第7話 峠 part 2: 毒ヘビ出現!
"トンネルを抜けると"
そこには眩いばかりの夏の日差しと溢れる緑、そして蝉の大合唱が待っていた。
全てが終わって、そして私の夏も終わってしまって、色彩のない日々だけが拡がっていた。いや、そう思い込んでしまっていた。……でも、夏は確かに今ここに在ってそんな私だけをポツネンと置き去りにした様に、何も変わらぬ暴発的エナジーに満ちていた!
ポルシェは分岐を左側に抜け、山道へと繋がる産業道路に入る。
日曜日だからか? 砂利等を積載したトラックは殆ど姿を見ない。山道のその先には有料ドライブウェイがあって……この道を利用して隣県へ往来する向きと、その途上にある有名な神社参拝、山歩きのハイカーそして途中の幾つかの県民広場や展望台目的の家族連れやカップルそして屯ろする車趣味おじさん達、しかし2,000円也という高額な料金からも利用者はそう多くはない。アップダウンがあって長く曲がりくねった道は純粋に走行を愉しむ'走り屋'さん達の格好なコースとなっており……しかし事故や迷惑走行も横行したことから二輪の通行及び夜間の通行は禁止(閉鎖)されている。そんなドライブウェイに続く前哨・縮小版的な……
狭くカーブの多い産業道路を暫らく行くと爺ちゃんはチラチラと盛んにバックミラーを気にしだした。
「いまどき珍しい血気盛んよのう?」
振り返ると、一台の鮮やかな青色のスポーツカーが追突せんばかりに肉薄していた。
「普通、こんな古い車は労わり敬まいこそすれこれはないわのう? 才子や?」
爺ちゃんは別段、焦った様子もなく変わらぬ速度でするりするりとコーナーを綺麗に曲がり走り抜けてゆく。しかしスポーツカーは早く行け! と言わんばかりに更に肉薄してパッシング迄浴びせてくるじゃない? きっと老人が運転してるとは露ぞ思ってないのだ! 古い車より老人敬うべきでしょ!? と理不尽さと初めて経験するシチュエーションに心臓がいつもとは違う速度で脈打ちドキドキが止まらない!
隣をちらりと……爺ちゃんの表情を見ると、更に驚いた!「え?笑ってる?」
薄ら笑みの様な表情を浮かべた爺ちゃんは、グイ! とアクセルペダルを踏み込んだではないか? ぶつからんばかりに迫った後続車との車間距離はスッと開いた。そして更に踏み込んで目前にカーブが迫ると両足はペダルを訳のわからない動作で足踏みし、木製のボール状を柔らかく包んだ右手はその脚の動きに呼応する様に忙しなくしかし的確に前後左右にクイックイッ!とシフトを入れてゆく。か細い木製のステアリングは行ったかと思えば次の瞬間、スルスルと掌の中を滑って戻ってゆく! そんな千手(脚)観音みたいな動作を2〜3コーナー続ける間、私の身体は左右に揺さぶられお尻は革製の座布団の様なシートの上を同じく右に左に滑って行ったり来たり!そして無礼な後続車はあっという間に見えなくなった!
「誰が蜜壷とか硝子なんぞと抜かしよった?」
蜜壷? ガラス? 一体なんのこと?判らないわ? 爺ちゃん、「え? 爺ちゃん?」
更に驚きを通り越して慄いた! 爺ちゃんは薄ら笑いを通り越してもう満面の笑みを浮かべてるではないか?それも今までの人生で見せたこともない様な変な表情で!
後ろを振り返ると、恐ろしい勢いで再び迫ってくる青いスポーツカー! もう訳がわからない!
「ほう? まだ挑んでくるか?この毒蛇くんは! なかなか根性見せよるのぉ? 才子よ!ふはははは」
ど、毒蛇?私の知ってる爺ちゃんじゃない、もう完全別人格の老人は再び千手(脚)観音と化す!……それも更にグレードアップした。
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