第52話 征馨ノ計畫(仮)發動!
壁際の書棚の雑然と立て掛けられた中から一冊の古い雑誌を抜き出して来て手渡すと、征馨は……
擦れて黄ばんで少し退色したその時代感溢れる表紙を暫し感慨深げに眺めた。
'CAR GRAPHIC誌 1972年 9月号'
黄色いVW K70 Lと言う今では珍しい日本市場向けmodelがその表紙を飾る一冊。迷わず厚い裏表紙の最後の頁をゆっくりと開くと古い本特有の匂いがした。
「あぁ、これが当時の……。ネットでも見れるけどやはり紙媒体は一味もふた味も重みが違うわ」
それぞれの簡単な自己紹介をしただけで、別段 この事に触れた訳ではなかったからチームの3人は?な感じで征馨とその雑誌、そして私と交互に視線遣りつつ続くであろう次の台詞を待った。そんな頃合いを察した私は征馨に目でいい?と確認し彼女も頷いたから今回の事の成行き =
'計畫(仮)'
を話はじめた……
'名神高速道路木曽川辺りで当時の状況を忠実に再現し'68 クーペとタルガで新幹線と並走してる姿を写真に収める'
当然、二台のナローだけでは成立し得ない計画だから、写真班も兼ねて皆んなにも参加して欲しい……旨を伝えた。けど、
「で? 目的は? 新幹線追い抜くって事?イマイチよく判んないんだけど?」
菜々緒が目的の真意を測りかねている皆を代弁して質問。今度はその古い雑誌広告を見ながら再度、征馨が当時の出来事をイチから詳細に解説しその目論見を説明する事にした。才女らしい理路整然とした説明の甲斐あってようやく飲み込んで貰えたか?と思ったら今度は突拍子もないことを
「ふぅん? じゃ私のスパイダーなら楽勝で抜けそうじゃない? 今世紀リメイク版でどう?新幹線も新しいのだし、私とスパイダーならきっといい絵撮れるわよ?颯爽とオープンにしてさ」
何か揃いも揃って……って思われるのが
「菜々P、そんな事したら捕まっちゃ……」
「バカね? あなた何、本気にしてんのよ? 冗談に決まってんでしょ?」
くす、と征馨が笑う。もう! またこの展開かい? 絶対おちょくってるやろ?と苦虫噛むも……まぁいい、兎に角話を先に進めなきゃなんで、黙って今日はこれくらいで勘弁しといてやる。
「問題は、決行日。そして……」
そう、撮影者(車)とか諸々の役割り、必然的にその役目はスパイダーか914が担う事となる訳だが……両車共2座でしかも撮影ともなれば多少なりとも知識のあるシゲルコが?それとも森?左ハンドル故に運転手跨いでの撮影は両車共にオープンだから屋根開けてやれば?いや高速で危険じゃない?とか、前回のサーキットの時の様なLINE会議ではなく今日は顔を突き合わせ喧々囂々の応酬が始まった。テーブルに置かれた冊子の開かれた侭の例の頁をジッと見つめつつそんな遣り取りをずっと静かに俯瞰してた征馨が口を挟む、
「この写真と記事は?」
ああ、これはね?ポルシェの会報で全世界に配布されて……と、菜々緒が自慢げに例のカミキリムシ・ホルダー(?名前覚えれん)の事とかサーキットでの走行会の武勇伝、そして比喩されたセーラー戦士は私達のユニフォームで制服、会場で大人気で取材されたの!来月全世界配信よ……とか大袈裟気味に語り出す。
「ふむ……」
ちょっと思案する風な征馨。その暫しの沈黙の間、
ああ、制服かぁ……文字通り学校のと言うだけでなく'チーム國松ポルシェレーシング'そのユニフォームとしても卒業式終えたら袖を通す事はもうないんだな? そう考えればこのサーキットでの写真と'CHRISTPHORUS'は間違いなくもう一つの卒業写真で卒業アルバムでありハイライトのひとつだったのだろう。と、思いを巡らせた。そしてそんなちょっとセンチメンタルな喪失感みたいなものがボソッと口をついて溢れた。
「今回も、と言うかもう制服でポルシェ乗ることもないんだね……」
「は? 何言ってるの?私まだ卒業式前だから当然、制服に決まってんでしょ?」
想定外の反論。そうだ 私学の聖マリアンヌは3月の中旬以降が卒業式だった!
「え〜?式、終えた後に制服は流石に痛いですよぉ……」
沈黙から再び喧々諤々のユニフォーム論争が勃発した!しかし同じく公立校であるシゲルコも流石に今回ばかりは難色を示す。来たばかりの征馨は「?」と訳が解らない様子だったので斯々然々と説明してあげる……
「……ふむ? 面白い発想ね?セーラー服とポルシェ。その相反するミスマッチ感、ウチも式まだだから記念になるし確かにそれもありかもね?」
「へぇ〜?あなた堅い肩書きの割にナカナカ話せるわね?」
「それは単なる偏見よ、城之内……さん」
「菜々緒でいいよ」
……う? また何かよからぬ方向へ向かってる不穏な空気やな? 強国が新興国と同盟結ばれる前に遮る様にシゲルコがビシ!っと挙手しながら、
「はい、多数決ぅ〜!反対の人〜!」
そのシゲルコと私。ふむ?これは……2対2同票か?さて今回はどう議決するものか?と思案しかけたその刹那、
「賛成……」
ぼそ、っと恐る恐る呟きながら、小さく直角に挙手したのは……
森だった!
そして菜々緒に征馨。
「な、なに〜?」(私/シゲルコ)
「あっはっはっはっは!お腹痛い!あなた最高ね?ちょっと見直したわ」
菜々緒の高笑い、'主従国'であった筈の才子に対し反徒と化した森。……其の実、あの前回のサーキットで自分だけ制服で無かった疎外感とその一因もあってか?写真に載せて貰えなかったのもトラウマになるくらい相当悔しかったらしく、今回はその払拭の為、強国/新興国同盟に加担したのだ!
かく云う次第で今回も民主主義の原則と多数決の原理……で当日は制服で!と相成った。
「話逸れちゃったけど、ちょっと思いついたの。皆さんのお話伺ってて草案を少し脚色してみたんだけど……こういうのどうかな?」
征馨がそう切り出すと、別にひそひそ話でもないのに皆がぐぐぐ!っと小さなテーブル上に身を乗り出してきた。向こうの方で独り黙々と作業に勤しむ老整備士はそんな孫娘・友人達の楽しげな遣り取りや車に纏わる冒険譚、そして自身も聞き耳を
……
菜々緒が携帯を切ると指でOKサインを出す。
「最終返答は追って……って事だけど、いい!私がなんとか捩じ込むわ。兎に角、これで方向性は決まったわね?」
……と、私の方を見て顎を少しクイッとやって促した。察した私は頷いて
「'チーム國松ポルシェレーシング'、最後の1ピース。征馨さん、ようこそ!」
ニコニコと笑顔の皆んなの視線が一斉に征馨に注がれる。
「え?え?えっ?私?
なんか……部活とか、そんな感じのご縁なくって、鉄研とかそんな雰囲気じゃないし。なんかコレ、こう言うの照れるな」
「あなたの立案だよぉ? 参謀長殿」
「計畫乗ったわ!どうせ勉強しかしてこなかったんでしょ?高校最後、楽しも!」
そして森が最後に締め括った……
『で、計畫(仮)のタイトルだけどこんなのどうかな?』
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