第6話 峠 part 1: 可愛いふりしてあの娘..

 当然、車が動いてなきゃ'三角窓'からは風は吹き込まないから頗る暑い。


「仕方ないのう……弁当も積んどるしな、しゃあないな」


 と呟きながら爺ちゃんは、金属パネルの下側の黒い合成皮革の枠に沿って据え付けられた送風口のある列の中央のツマミの一つを捻る。するともわぁん……という感じで生ぬるい風が吹き出した。


「ちょっと待っとれよ、っと」

 信号が変わり、車が動き出して暫くすると風が冷たくなってきた。ふぅ、涼しい。どのくらい古いかは知らないけどこんな古い車にクーラーがちゃんと付いてる事自体ちょっとした驚きだったが、これは爺ちゃんお手製の日本の軽自動車用のものを流用して取り付けたものなのだそう。兎に角、滴る汗と暑さを我慢しなくって良くなった事は喜ばしい事だな……と思った。


 外周道路を抜けると、明らかに景色は郊外の其れに変わる。


 道はなだらかな勾配となり目前には緑溢れる山が迫ってくる。爺ちゃんは木製のシフトノブを操作し一つ、また一つと市街地走行時とは違いギアを上げてゆく。

 後方から伝わるエンジン音は高鳴りポルシェはぐんぐんと加速してゆく!


 追越車線を小気味良いスピードでワゴン車を追い抜くと、反対側の窓から子供がこちらを笑顔で指差しながら何か喚いてるのが見えた。父親であろう運転席の男性も笑顔だ。きっと明らかにこの時代のものでない見た目ちょっと愛嬌のある車がビュ〜ン! と追い越して行くんだから、既に絶滅したと思われていた珍しい希少生物でも見た様な反応だ。

 父親はきっと自慢げに息子にポルシェの蘊蓄を語ってたりするのかも知れないな?ちょっと羨ましい気持ちを抱きつつ感傷的な記憶が擡げた瞬間、急に真っ暗になって、エンジン音が倍ほど大きくなった!と思ったらトンネルに入ったのだ。


 車内は今の車の様にデジタルでしかもLEDが煌々とする車内ではなく、豆電球がぼうっと計器類を浮き上がらせているだけ。外を照らすヘッドライトのビームも点いてるのか?点いてないのか?判らないほどに暗い。


「爺ちゃん、電気ちゃんと点いてる?」と、一応訊いてみる……

「ちゃんと点いちょるよ、これで充分じゃ」と爺ちゃん。


 バババババ! っとけたゝましいエンジン音はトンネルの狭い空間に反響しての事。そして爺ちゃんは饒舌に語り出した。


「この車は普通、6気筒の大そうな空冷エンジンを積んどるんじゃがの、こいつは旧型の4気筒をチューンしたやつを積んどる。ワーゲンなんかと先祖は一緒じゃ。……しかしな、このエンジンっちゅうのが実に味があっての小っちゃい癖に実によく回りよる!ほりゃ」


 言っとる意味はよう判らん……


 爺ちゃんがアクセルを踏み込むと、ズドドドド! っと地面に杭を打ち込む様な振動を伴い車はぐんぐん加速してゆく、それは瞬発的にバーン! と言った感じではなくグイグイ押され伸びてく様な感じ。ちょっと可愛い見た目と相反するこの挙動のギャップに少しだけ感心した。


 "可愛いふりしてあの娘、割とやるもんだねと"


 古い歌のフレーズが脳裏をよぎった。そういう事なんやな?と理解する事にした。


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