第48話 サーキットの娘達
「まったく入試まであとちょっとって時に我ながら呆れるね?」
「そうだな?」
菜々緒のボクスタースパイダーを先頭に、最後尾の私はシゲルコの914を追いかける。前方をゆくシンプルで直線基調の低く平べったいシルエット、しかしそれも紛ごう事なきポルシェでありその安定した走行性能を私は身を以て体験し知っている。
道中、森とのそんな他愛もない途切れ途切れの会話…
「国松、その、ありがとうな。あ、ほら……俺、あんまり学校の奴らと上手く馴染んでないから。趣味も合わないし」
そして今回みたいな機会は滅多にないから絶対楽しいよ!と照れ隠しで取ってつけた。森は受験が終わって第一志望の大学に合格したら春から東京だと言う、そしたら春休みに免許取って自動車部に入りたいんだとも付け加えた。
「いいよ。なんかクルマ、ポルシェあったからこうしてお互い受験前酔狂なコトやってる訳だし、落ちたら戦犯やな」
いや、それは間違いなく菜々緒だ!と笑った。きっとあの女は先導車中で
森も、きっと新しい環境でそんな同じ趣味を持つ新しい友人達と……どちらかといえば閉ざされて暗黒だっただろう高校時代とは異なり溌剌とした輝く日々が待ってるに違いない。勿論、恋愛感情なんてない只のクラスメイトで友達?それはそうなんだろうけど、やっぱりクルマが、ポルシェが繋ぐ不思議なナントカ。そう言ったものは確かに存在する。
……
順調に快走した我等"チーム國松ポルシェレーシング"の3台は集合時間より大分早く無事に200km超をトラブルもなく走破しサーキット場に到着した。「城之内様!」と、菜々緒の真っ赤なボクスタースパイダーを見つけると担当の人が駆け寄ってきて出迎えた。顧客でもない一見を友人枠で出走を含め3人も捩込むとは流石やな?菜々緒と思った。そして簡単なエントリーを済ますと予め送付され受け取っていたゼッケンシールと同番のエントリーナンバーその番号指定の駐車スペースに誘導される。全体集合までまだ時間があったのでレセプションスペースが開放されるまで暫し待機と相成る旨を告げられた。
ゼッケン番号は菜々緒が7番、シゲルコ8番の私9番……と、何か象徴的だな?
私達の駐車スペースの周りは便宜図って一緒にしてくれた最新鋭の菜々緒のボクスタースパイダーを除けば既に、見事に古めかしい色とりどりな旧車……生粋のオールドタイマー15台程で占められていた。それらを一瞥した森はもう大興奮状態である。
「うわ〜!356BにC、911。だけじゃない!こ、これは904!?カレラGTSじゃないか!?す、凄ぇ、初めて見たよっ!」
菜々緒がぼそっと耳打ちする……それはいつかの日の光景とは逆だな?
「なんなのコイツ?」
「……マニア、まぁ要はオタクね」
そうこうしてると、それらの車からおじさん達が出て来て寒い中、暫し井戸端会議が始まった。流石にこっちのオーナーさん方は品の良さげな感じいいおじさんが多いな?……しかし最初に触れられたのは愛車の事ではなくやはり相当珍しかったのか?私達の制服姿だった。
「お嬢さん達がコレ、運転して来たのかね?」
「はぁい!そうで〜す♡」
この手の扱いにはきっと慣れているだろうシゲルコが見事に浴びせられる質問を順次捌いてゆく。まったく大したもんだ。わやわやしているといつの間にか私達の周りは人だかりが出来て、開会前にも関わらずスタッフの人達とか、海外から取材に来たと言う外人さんの取材カメラマンとかが珍しがって私達を車の前に並ばせ撮影したりした。
普通にしててもモデル然としてて、自然と溢れる品の様なものを纏う菜々緒、ポージングなどアイドルを地で行く笑顔溢れる表情豊かなシゲルコ。……まぁ、私もね?顔もスタイル的にも悪くないと自分では思うんだけどね?如何せん硬いね?いつもの事ながらこう言うのは馴れてないし苦手だ。
最初、菜々緒が流暢な英語で彼等に何か言ったので訊けば、"3月まで写真の掲載はお断りします、そのお約束の許なら私達は撮影/掲載に了承同意します"と言ったらしい。ほほう、こちらも大したもんやな?と感服、見直した。
やがて一人の年配のおじいさんが私のポルシェに触れて言う。
「あ〜……懐かしいねぇ?確かコレ、正規輸入では当時一台しか日本に入って来てなかったんじゃなかったかな?赤い車だった。」
他の人も会話に加わって膨らんでゆく……
「そうそう!コレ、後ろガラスだけど赤いのはビニールでパチンパチンと止めるやつでしたね?当時よく雑誌に掲載されていましたっけね」
「外国で後方から子供の転落事故があってから対策で、全部ガラスになったとか言われてますな?」
へ〜?そうやったんだ?初めて聴く話ばかりで凄く興味深いぞ!
「プアマンズ(貧乏人の)ポルシェとかよう揶揄されよりますけど、全然そんなことないんですよね。 偶然の産物かも知れんですが、当時最新鋭のボディに結果軽い4気筒積んじゃったもんだからもう運動・操作性能は抜群なんですよ!コレ」
「そうそう、356でも911でもない!ワンアンドオンリーな存在ですよ」
そ、そんな褒められると照れるじゃないか? 何か、こんなに車のこと言われたの初めての経験だったからもの凄く嬉しかったし、なにより愛車を誇らしく思った。……それは、チョットまるで自分が褒められてるみたいな錯覚にも似た感覚であり、写真モデルでは及ばずも補って余るアドバンテージを貰ったみたい。
「そうですのぉ」
とヨボヨボっちい最初のおじいさんは微笑みながら大きく頷いて同意した。
……
やがてレセプションルームで開会式やら説明があって、なにか当然のことながら参加者はおじさん方が大勢を占め、中には同伴者、家族や子供連れの姿もチラホラ見受けられはするものの明らかに制服姿の3人+1はこの中では異彩を放っており、なんかちょっと場違いな所へ来ちゃった感もありありで緊張しちゃいそうだよ。
どこ吹く風の菜々緒は
「ねぇねぇ、何か向こうの方美味しそうなのあるから後で行こ!」
っと、ビュフェ形式の軽食やスイーツのある方に目配せした。確かに、冒頭を飾る新型車のデモンストレーション走行に始まって、走行会はいろんなカテゴリーに分かれ時間別に綿密なスケジューリングが為されており、才子らの出走するオールドタイマー部門はプログラムの大分後半みたいだから他者の走行に興味がなければ持て余すだろう。
その間、観覧席やこの清潔かつ高級ブランドらしいシンプルだがいい雰囲気で飾り付けられたこの場所で過ごすのである。当然、ランチ含め飲食はタダ。
なんて太っ腹なんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます