第43話 新幹線ぶち抜きナロー!
と、同時に参考書から栞を抜き取った征馨は再び眼前10cm……いや5cm迄近づけると食い入る様にさっきの続きの箇所を探した。参考書は狭いダッシュボード上のスペースにバサ!と無造作に投げ置かれ、
「これ、0系の!追い越してったって?」
「あ〜!そっちなん??」
征馨が食いついたのは何と!参考書の内容ではなく栞の雑誌広告の方だった。しかし0系?って、あぁ!0シリーズの事か?流石に、策略とはいえ’68のAシリーズ・クーペ引き継ぐ優等生はその辺りの予備知識もあるんだな?と妙に感心した。
「なんか、気分あがるんだよね〜?この広告。だから栞にしたんだ〜」
"1965年7月のある昼さがり。目黒の仲根町にあった三和自動車の前にタクシーが止り中年の男性二人と小学生らしい男の子が、ここらしいぞと言う感じで降りてきた。ショウウインドウ越しに中の車を確かめてから、一人がドアをあけてたずねた。
「こちらがサンワ自動車さんですか」
たまたまショウルームにいあわせたのは、すでに何回もこの物語りに登場しているベテランセールスマンO氏である。
「はい、ミツワ自動車でございますが」
「恐れいりますが、ちょっと車を見せて頂けないでしょうか」
訪問者は丁重に言った。
「どうぞどうぞ、ご遠慮なく」
O氏は笑顔で三人を招きいれた。三和の社員たちには”カミナリ親父で鳴る”彼は昔気質の礼儀正しさには弱いのである。
ポルシェをお求めになるお客さまではなさそうだったが、さっそく説明を買って出た。
「ほら、これがその車だよ。ポルシェだよ」
父親らしい一人が言った。そこにあったのは、発売したばかりの911である。
少年は眼を輝かし、大人二人もおなじくらい熱心であった。O氏のひとくさりもひときわ熱がはいった。
「どうもありがとうございました、すばらしい車ですね」
しばらくののち、一人が言った。
「いちど現物を見たかったのです。実は先日、この車に追い越されてびっくりしたものですから...…」
O氏は機嫌よくあいづちをうった。
「ほほう、ま、こいつは速いですからね」
「確かに速い!」
相手は改めて感に堪えたように続けた。
「私の電車を抜けるのですから」
「電車をですか?あなたの?」
けげんな顔をするO氏に彼はぼつりと答えた。
「……ええ、私たちは運転士をしてます。新幹線の」
こんど仰天したのはO氏のほうであった。
それから2日ほどのち。東京に続いて名古屋・大阪と巡回して、新しいポルシェ911と912の発表会を行ってきた三和の社員三人が本社へ帰ってきたとたん、O氏の強烈な落雷が彼らを見舞った
「こともあろうに超特急を!何ということだ!立場を考えたまえ!」
こはいかに、天のみぞ知ると思っていた違反が露見し、三人もまた驚き慌てた。
以下、しょげかえった彼らの告白によれば
「名神高速道路には我々の911と912の他に車の姿は無く」しばらく走るうちに新幹線と並行する場所にさしかかり「ちょうど超特急が走っていた」ので思わずアクセルに力が入り「暫く並んでから」まだまだスピードメーターにもタコメーターにも余裕があったので「つい、追い越してしまいました」と言うのである。
しかも 911のみならず、カタログ・データでは最高巡航速度185kmの 912までが追い抜いてしまったのだから
「ポルシェの性能には全く”うそ”がないなと実感させられ」はしたものの「もうこりごりです。悪い事はできない」と言うハメにもなったのである。
かつてベントレーはブルートレーンに勝ち、近くはアルファロメオが急行セッテベロをうち負かしたが、この日本での非公式レースは勝者が厳重に処罰される結果となった。
当事者3名は譴責および減棒を頂戴し、現在では最も模範的ドライバーとなり、改悛の情いちじるしいので、7年前のこの事件をどうかお許し願いたいと思う。
幸いなことに、O氏はその後このような話をついぞ聞かないと言う。
これはポルシェ・ドライバーのマナー正しいゆえで、彼の耳が遠くなったからでは決して無いのだ!"
( 三和自動車株式会社 Car Graphic誌 1972年9月号 巻末広告より全文 )
これは1972年刊行のその雑誌に掲載されていた7年前 = 1965年の実話を基にしたシリーズ物の当時のディーラー広告。
才子は付随して知ってる事、その何度も何度も繰り返し読み返した文面の細部(開く度に自身を鼓舞する為に栞までした)を、爺ちゃんから聞いた話なんかを交え熱くそして面白おかしく掻い摘んで説明した。
きっと今の時代だったらオービスとか覆面で一発でアウトやな?とか、こんな事迄晒しちゃったらコンプライアンス的にあかんやろ?それに"改悛の情いちじるしいので7年前のこの事件をどうかお許し願いたい"じゃ絶対済まんよね〜?……でも、ややこしい今の時代とは違っておおらかないい時代だったんやろうね?と締めそして最後にこう付け加えた、
「でも凄いよね?これ、まさに私達の2台!このコと宮田さんの911。あの時代に、新幹線抜いちゃったんだね〜?」
厳密にはその私達のはAシリーズで、これは'65年だから征馨さんの言う0シリーズなんだけどね?とは補足した。すると征馨は……
「え? 0シリーズ? 0系でしょ?……0系、最高速度が210km/hだからそれ以上のスピードで抜いてっちゃったって事?昔の車で?」
「? うん、211km/h。あ〜でも名神高速の一宮?から高速乗って停車駅の手前だったって話だから、そこまで出てたかだけどね?」
「一宮。停車?じゃこだまで岐阜羽島ね? 併走出来るポイントとしたら木曽川橋梁渡る前後のあの辺りか?0系巡航速度200km/h以上で、'65年だと開業当初でまだ速度規制があって……ああ、7月の事だったらまだ解除前ね?でもこだまで名古屋出てたった30kmで10分くらいの区間、減速入ってきっとそんなに出てなかったとしても、この事実は……」
ブツブツと念仏の様に独り言を呟く。な、なんか異様に詳しいじゃないか? しかし微妙〜に話が噛み合ってるようで噛み合ってない?
「50年以上……半世紀前よね? 0系追い越してったクルマか? 実に興味深い」
どっかで聞いた台詞だ。
「あ。私、鉄道趣味で新幹専、0系特に好きなんだ。開発秘話とか、何よりかわいいし!関わりあるモノにも須く目がないんだ!」
……て、鉄子だったか。
ブスン!とポルシェが一つ咳込んだ。
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