎなかったんだけど菜々緒の冗談や、例の私達の記事を見て閃いたらしい。


 "新幹線が現在のN700系新型なら、やはり此処は単なるノスタルジーに固執するのではなく時代性も取り入れて……折角、全世界配信の手段その可能性が有るのなら乗っからない手はない!脈々と連綿するPORSCHE系譜的な要素を加え、その両方(ミツワCG/CHRISTPHORUS)の記事の続編的意味合いを持たせ= 21世紀のセーラー戦士達は再び新幹線に挑む!あの伝説的'65年の出来事、その50数年後のdéjà vu 的に撮影して記事にして貰うの!"


 まるで作家が物語を推敲する様に、溢れるイマジネーション/創造を紡いでゆく征馨は、大学の進路其の先であろう理工系研究者、と言うよりその作家とか記者なんかがより向いてるんじゃ?とその発想に、そして尚且つ更なる大きな発表の場、撮影の問題をも一気に解消・解決狙った野心にも随分感心したものだ。そしてそれを捩じ込んだ菜々緒、どう言う手を使ったか想像出来ないようでなんとなく……ではあるが、こちらもやはり大したものだ。


「上司、編集長とかあの記事に大受けしてたらしいから、またそのセーラー戦士達が面白い事画策してるって焚き付けて、あの写メで送った昔の広告の存在にも一同大いに驚いて"伝説だ!"って。きっと発刊されたら反響大きいだろうし続編記事に絡めて出張取材OK勝ち取ったらしいのよ。で、こっちの関係先に協力仰いで……」


 と、視線をトランスポーターに移すとズゥゥンと低い唸り声をあげ側面が持ち上がりその内部が露わになった!


 移動中の万が一を懸念してのトランスポーターでの車輌移送。昨日のうちに収容された菜々緒の真っ赤なボクスタースパイダー、そして3台のクラシックポルシェの計4台を内部に抱いた様子は確かに仰々しいが壮観であり、老整備士にとってはきっと長年自身が手掛け続けてきた車達が、我が孫娘とその一派によってこれから繰り広げられるであろう勇姿を想った時、慣れない背広姿で参列し感極まって人知れず嗚咽した先日の卒業式に匹敵する感慨であった。



 菜々緒はウィンクして続けた……


「ま、彼を動かした最終的決め台詞は"xxxx xxx xxx me”だったんだけどね」



 キャ〜!(私/シゲルコ……但し二人の悲鳴のニュアンスは異なる。征馨「?」)



 なにはともあれ、スポンサーに手厚く擁護された各校制服姿の4人の女子高生 + (念願の)学生服の森のユニフォームに身を包んだ"チーム國松ポルシェレーシング"の面々は嬉々としてバンに収まり最後の'レース'に赴く!


 そしてその後ろ姿を、同じく満面の笑顔の癖に涙でくしゃくしゃの訳の分からない表情で見送る老整備士なのであった。






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