第18話 爺ちゃんの奥の手。後編
ポルシェ911 SC SPORTOMATIC
1979年型 180PSを誇る3リッター6気筒水平対向エンジンを搭載した SC=Super Carreraは所謂'ビッグバンパー'の930モデル。その搭載されたスポルトマチックはクラッチレスのセミオートマチックシステムだ。簡単に説明するとシフトを(前後に)微動さすと電磁式スイッチがONとなりソレノイドバルブが作動、バキュームダイヤフラムを介しクラッチが切れる。これが瞬時の間に作動し手動でギアチェンジ(3速:'L''D''D2')を行う。トルクコンバーター内蔵の為'L'(ロー:1速)でもスリップしてエンストする事はない。
「AT免許で乗れるやつじゃ……」
爺ちゃんが解説した内容は正直ようわからんかったが、要するにクラッチペダルの無いシフトレバー操作によるギアチェンジが可能な仕組みらしい。ふむ?
土井さんがクッと少しアクセルを踏み込んでやると、タコメーターの針はぴょん!と瞬時に小気味よく跳ね上がりエンジンは吹け上がる。ピークから少し落ちた頃合い(回転数)を見計らった様に右手は小気味よくシフトを後方にクイっと下げ'L'から'D'へ。そして……
「ここじゃっ!ここ!才子っ!簡単に見えるがの、ちょっと注意が必要じゃ……が、まぁ、これはやってみんと判らんかのぉ? 土井さんや」
「そうだね?おやっさん、ここのアクセルワークは体で覚えないと仕方ないね……」
? わからん。しかしそれもそうなんだけど随所に垣間見える、同じポルシェとは言えウチのとは加速とか重量感とか何から違う感じ?実際何がどうとか上手く表現出来ないけど……。
こんな具合に小一時間程少し郊外の交通量の多くない農道迄出て土井さんの運転でスピードも出してみたり坂道とか色んなシチュエーションを覗かせて貰った。ふむふむ、ちょっと扱いにコツが要るみたいだけど、要はAT限定免許でも運転可能なワケね?わかったわ。それは朗報ね?
で?
土井さんのこのSCを私が借りて練習するワケ?同じポルシェだから?慣れるために?爺ちゃんの意図がイマイチ読めない。
戻ってくると工場の前には古い車が2台停まっていて、お客さんが2人シャッターが開くのを待ってる様だ。視線が滑り込んできたグレーのポルシェに注がれる。シュポルトマチックとSCの挙動に集中していた私はハッ!と18歳の女子高生に戻った。余りに無防備なTシャツ・ショーツ姿の寝癖ボサボサ頭だった事、今更ながら超恥ずかしかったので爺ちゃんがシャッターを開けるのを待ってから屋内に駆け(逃げ)込んだ。
……
修理工場内では老整備士を中心に談義が繰り広げられている。それはよくある光景。暫くして髪を少し整えた私はデニムにTシャツに着替えて古い木製でステップの幅が極端に狭く急斜面の昔ながらの狭い階段をトントントンと降りて作業場へ(……運転見せて貰ったお礼もちゃんと言わなきゃ、だし)。その間に携帯で"シュポルトマチック"と入れて検索してみた。もしかして'スポルト……'?と訂正されたがポルシェのオフィシャル/個人/修理屋さん記述と結構ヒットしたので掻い摘んでつらつら読んでみた。ふむふむふむ。
爺ちゃんと土井さんとあと2人のお客さんが輪になって下を覗きながら話している。隙間からひょっこり顔を覗かせると、その中心には銀色に鈍く光る……巨大な金属の塊があった。
「x`*>#%&$?∴£……」
おじさん達のわやわや……
「これ901かぁ〜? 初めて見ます。5速ですよね?」
「フィッティングとか細かい付随する部品手配とか、欠品とかで色々大変だったんじゃないですか?」
「しかしおやっさんよく見つけたね〜?」
「餅は餅屋じゃ……いや、其の実な結構あっちらこっちら訊いて、兵庫県の方からようやく譲って貰ろうた。じつはの、前々から興味あったんじゃ」
爺ちゃんは私の姿を認めると、
「よし、丁度ええ。ここらでお披露目じゃ!」
そう言って工場の一番奥の奥に目を瞥べた。皆一斉に振り返るとその視線の先にはウチの白いポルシェが鎮座していた!爺ちゃんを先頭にその場所迄、他の預かった修理中/修理を待つ車達の間の狭いスペースをすり抜けて一行は足早に移動する。
「905に載せ替えた。シュポルト仕様じゃ」
一同 + 私「お〜!」
とおじさん達と一緒に感嘆の声を合わせてはみたが、今一つ状況を把握出来てない。そんな私の方へ向かって土井さんがニコニコしながら言った。
「よかったね、才子ちゃん。これで晴れてポルシェ乗りの仲間入りだ!」
「!」
そうか!爺ちゃんはウチのポルシェのマニュアルミッションを私が今のAT限定免許でも運転出来る様にシュポ……いや、スポルトマチックと換装したんか??そんな芸当が可能だなんて夢にも思わなかったから想像だに出来なかった。あ、だから明日の練習を!そしてその予習の為のさっきのドライブだったんか??
ゴゴゴゴゴ……っと地下からマグマが湧いて来る様な熱く強力な感情が溢れて来る。私はナンとも形容し難い表情で首をぶん!っと振って思わず爺ちゃんの方を見た。爺ちゃんはうんうんと頷きながらニコニコとして少し誇らしげに親指を鼻にやったあと腕組みして心なしドヤ顔。
「爺ちゃんっ、土井さんもありがとう!」
ふるふると心の奥が打ち震えて、そうだ!これこそ小躍りして、おじさん達誰もいなかったらこの場で爺ちゃんに抱きつきたくなる様な最高の気分だ!イメージ的には海が豪快に真っ二つに割れて前途をいざ行かん!とする(よう知らんけど)モーゼ的な?土井さんの'ポルシェ乗り'って表現も大袈裟だな?と照れつつもちょっと気に入った。これまで私の世界に無かったもの、一旦は諦めた筈のそんなものが遂に……唐突に少し動き出した気がした。
ふるふるふる
「……しかしおやっさんコレ結構したんじゃないですか?」
2人のうち少し若い方のお客さんがボソッと尋ねた。
「ん?そうじゃの?……そこそこしおった。昔からの付き合いのトモダチ価格で◯十万にして貰うたがの。ほっほっほっほ」
え?◯十万円?ウソ〜!?……それなら時間はちょっと余分に掛かったろうけど、5万円程支払って限定解除の講習/試験受けてそのままマニュアルミッションで乗った方が断然安くついたじゃないの〜??心中私は目を丸くして愕然となった。
「長く整備やっとるがの、このシュポルトって奴ぁ不思議と一度も触るご縁無かったからの?土井さんのは既に手ぇ入ってて完調じゃったから儂は手ぇ付けてないし、コーガクの為にも丁度ええと思うた訳じゃ」
...勿論、私の為?それはそうに違いないのだろうけど、どうやら+αの思惑が存在したのは明らかね?それも私には到底理解不可能なオトコ特有の感覚と金銭勘定。と、少々の'なんで?'は残ったが兎にも角にも、私はポルシェのステアリングを握る事が可能になり、それから時間を見繕っては
やがて秋を肌に感じ得られる頃には遂には一人で乗り出すまでになった。そう、私は完全にのめり込んだ!行き場のなかった何かの塊を全て解き放つみたいに……受験生の癖にね?
若葉マークの付いた私のポルシェ。
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