第22話 放課後の風景 part 4 '冒険家と執事がゆく!'

 産業道路の終点、


 そう、ここの交差点を越えて無人の料金所跡をくゞり更に直進すると、有料ドライブウェイの料金所まで続くアップダウンのある数キロの短いあの山道区間に差し掛かる。交通量の極端に少ないこの区間は才子にとってお気に入りであると同時にアクセルを踏んでスピード出すには恰好の練習場所だったから、


 躊躇なくグン!と右足に力を入れアクセルペダルを踏み込む。


 先日の土井の930SCのスポルトマチックが3速だったのに対し、老整備士によって換装された才子のポルシェに奢られたものは初期型の4速仕様。そう、この区間だけはD3で思い切り踏み込むか、更にD4域迄シフトアップも可能なのだ!


 緩やかにカーブした下り坂を全速力で駆け下りる。そしてその勢いのまま登り坂を一気に駆け上がる。ゲバババババババ!と一世代前のモデルではSuper 90と呼ばれたものと同等のこの4気筒発動機はまるで1600ccの全力を振り絞るかの如くフル回転!後方から轟音響かせた。三角窓からはゴォ!っと吹き込んでくる結構な風量が車内で大袈裟に渦巻く。そう、のだ!


「!」


 さっきまでの饒舌さが嘘の様にポルシェの一挙一投足を五感で感じ入ってる様に押し黙っていた森が、5連メーターの右から二番目の速度計を覗き込んで驚いた様に口を開いた。


「なにか100km/hくらい出てると思った……」


「ん、ここだけは飛ばせるんだ」


 やがてなだらかな登り坂をその惰性で緩やかに速度は落ち着き、暫く行った路肩のある場所にポルシェを寄せながら


「もう少し行ったら料金所、そっから先は有料のワインディングなんだけどいつもそこの手前の産廃のアンダーパスでくるっと戻るんだ……」


 と漏らすと、森は明らかに少し残念そうな表情浮かべ通行料幾ら?と訊いた。才子は往復で2,000円だと答えると、


「……結構するんだな?」


 森昌浩はそう呟くとちょっと逡巡した……と、正にその瞬間!路肩に停車した才子のポルシェの脇を猛スピードで一台の赤い車が駆け抜けて行った!一瞬、ブレーキランプが点いたが止まる事なく快音を轟かせながらそのまま走り去る。


「あっ!ボクスター!」


 刹那、赤い車へ追随する視線を切った森は意を決したかの様に才子の方へ向き直り自分が2,000円出すから、もう少し走ろう!と促した。才子も同様に森が突き動かされたであろうその走り去った赤い車に何か得体の知れない力で惹き寄せられるかの様に頷き同意した。


「よしっ!1,000円づつで乗った!」


 素早く右手でキュコン!とハンドブレーキを解除しすぐさま再スタート、瞬時にシフトをLからアクセルを開きDへ……こんなに素早くやったのは初めてかも知れない!しかし諌み逸やる気持ちとは裏腹にクラッチが切れ繋がるタイミングとアクセル踏み込みが宜しく無かった様でブワーン!とエンジン音だけが空回り高鳴る。


 *注)これが930SC同乗の時に爺ちゃん/土井さんが言ってた意味だと知るのはもう少し先の事。


 だから思った程すぐにスピードは乗っては行かず料金所が見えた頃には既に赤い車は通り抜けちゃった後みたい。……やはりまだまだ初心者は初心者なのだ。しかしすぐさまシャン!っと気を取り直す。


 何故なら


 ここから先は爺ちゃんとのあの'夏の革命的一日'の舞台、特別な場所なんだから。なんとなくこれ迄躊躇したのは、その自分にとってのある意味'聖域'に超初心者のまま踏み入れるのが厭だったから。



 今もズブズブの初心者には違いないが、Now is the time(英語の授業で習った)! 意を決した私は遂にあの日以来そこに踏み入れる。しかも今度は自らの運転で!まるで何か不思議な力に導かれ新たな未開の空白地帯に踏み込むサファリスタイルの女冒険家Indiana Jones……若しくは浮き輪も持たずクラシカルなスイムウェアに身を包んで海峡横断に独り泳ぎ出す女スイマーMercedes Gleitze。ちょっと大袈裟だし想像力乏しくフィクション・ノンフィクション混在だが、兎に角自分がそんなヒロインにでもなったかの様な気になって未知との境界線=料金所に迫る。……あ、宛ら森は執事か何か?


 そんな境界線の関所でくるくると右側の窓を開けて執事が恭しく関銭 2,000円也を支払うと、身を乗り出してきた関所の番士料金所のおじさんが古いポルシェを見送った後ポツリと呟いた。



「今日は、何か珍しい日だなぁ?制服の高校生が……」





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