第49話 Let's get started !!

 菜々緒の出走するカテゴリをスタンドで眺める。



 ボクスタースパイダー、その助手席には後ほど撮影係を務める森が同乗した。最新のポルシェ達が快音を響かせ爆走する様は壮観だったが、もうどうにも寒過ぎ!


 菜々緒には悪いが、幾つかいいショットが撮れて、そしてビデオに収めたら早々に屋内に退散しよう!って事になった。それでも父親に借りてきた三脚と望遠レンズをセットしておさがりの愛機のファインダーを懸命に覗きながら……


 シゲルコは呟く


さえちゃんの、進路も決めれてよかったね?もうどうなる事かって思ったよ」


 連写モードのカメラがバシャバシャバシャ!と本格的な音を立てる……


「まだ入試あって、こんな事してる場合じゃないんだけどね」


「大丈夫だよぉ、きっと」


「あん時、恥ずかしいトコ見せちゃったし……」


 あれからLINEではいろいろ遣り取りを続けてはいたが会うのは随分久し振り。どうやら''は私からそのレンズの先の被写体の中の人物に渝わった様で、まぁホッとしたやらなにやら……


「うふふ、いいよぉ」


 小悪魔の微笑は、私に向けたもの?それとも?



 ゼッケン7番を纏った菜々緒の真っ赤なボクスタースパイダーは連なった列、スピードやコーナーにも臆することなく堂々としてて、あの晩夏初秋の'お山'とは最早、隔世の感があるな? きっと初心者なりに数ヶ月走り込んだのだろう、そんな被写体に白く長い大袈裟な胴鏡を向けファインダーを覗き込んだ儘のシゲルコのシャッター連写音が追い掛ける。



 ……



 レセプションで走行を終えた菜々緒と森を迎えると……


 頬は紅潮し、興奮を隠しきれない様子の二人の姿に"そんなに凄いのか?"とコッチも否応なく期待が昂まってくる。私達4人はシゲルコのカメラのモニターでさっき撮ったばかりの写真や動画を覗き込みながら、特にその瞬間・瞬間の興奮を重ね合わせ食い入る様に見入る走ってきたばかりの二人。無遠慮に食べ放題のスイーツ頬張りつつどうだった?どうだった?と訊くと菜々緒の『もうカ・イ・カ・ン』にシゲルコは胸射抜かれる仕草で悶えキャッキャと笑い合った。


 ちょっと緊張の畏まったランチタイムを挟み、午後一のアトラクションはスーパースポーツカーのプロドライバーによるデモンストレーション走行が派手に、そして大音量の音楽とナレーション付きでご披露され観衆の度肝を抜く!V10/5800ccの612馬力を誇るカレラGT、そしてハイブリッドの918スパイダーは最早異次元の乗り物マシンだ!


 続いてこちらも特殊プログラムみたいで自身の車の限界走行が体験出来るものらしい。直前にそのプロドライバー達からレクチャーを受けたオーナーが自分のポルシェを普段公道では不可能な速度で走らせる事の出来るこのプログラムは流石にプロの走行とは言わずも午前中までのカルガモ走行とは異なり迫力満点だ!勢い余って白煙スピンしたり砂塵を巻き上げコース外れたり、その度に歓声嘆声が上がり見てるこっちもドキドキでこの寒さも忘れそう。流石に最新のポルシェの高性能を目一杯まで自在に操るのは至難の技? と言う訳なのか?


 ここまで見せつけられると気分は自然と昂ぶってくるな!


 サーキットを走行するにあたって、爺ちゃんに装着して貰った牽引フックそして現地駐車場で飛散防止でレンズ類にはテープが貼られて、丸い9番のゼッケンがフロントとサイドに踊るいつもと違った戦闘モード溢れる今日の私のポルシェは勇ましい。う〜ん、惚れ直すな?そうそう!忘れてはならないのは今回の晴れ舞台用にオメカシで新たに貼ったサイドのPORSCHEのデカールだ。菜々緒に「あなた真似したわね?」と言われたのはちょっと(いやかなり)癪だったけどコレは最高にイカしてる。



 そして遂に私達が出走するオールドタイマーズランの順番が巡ってきて、先導車に誘導され駐車場からコースへ向かうと係の人によってグリッド指定位置に就いた。


 私の助手席には菜々緒がちゃっかり陣取り、今日二度目のサーキット走行を今度は同乗者として心待ちにしている。


 ゼッケンそして駐車順通り、別カテゴリーの菜々緒の7番を除いた20番迄の19台の1973年迄製造のモデル達が出走する。とても珍しい550。356に911、912そして914の市販モデルに加え森が大興奮した904が並んだ光景はエンスージアスト達にとって間違いなく垂涎の瞬間。先程のカレラGTや918スパイダーとは別次元の悦びみたいなものが此処には確かに存在する。


 F1なんかのスタート宛らで5ユニットシグナル方式と、このカテゴリーでは更にその5カウント消灯と同時に昔ながらのフラッグが振られより半世紀前の雰囲気を演出するのだ! 別にレースする訳でもないのにね? 心臓がトクントクンと高鳴る!


 5秒前、4、3、2、1……


 全灯した赤いランプが消えた!瞬間、大きく振られるフラッグ!


 ズバーム!と重なり合う形容し難い大音響の旧式のエンジン音が辺りに轟き、先導する904に続き古めかしい車達は前方から順に蠢き始める!それはタイムスリップしたかの如き壮観なノスタルジア。


 先導車のペースに合わせ勿論、周回も決められており追い越し禁止のパレード走行ではあったが、スタート直後の意外と早いスピードにも戸惑いちょっと緊張する!


 最初のコーナーに差し掛かれば、


 車体はグググと傾いて沈み込み、普段感じ得ないGに外側が大きく膨らむ!ミシ・ミシ!と車輪付け根辺りから嫌な音をたて車体が軋む!曲がり切ったストレートで前方との車間が開いた!遠慮なくアクセルを踏みつけてやるとグッと加速して瞬く間に詰め車間距離を元に戻す。が、続く100R高速コーナーでは更に激しいGが襲いかかり、もう分解しちゃうんじゃ?ってくらい車体を軋ませグ・ギ・ギ!と才子のポルシェは苦悶の呻きを漏らす!


「さ、才?だ、大丈夫?このクルマ」


 菜々緒は思わずこちらを伺う


「わ、判らん。うう、こりゃあ車に悪いわ!」


 ただでさえクーペに比べ強度の弱いとされるタルガ、これだけ軋めば半世紀前の老体には相当な負荷に違いない。追い討ちをかけるように今度はS時のカーブが迫る!


「ぐぅう!」


 思わず足が強張って突っぱる。決して無茶な速度ではない筈なのに、車体の悲鳴や自らの緊張もあってこりゃ確かになかなかなもんだな?


「!」


 1周目、最後のコーナーを抜けると長い一直線のストレートに視界が開ける。先導車の速度も少し上がったのか?此処はどうやら踏んでも良さそうな感じ?


 アクセルを思い切り踏んでやると、"待ってました!"とばかりに少し間を置いて二枚腰で粘り強く伸びてくるようなあのポルシェ・フラットフォー悦楽の瞬間がやって来た!鐵杭をアスファルトに打ち付けるかの如くズドドドドド!とピストン振動の特有な感触を伴ってぐんぐん加速してゆく才子のポルシェ、控え目な排気量故に線が細くここらが限界?とも思うが踏めば更にまだまだ止め処なく吹けてゆく魔法のエンジンその本領だ!


「……う、うわ!なに?」


 隣の菜々緒が思わず歎声を漏らす、左手のスタンドの景色は吹っ飛んで前方の914のテールが間近に迫る!"ああ、そう!これよ!これ!これこそが私のポルシェ!"と才子はお山で味わった'悦楽・快感の上限'の上書き更新した思いだった。が、あかん!調子に乗ってるとどこまでもイキそうだ。冷静になって思わず少し制動を効かせ車間をとる……


 少し感覚を掴んだ2周目の最初のコーナーに差し掛かった時、その前方の914のブレーキランプが明らかに不自然に何回か点灯しペースダウンした!



「!?」













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