第23話 真っ赤なポルシェの罠

 暫く鬱蒼とした木々が両側を覆う登坂道が続く、稜線を超えると前方にその車は唐突に姿を顕した!


 まるで才子のポルシェが追って来る事が判っていたかの様に、不気味な低速で待ち構えていた……



「ただのボクスターじゃない!スパイダー!」


 隣で興奮した森が突然 叫んだもんだから、ビクッ!っとなった。


 ポルシェボクスタースパイダー (987) はノーマルの2.9リッターに対し320psを発揮する3.4リッター水平対向6気筒エンジンをミッドに搭載したオープンスポーツカー。特筆すべきはベースモデルからエアコンなどの快適装備をも取り払い(*オプション装着可)、バケットシートもカーボン化、前後フード/ドアもアルミニウム化する事でストイックな迄に100kg近く軽量化を施し、細部まで徹底的に走りに拘った野心的モデルだ。



 蝙蝠の様な黒い屋根を被って、後方の二つのコブみたいなものが描くラインが只者ではないオーラを放っている。


 赤いスパイダーはバックミラーでナローを視認すると、ついて来い!と言わんばかりに少しだけ速度を上げた。才子はゴクリ!と唾を飲んだ。


 もしかしてバリバリの、血に飢えた走り屋さんで今日の競争相手ターゲットに見染められちゃった?これは地獄へのいざない?……ちょっと毒蛇の末路の光景が脳裏に蘇り、相変わらずのネガティブ思考も手伝って妄想が瞬時に繰り広げられる。蝙蝠蜘蛛スパイダーの執拗な幅寄せでガードレール突き破り崖から真っ逆さまに叩き落される脳内映像にゾクゾクっと背筋に寒気が走る。いやいや、イマドキそんなん流行らんて!きっとポルシェ愛好家のおじさんか誰かで、偶々出会ったご先祖様とランデブーのお誘い?か何かに違いない。無理やりそっちの方を選択することにした。


 "ふっふっふ、相変わらず臆病やな?前者の方が面白そうだろ?"と心の中の古い腐れ縁トモダチ、ソイツが囁く。


「うるさいっ!」今度は森がビクッ!とした。



 やがて急に右側の視界が開け、山合から夕暮れ時迫る雄大な平野が広がった。


 が、当然 景色を眺めてる余裕などある筈もないしガードレールの向こうはその妄想と酷似していたから嫌が応にもちょっとすくむ。しかしこの聖域とやらは毎度毎度、私に新しい世界を提供してくれるわね!?しかも心の準備もなく突然に……と、緊張に革のシフトノブに置いた手に少し汗が滲んだ。勿論、競走なんかするつもりはないけどとにかく暫くついて行ってみよう。少しくわばら車間はキープしもってね!森と顔を見合わせ頷きそう無言の了解。


 相変わらず見事な自然地形を縫ったアップダウンのワインディングロード。そんな道は……


 すれ違う対向車も稀、しかし自分で運転するとなると初心者には正直、荷が重い。ギアはほぼDに入れっ放しで手だけのシフトワークにも関わらず変速の余裕なんてある筈もない! 一つコーナーをクリアしたと思えば直ぐまた前方に仰々しく赤と白のペンキで塗られた危険を知らせる低いコンクリート塀ガードレールの急カーブが迫り来る! もうバクンバクンと高鳴る鼓動は森に聞こえちゃうんじゃ?と思うくらい。ブレーキ踏んで不器用に超低速でコーナーを這うようになんとか回って、アクセル抜いて調子に乗ってD3にシフトアップしてしまったもんだから続く曲がり切った急勾配を登っていかない!


 しかし爺ちゃんとの修練の成果か? 慌ててシフトをLに落とす、無意識のうちにアクセルを裏合わせで踏んでやるとEGはヴァ~ム!と高鳴りはしたが「おっ!?」うまく低速ギアに入りグッ!ロロロロロとポルシェは力強く登坂し出した。


 このタイミングか?……と何となくスポルトマチックのコツをちょっと掴んだ気がした。が、道は更に容赦無く右に左に上へ下へと才子に試練を課す。相変わらずぎこちなさは否めない運転が続き、隣の森は硬直してる……


「?」


 ……しかし、何故か前を行くスパイダーとの距離・間隔はあまり変わってない感じ。もしかして私の運転に合わせてゆっくり走ってくれてる?と言うことはやっぱりランデブーおじさん? ほら見ろ!"悪い予感"は当たらない!と私はそいつに向かって心中勝ち誇った。尾根を越え山の逆斜面から一旦下ったのを再び視界の開けた高度まで戻ってくると、今度は金縛りから解けた森が訝しがった。



「おかしいな?前のスパイダーも何だかぎこちない……」















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