第42話 栞

「これ……」


 無表情な侭、征馨は開けられたページを押さえたまま参考書を才子に手渡そうとして、栞があることに気付いた。その栞は何か昔の黄ばんだ文字が書かれた紙がパウチされていて穴にリボンを通しただけの簡素なもの。


「?」


 びっしり並んだ文字は小さくて遠目では判読出来ないが、いかにも古くって印象的な見出しと挿絵が目を引いたから、なにげなく征馨はその見出しのコピーを目で追ってみた。



 。「



 その挿絵は初代新幹線にポルシェと思しき車。


「!」



「ありがとう。あ〜それ、爺ちゃんの大昔の雑誌の広告。縮小POプリントアウトして栞にしてるんだ。まぁ征馨さんあんまり興味ないだろうけど……エヘヘ」


 瑞雲の優等生はきっと今日の会話の端々からなんかもきっとそうなんだろうと、若干の気後れもあって少々気恥ずかしい照れ笑いで参考書を受け取ろうとした……が、参考書は征馨の手から離れなかった。


「?」


 文字が小さいから眼鏡の前10cmくらいの所で本と重ねて食い入る様にその栞に書かれた文面を読み入っているではないか?


「ど、どしたん?」


 怪訝に思い尋ねるも一心不乱に無言で読み入っている。


 仕方ないから私は一度出した手を引っ込めて'儀式'を始めた。何度か軽くアクセルをパタパタとやってから、左手でキーを捻りセルが回ると点火に合わせてやるタイミングで今度はもう少し深く踏み込むと4気筒発動機は機嫌よく一発で目覚めた。


 ブロォム!


 ハッ!とエンジン音と共に我に返った征馨は慌てて参考書を差し出した。私は栞で頁を挟んでドアパネル下1/3の斜めのポケットに無造作に突っ込むと、こちらを向いたままの征馨は何処か、あぁ……とでも言いたげな物惜しげな表情を一瞬見せた様な気がした。


「?」


 正直、4気筒発動機フラットフォー搭載車愛好者同士って共通の話題のお陰で初対面のシゲルコとも、全く性格キャラが異なるにも関わらず比較的容易に打ち解ける事が出来た。しかし征馨は……911Tに惚れ込んだって事前情報は結局ガセであり、しかも超エリート校生の堅い感じがしてそのcoolな容貌からもどことなく取っ付き難い印象。尚且つ宮田(祖父)さんの事もありどうも気まずく会話の糸口が掴めない。


「さっきは有難うね、帰ったらちゃんと話すから。たぶん爺ちゃん、宮田さんとお付き合い長いだろうから、ほら、何か突然電話したりおかしな行動出ないか?って思ったから」


「うん、お願い……」


 呆気ない程、それだけ告げると征馨は何かに耽けるように押し黙った。どうやらその件にはそれ以上触れたくない空気だったので訊きたい事も無くはなかったが、私もそうする事にした。


 ……


「年明けたら試験、もうあっ!ちゅう間だね? 征馨さんは何処志望なん?」


「○大」


「わ!さすが。凄いね?」


 県内の、近隣圏じゃ一番偏差値が高く倍率も難関中の難関の国立大学だった。しかし別にコッチの志望校訊き返してくる訳でもなく。


 ……


 う〜、会話が続かん。



 冬の夕暮れ時。


 その釣瓶落としの陽が落ちてゆくのに比例して、気温も一気に下がっていく……


 外気が冷えればポルシェはやがて高性能鉄製冷蔵庫と化す。何度か経験したがそれは顕著なんだ!もう底冷えがして凍え死にそうになる、いや大袈裟ではなく本当に! コートを着たままの征馨だったけど、お互い大切な受験前、風邪を引いてもかなわない。仕方ないので慣れない =少し排気臭が混じるから= 今日の同乗者には申し訳ないが暖房を入れよう。


「ゴメン。ちょっと匂うけど、凍死するよりいいよね?足、寒かったらソコの後ろへやってな、温ったかいの出てくるから」


 その足元のベントをスライドせずダッシュボードのメーター下っ側のレバーを回すと窓の所からも出るらしいがそれはやった事ない。暫くすると鉄の冷蔵庫は足元からだんだんと暖かくなってきた。(官能の)排気臭もそう気にはならない、と才子は思ったが一応、征馨へ尋ねてみた。


「大丈夫? 臭くない?」


「え?、ああ……うん、平気」


「そう、よかった」


「? 」何か、気もそぞろで爪を咬む様な仕草で以ってもぞもぞと落ち着かない感じの征馨。あ!ずっと工場の寒いトコで待って話してたしポルシェ乗ってからも冷えたし、きっとおトイレか? ……ああ、ずっと我慢してたんだ。初対面で、親御さんの躾も行き届いてて出来ただから言い出せずに……そうに違いない!ここはシレッと私が気を利かせて、っと。


 コンビニより先に丁度、都合よくガソリンスタンドが目に入ったのでチョット給油寄ってもいい?とウィンカーを点けてセルフ式のスタンドに入った。


 ダッシュパネルの一番端っこの方にあるツマミを引いてやると、パカン!と給油口のリッドが開く。私は降りて現金で1,000円分だけ入れるべくゴム製のベロ(フラッグ)を捲って金属製の給油キャップをくるくる開ける。この間に、征馨はお手洗いに行けるだろう……


 アレ?


 征馨は座ったまま動こうとしないではないか。なんだ?違ったんか?まぁいいや、っと給油を終えよっこらしょっと車内に戻ると、まるで待ってたかの様に、征馨は唐突に切り出した。


「国松さ……才子さん、ソレもう一回見せて貰えないかな?」


 視線の先はドアポケットへ。


 ああ〜!なんだ参考書だったんか〜?きっとさっきパラっと見た時から気になってたんだな?流石、瑞雲生は違うな〜と私はえらく感心してその参考書を取って手渡すと征馨はいきなり尋ねてきた、


「これ、詳しく教えて欲しいっ!」



 え? 瑞雲の優等生が私に訊くか?










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