第30話 新しい蛙のお眼々の友達

「才子さんも、その……古いポルシェ乗ってるんだって?」



 お互い、正直それ以外の接点・共通項なんてないから口に運ぶカップの中の温かい液体だけが随分早く減った。佶屈くそう切り出したシゲルコに才子は工場の隅、エンジンが降りてやけに腰高ヒップアップになった白い一台を指差した。


「あれ……」


「あ、911。凄いね〜?」


 一見、余り関心のなさそうなシゲルコの反応に今度は隣でバラしかけ作業途中のまだ台に乗った侭のエンジン・ミッション塊の方へ顔を向け呟く……


「違うんだよ。見た目は一緒らしいけど、なんかエンジンが4気筒ってちょっと911より弱いやつみたい……」


「え~〜!? ナロウの癖に4気筒!? そうなんだぁ~!と言う事は一緒だねっ?」


 テヘッと人懐っこい笑顔をつくったかと思うと、急に目を輝かせてそれから突然グイグイ来だしたでなないか?


 曰く、914も元は(勿論今も)同サークル所属の父親の所有車であったが免許取得と同時に、偶々載せたインスタ投稿で制服JK × オールドポルシェが受け沢山のイイね!がついたのに気を良くしてより"える"2ショット若しくは夫々のソロ……より良い写真を求めお下がりの一眼カメラ迄導入してエスカレートしちゃってる事。父親と一緒にオフ会に参加したのを機に更にちやほやされるのも擽られ心地よかったし、今では父親を差し置いて914を駆って単独参加。確固たる地位を築いている云々。……ん?地位?地位ってどう言う意味や?問えばシゲルコは意味深な表情で少し微笑みだけした。


 しかし、なんか……


 自分よりちょっと先に免許取った景子は、別段クルマそのものに興味がある訳じゃなさそうだし、菜々緒は大凡女子高生には似つかわしくない高価な最新の一台をアクセサリーか何かの延長みたいな感覚で、それでも走るのは好きみたいで相変わらずブイブイ言わせている。このコも自分なりの楽しみ方でクルマに接し、そしてオフ会とか知らない世界に踏み込んで一人おじさん達に混じって根性あるしあの人気、凄いなぁ?3人居れば三者三様の接し方があるなぁ?と妙に感心しつつも、じゃ私は?偶々ウチに居たのが古いポルシェで……景子に便乗して免許取って、それから……と自問しかけたが


「わたし、よく911の人に "この空冷6気筒はね……"とか蘊蓄自慢されるのが超面倒臭くって”え〜凄ぉおい!でもよくわかんないですぅ〜"って躱すんだよ。」

 とクスクスクスと笑ってシゲルコは話を続けたので一旦その自問は中断する事にした。


「べつにそんな凄いのじゃなくっても、充分一緒に居て楽しいし何より可愛いしぃ……ほぉら!お目々もぴょん!って出てくるしぃ、お屋根も開いちゃうし、あ!でもなんか才ちゃんのお目々も蛙さんみたいでお茶目ぇ〜!」


 う?いつの間にか才子さんがさえちゃんになってるし、しかもそれはお目々じゃなくお目々やろう?と突っ込みつつ何か完全に彼女のペースに飲まれてしまった感はあるが、それまで何となく鼻についたぶりっ子口調もこれも個性か?将又、天性の人誑しの為せる技なのか?となんだか許容できる様になってきたし、何より不思議と会話もよく弾んだ。


「そうなんよ。このお目々、随分腫れぼったいよね?なんかアメリカ市場向け仕様のは規制か何かでこうやったらしいんだ。」


 それからも、晩夏初秋のタルガトップでのオープントップドライブのあの爽快さを……味わった者だけが共有出来るあの筆舌に尽くせない感覚を、自分以外にもしかも他校生ながら同学年で知っていてそれを口にして語れる事にお互い驚き、同じくあの山道を逆側からやってきて……同じく2,000円の通行料金の高額さを嘆き、親戚関係にあたる4気筒エンジン音の擬音表現とか、そう!そう!そう!と頷きあい。スマホで検索したらシルエットも凡そポルシェの一般的イメージからかけ離れたシゲルコの914は、実は才子のポルシェの実質後継車に当たる事を知って二人"ほぉ〜"っと画面に顔寄せながら妙な連帯感が芽生えたり。普段ならきっとお互い友達にはならないタイプではあったかも知れないけど、その互いの家にあった旧い車が繋ぐそれはそれは不思議な昂揚感の共有……



 オイル交換を終えた914をシゲルコは爺ちゃんにお願いして才子のポルシェの傍らに寄せ、取り出したそのお父さんのお下がりの愛用の一眼カメラにこれ迄貯めたお金にお年玉も全て注ぎ込み遂に買ったんだという自慢の単焦点レンズを装着。広い画角で綺麗に2台を写真に収めた。


「AFだから押すだけ、国爺くにぢいさんでも大丈夫ですからぁ〜!」


 と怯む爺ちゃんにカメラを預け私も無理やり入れられたから、ウチは免許ダメだから写真アップするなら加工しといてな!と付け加えた。それからスマホに持ち替えて自撮りしたり、最後まで君臨する超局地的ローカルアイドルらしくニコッと笑顔で手を振って國松自動車整備工場を後にした。


「……やれやれ、じゃの?全く。なんか気も削がれたしもう今日はあがるかの?」


 苦笑いの爺ちゃん。でもこちらも何処か憎めなさそうな表情で片付けを始め、いちにちの終わりのルーチンに向かった。


 ……


 その晩、『写真インスタ載せたよ〜』と交換したラインmessageが届いた。


 "あたらしいカエルのおメメのおともだち、今度一緒に走ろうね♡"と添えられ、可愛くウィンクして目元でピースしたシゲルコの横にはツナギ姿で黒い目線隠しされヤンキー座りした才子が居た。そして後方にうまい具合に少しボケた2台の4気筒ポルシェ(by 爺ちゃん)。


 おい?いかに写真加工してくれとは言ったけどコレはなかろう?これじゃ私、完全にその系の人じゃないか!?しかもそのおメメの表現はやめろ言うたろ?誤解されるやろが?まるでその蛙目を隠してるって!!


 案の定、シゲルコ礼讃コメントに交じって……


 "カエルのヤンキー姐さん誰?こわっ!"

 "ほんもんや"

 "イ、イマドキ?(汗)"

 "カエルのおメメって@_@?"

 とか……


 やっぱりこのぶりっ子とはトモダチにはなれん。……私は一齣りラインで悪態ついてやったが、返信に『や〜ん、ヤンキー恐ぁい(╹◡╹)』と。コイツは間違いなく確信犯だと思った。

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