第21話 放課後の風景 part 3 '陰キャラの本性'
「昨日の車、あれ国松んトコの?」(*国松は私の姓)
森だった。
「へ? あ、あ〜!……そうだけど」
滑稽な程しどろもどろになって平静を装ってそれだけ答えた。ちょっと目が泳ぐのが自分でもわかる。……と同時に声を掛けられた時の嫌な予感が的中して掌に汗がじわっと滲むのを感じた。
免許の事、咎められるのだろうか?先生に言うのだけは勘弁してほしいなぁ。
瞬間、職員室呼び出されて保護者の爺ちゃん共々説教される、挙げ句の果てには停学を言い渡され「内申書が〜」とか頭抱えて叫ぶネガティヴな妄想が脳裏を
「……やっぱり、そうなんだ」
伏せ目がちに、森が小さな声でそれだけ発すると暫く気不味い沈黙が二人を包んだ。放課後の教室の束の間の開放的な喧騒とは裏腹に、この2人の間だけがまるで異空間のポケットに落ちた様な奇妙な静寂が支配する。その余りの重みに耐えきれず切り出した。
「あの!」
「あの……」
森も同時に口を開いた。その時景子がツカツカと近付いて来ていきなり言い放った。
「森っ!昨日の事、絶〜っ対告げ口とかダサい事やめてよね? わかった?……才子 ゴメン!今日私帰り塾行かんとだから先出るわ」
「 …… 」
森はその場で押し黙ったままただ俯いている。ズバッ!とそう言い残すとまるで瞬間の突風か嵐が通り過ぎるかの如く踵を返して景子は教室を出て行った。……全く私が躊躇するコトでもいとも簡単に歯に衣着せず、景子らしいと言えばらしいし随分羨ましい。
「ゴメン、その……違うんだ。そんなつもりじゃないし、先生に言ったりなんかしない。あの……もし、もしよかったらなんだけど車、あのナロー見せて貰えないか?」
一言ひとこと、怯える様に慎重に言葉を選んで途切れ途切れにそう絞り出した。意を決して喋りかけて来たのが手に取る様にわかった。
「好きなんだ……」
「へ?」
唐突に森の口から突いて出た言葉に才子は一瞬ドキッ!とした。
「古い車とか……」
あ〜車の事ね?まぁ流れから……そうよね。急に好きとか言うからちょっと吃驚しちゃったじゃないか?しかしそれよりもつい昨日までの既に終盤、最終コーナー手前に差し掛かった高校生活で全く接点など無かった(どちらかと言えば陰キャラの)森が喋りかけてきた事、そして何より車好きだと言う事が正直意外だったけど別段断る理由もない。
「いいよ」
「え?」
「……本当? いいのか?」
予防線張って逆の答えを予じめ自分で用意してたのか? 驚いた様に初めて森が顔を上げた。その表情がぱあっと紅潮するのがわかった。
「よかったら学校の帰り寄ってく?通り道でしょ?」
森は何度もブンブンと首を縦に振った。二人は……と言うか森は自転車を漕ぎながら'
古い漫画をきっかけに藤原とうふ店の86に憧れたこと(豆腐店?知らん……)。それは昨日の景子の兄の車のある意味先代だと言う蘊蓄(……ど〜でもいい)。でもやっぱり今の新しいモデルより古いオリジナルの方が自分の趣味に合う(……それは少し理解出来るな?)。自分も免許取ったらバイトしてシンプルで機動性に優れたライトウェイトな愛車が欲しい(……そうなんだ?)。そしたら毎日山の方へ走りに行く(……うんうん)。でも自分は漫画みたいに走り屋には興味がない(……私もないね〜)。色々ネットの写真や動画見てる内に海外のカフェレーサー仕様がカッコ良くって憧れてる(カフェのレーサー?)。それ以来そんなベースとなる'60年代や'70年代の欧州車に嵌ってる(……ほ〜)
云々……
テキトーに相槌打ってみたけど案外突っ込みどころは満載なのかも?何より一番興味深かったのは実は以前からウチの前通る度にチラチラとそんな森にとって垂涎の宝物が居並ぶ空間が好きでわざとゆっくり自転車のスピード落として走って修理入庫してる車達を見てた事、そして昨日は思い余ってつい止まって見てしまった事を独白した。
こいつこんなに喋るやつやったんか?
余りのこれ迄のイメージ(勝手に決めつけていた……)とのギャップにもう呆れたのを通り越して思わず笑いさえ込み上げてきた。
軒先に並んで停まった2台の自転車。爺ちゃんにカクカクシカジカと簡単に森を紹介すると意外な一言が返ってきた。
「お〜キミ!よう自転車で車眺めとったの?森くん言うのか?才子の同級生やったとはこりゃまた奇遇よのぉ。よっぽど好きなんじゃな〜?ゆっくり見ていき」
爺ちゃんは気付いてたんや?驚いた。森は嬉しそうに照れた表情を浮かべ顔をくしゃ!っとした。
こ、こいつこんなに感情表に出すタイプやったんや?
ナローのキーを森に渡すと私は首を捻る方向に振って促す。森は神妙に頷いて恐る恐る鍵穴にキーを挿入しもちゃっと回した。余り手応えもなくロックピンが上がったのを視認するとキーを抜き
「うわぁ……」
そして其の儘少し引いてから、まるで勿体ないかの様に再びドアを閉じる。と、カキィイン!とまるで金庫の扉が閉じる様な今度は少し重い金属音と精密機械が正確に噛み合ったその余韻が響いた。この動作を森は数回繰り返すと、ふるふると小刻みにうち震えながら才子の方に振り返って言った、
「……く、国松、本当に書いてあった通りの音がするんだな?」
老整備士は向こうの方で手を動かしたまま気配と会話だけを感じ少し微笑んだ。
森はドアを再び開けるとヒンジの付け根辺りをしげしげと見つめ乍ら独り言を呟く。
「カルマン?……じゃない、ポルシェの架装か」
運転席に収まると、もう感慨至極な感じで車内をキョロキョロ。恐る恐るウッドのステアリングにそっ……と手を置く、
「あぁ……ウッド、こんな感触なんだ?随分か細いけどいいなぁ、凄く掌にしっくりくる。それよりこのハンドルの径なんとも大きいな!」
森は愛おしむように何度かウッドのVDMステアリングに手を這わせた後、特徴的なホーンパッド……ウチのコには通常4気筒モデルに標準装備の簡素な'ホッケーパック'ではなく何故か'バタフライ'と呼ばれるその名の通り蝶の羽を広げた様(骨格だけだけど)な特徴的な形状のモノが付いており、その金属製の羽の部分=釦に鳴らない程度に触れてみた。そして右手をすっとシフトノブへと……
しかし彼の視線の方は目の前のダッシュボードの銀色のアルミパネル、そのグローブボックス端の3つ並んだ数字のバッヂに止まった。
「え?……珍しいなぁ。」
それからもキョロキョロとあちこちにキラキラとした視線を巡らし机上の(もの凄い)知識を実際の景色と当て嵌めているかの様。只々単純に本当に好きなんだろうなぁ?そんな感じがひしひしと伝わってくる。と、才子の口から自然と突いて出た……
「折角だから、ちょっとその辺走ろか?」
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