第28話 覚醒!

 思案した才子は自分でもちょっと予想外の選択をした。そう、


 修理をする!だ。



 勿論、お客さんから預かった修理の車はひっきりなしなので、当然空き時間やお休みの日での作業となる。ある程度の期間は必須=乗れない……にも関わらず。



「手伝うからっ! いいっ? 爺ちゃん?? 」


 老整備士は"ふむ?"と、こちらも少し思案した様子、そしてちょっと目が右上に泳いだその後、にこりニタリと笑って、


「ほうかの? 才子の好きにすりゃあエエ」


 ……とごく普通に答えた。才子は喜んだが爺ちゃんのこの表情には見覚えがあった。"こりゃあ何か企んどる! 間違いなく企んどる。裏あるな?"とスポルトマチックの時の事を思い出しピン!と来たが作り笑いの下に押し殺して顔には出さなかった。



 新品の純正交換部品は聞けば目玉が飛び出る程のお値段で、OEM製品もあるが折角のオリジナルパーツなので補修して使うのが理想だと……この辺りは爺ちゃんの拘りは強い。

 なにより私がお金を出せる訳ではないので爺ちゃんの方針で部品を取り外し、板金作業で穴を塞ぐこととなった。


 ……


 偶々、修理予定の車の部品到着が遅れたらしいその翌週の土曜日のお昼時の事。爺ちゃんは遅い午後のオイル交換車の入庫予約まで外すだけやってしまうか?と才子が煮込んだ野菜も肉もいい具合にとろけた前夜から2日目のカレーを掻き込みながら誘った。


 さて?どうやってアレを外すんやろう?


 凄く興味が湧く。


 車内後席下の所辺りで暫しごそごそした後、エンジンルームの中に屈み込み配線やらホース、時折り電動工具を使い爺ちゃんは色々外してゆく。そして車体を1mちょっと位リフトで上げて、エンジンの下部分に充てがう様に鉄製車輪のついた油圧式の台敷きを置いて再度ピッタリの位置にリフトの高さを再調整。今度は下方からタイヤとエンジンが結合したトコとか無理な体勢ながらいろんな箇所を手際よく外してゆく。


 まだどうなるか見当もつかない、


 ひと通り外し終えると彼方此方隈なくチェックし、リフトのボタンを押して徐々に車体を持ち上げた。すると、あらあら!……台の上にエンジン/ミッションを残したまま車体だけがスルスル上昇してゆくではないか!?


「おぉ〜!なるほどぉ!そう来たか〜?」


 ぞぞぞぞぞぞ……っと徐々にその姿が明らかになるに連れ、一斉になにか鳥肌がざわめき立つ様な、一種快感にも似た何かが背筋あたりに走った!


 遂に台の上にはトレイに黒くこんもりととぐろを巻いた何かの様な4気筒発動機フラットフォーが顕になる!


 この旧式な工業製品は精緻でかつ無骨で力強く、しかしその造形はオズの魔法使いのブリキ案山子の顔みたいなパーツ(オイル系)と不似合いな原色の筒状のパーツ(電気系)。そしてモーター(?)を真ん中付近に配置し、それらのパーツをたたえた黒く塗られた半円のクーリングファン・シュラウドが後方に屏風の如く控え、銀色でネットが際立つキャブレターを左右対称に配置し非常に均整が取れた造形美を醸していた。まるで異常性癖/フェチかの如く口許に涎が滲むのにも気付かず、思わず無言で魅入られる。……ハッ!と我に返って自分にそんなへきがあるなんてちょっと意外だと思った。


 恍惚と眺めてる間に爺ちゃんは油圧台座上のエンジンを手際よく脇に寄せると、ポルシェもリフトから降ろし才子を促してハンドル握りながらの爺ちゃんと二人で手押しで元の定位置迄移動させた。


「これでよし!さて才子や、こっち来てみ」


 下方に銀色が灼けたマフラーの付いた逆側の方に回り、中央から銀色の905型スポルトマチックミッションの大きく突き出た部分のその両脇。丁度エンジントレイの半弧形の背当てのすぐ下に突き出た黒くしかし中側は焼けて赤錆びたヒートエクスチェンジャーの丸いダクト口の一方。そのエンジンから伸びてくる排気管を飲み込んだ後方部分が無残にもざっくり口を開けてしまっている。


「元凶はここね?爺ちゃん」


「そうじゃ、ここの……四角い排気管の上下二つエンジン本体と繋がっとるボルトを前と後ろ側2箇所外すんじゃ、角度ないから電動入らんし手でな。ラチェット、獨逸サイズのはこっちじゃ」


「わかった!」


「……あ、ちょい待ち!その格好でやったら服汚れるじゃろ? あそこのツナギに着替えて、軍手してやるんじゃ。このアブラはなかなか落とせんの知っとろう?」


 爺ちゃんのやった視線の先にはハンガーに掛かった真新しいツナギが。胸元には刺繍で"國松自動車整備工場"と、手に取ってそしてひっくり返すと背中上部には"KUNIMATSU AUTO SERVICE"とプリントがされている。




 爺ちゃんと同じツナギだった。






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