第44話 April come she will...

「受験終えたら春に一緒に試しに行ってみようか?」



「は?」


「ひかりか、こだまに挑むの、立証するのよ! 当時と同じ2台で!」


 こ、この優等生鉄子は人の話を聞いてたのか? 現在じゃそんなん一発アウト免許取り消しだって!


「ま、今のN700系とかじゃ流石に歯が立たないか? ……でもロマンあるわぁ」


 真剣まじで言ってるのか? よくわからないが明らかに征馨は自分の発案に興奮し大いに酔っているのは間違いない様だ。そして続ける……


「そう、ロマン。昭和の創業期の新幹線とポルシェの伝説の証明、その擬似体験ね。うん、なんかいい論文書けそうな気してきたわ」


「論文?」


「そう、高二の時から大学の……○大鉄道研究会のオープンサークルで書いてるんだ。こんな事実誰も知らないから、スクープテーマで発表するの! 勿論、技術的/学術的な研究要素は皆無だから飽くまで'史実'の紹介的切り口から」


 し、史実って? そんなたいそうなものか? 確かに、新幹線視点とポルシェ視点じゃ違うだろうから、そっち(新幹線)側からは誰も知る由ないわな? それよりもう志望校のサークルで活動してる事の方が何か末恐ろしいわ。落ちるとか、そんな事きっと微塵も念頭にないんだろう。……でも折角会話繋がったんでちょっと悪戯イタズラに悪ノリして冗談のつもりで提言してやった。


「新しい新幹線には新しいポルシェでってのは? 速いよ、抜けるかも? 最新型の真っ赤なポルシェ乗ってる同級生の女の子居るんだ」


「……そんな事したら捕まるよ? やっぱり私のと才子さんの、当時と同じ2台がいい。当然写真なんてないでしょうから半世紀後の再現ショット撮るの!」


 なんだちゃんと判かってるんじゃないか? まるで乗ってやった私がバカみたいじゃない?しかしどうやら本気の様やな?


 タイミングよくまた後方でパスン!パスン!とポルシェは今度は2回咳き込んだ。まるで勘弁してくれとの意思表示の様に。



 1時間ちょっとのドライブ。征馨を送り届け、ラインを交換し、お互いの祖父へ上手に話すことを確認しあい私は帰途に就いた。何にせよ、きっかけや手段がどうであれ征馨が少しだけでもポルシェに興味持ってくれた事が嬉しかった。だから、爺ちゃんに宮田さんの事故の事、ご家族の気持ちや免許返納の事ちゃんと上手に伝えなきゃいけないってのはあったけど、行きのGSまでの重苦しい雰囲気と違って鼻歌が出るくらい心は軽かった。


 春……かぁ


 遠いようできっと直ぐそこだな



 歴史的ポイントで新幹線と並走する当時の疑似体験を写真に収める。か? 確かに悪くないかも? でもホントに行くのかな? それともただの思いつき? 兎に角、私も頑張ってその日を楽しみに待つとしよう! と焚きつけられた才子は思った。


 


 ……



 それから30分くらい走った頃だろうか、唐突にポルシェはカクンカクン!とノッキングし出したかと思うと減速、アクセルを踏んでも加速していかない……どころかスピードはどんどん落ちて今にも止まってしまいそうだ!


「な、なんだ!?」


 突然の、初めての事態に焦ってパニックに陥る!退勤時間でソコソコの交通量のある一車線の市道、こんなところで止まってしまったら大変だ!どうする?


 真冬なのに汗がブワっと吹き出てくる。


 パスン!パスン!と苦しげに悶える4気筒発動機。あれは当然ポルシェの意思表示の超常現象なんかじゃなく前兆だったのだ。そしてパン!と大きな断末魔の雄叫びをあげたかと思うと無情にもタコメーターの針は遂にスルスルと落ちて赤いランプが点灯し後方は完全に沈黙した。懸念は最悪の現実と化したのだ!!

(最早パニックでもう一度キーを捻って再始動試みることすら思い浮かばない!)


 "あ、あかん!落ちる!"


 飛行機じゃないから勿論、墜落することはない。が、こんな所でお不動さんになってしまったら一体どうするんだ??


 "!"


 信号の手前、バス停のスペースが視界に飛び込んできた!


 "あそこまで行ければ!"


 信号が赤に変わって前をゆく車のブレーキランプが一斉に点灯する、惰性の才子のポルシェ!あと10m!焦ってはいたがこちら側のサイドミラーを覗く!


 "お願い! 来ないで!"


 ここでブレーキ踏んだらあそこ迄届かない。バイクとか自転車が来てない事を祈る!幸いにもミラーにはそれらの姿は無かったから、ステアリングを左に切ってバス停の後方三角のところギリギリに滑り込みポルシェは停まった。


 "た、助かったぁ”


 は〜っと一息ついてステアリングに手をついて顔を埋めたら、バタフライを押してしまいプァ!と鳴った。はっと我に返って次の行動・行動!とパニックになった頭を整理し兎にも角にもサイドブレーキを引きダッシュパネル真ん中にあるWarning Signalと書かれたハザードのノブを引いた。


 次に天に祈る心持ちでキーを捻る。


 が、


 セルは回るが掛かる気配はない。何回か繰り返すがその度にセル回す力も顕著に弱々しくなってくる……夏の日のVW Beetleのことが脳裏に過ぎりそれ以上は止した。仕方ないので爺ちゃんに電話して焦って支離滅裂になりながらもなんとか状況を伝えた。



 田舎でもこの時間帯の交通量は多い。道行く車中から、そしてこんな所に停めやがってと如何にも邪魔そうにバスが入ってくると上方から、古い'高級車'の中に独り佇むヤケに不釣り合いなセーラー服姿に容赦無く注がれる好奇の眼、眼、眼に晒される。


 うう、視線が痛いな。こっ恥ずかしいし……


 景子や菜々緒にラインして気を紛らわせたり、バスが来ると外へ出てペコペコしたり。視線の針の筵、ものすごく長く感じた約45分の後、ポルシェと私は積車で駆け付けてくれた爺ちゃんに無事回収された。

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