第8話 峠 part 3: 蛇に睨まれた蛙の運命

 まるで怒りに駆られた様にすごい勢いで迫ってくる青い毒蛇!


 毒蛇が何を意味するのかはわからないが、言い得て妙だと思った。


 3リッター 90度角に配されたV6ツインターボエンジンを搭載した500ps以上を誇るマシン。プレミアムレンジのハイクラススーパーカーを除けば市販スポーツカー最強の部類に属すエンジンと奏でるエキゾーストサウンドは……才子と老整備士の乗った90馬力のポルシェのそれとは全く別次元そして異質のものながら、トンネルに入って突然反響して大音響になったあの時の如く 明らかにこれ迄の音量/音質と違うサウンドで更に獰猛な吠え方をして前を行く華奢で旧式な車を威嚇する!


「アルファロメオの本気じゃな?」


 爺ちゃんは前だけを見据え、しかし視線は前に左右にミラーへと常に動いてる。登りの直線に差し掛かると非力な旧式車は流石に為す術もなく、哀れな小さな蛙の様に毒蛇にひと呑みにされる寸前だ!


 しかし、もしこれが戦闘機同士のドッグファイトなら……さながらSan Giorgio Type C 光学式の照準器にロックオンされ機関銃の引き金をひかれるであろう正にその刹那! ポルシェは次のコーナーへと滑り込んだ! 狭い間隔のコーナーが連続すると相変わらずひらりひらり! と見事にすり抜けてゆく蛙に毒蛇は再び遅れを取り始める。


 電子制御されたセーフティ機能も、Rモードにするとキャンセルされよりパワフルで本能に近い走りが出来るから……毒蛇のドライバーは躊躇なく其れを選択し、連続したカーブを抜け長い下り坂の直線とその先に見える視界が遮断されるほど鋭角なコーナーに臨んだ!


 前を行くポルシェはエンジンブレーキなどは使用せず空冷4気筒エンジンをフルに回し下りを躊躇なく猛スピードでコーナーへ飛び込んでゆく!


「しっかりつかまっとれ!」フルブレーキ! 曲がる方向とは逆であろうに方向へハンドル切ったかに見えたドライバーの挙動!


「ど、どこにっ!?」


 瞬間、本能的に危険を察知し目を瞑る!その瞼が閉じるコンマ何秒の間、全てはスローモーションで流れた……ノーズを中へ入れテールを振るポルシェ! 曲がる方向へ直角で流れる景色、私のお尻も滑る! 持っていかれる身体! そしてあらぬ方向を向いた侭に横を見れば青い毒蛇が真っ直ぐに突っ込んでくる!


「爺ちゃん! 危ないっ!」


 ヘッドライトの間の三角形の黒い開口部の上に付いた紋章のエンブレムが迫る! 赤い十字の横に緑のニョロっとした何か、"あ! これが蛇か?だから毒蛇?かわいい感じ?" なんて瞬間の出来事なのにやけに冷静にそんな所に妙な納得しちゃったが、"違〜〜〜〜う! そんな場合じゃない!" サングラスをした男女と思しき姿。死ぬ前には全てがスローモーションで……というのはどうやら本当らしい。とか一瞬頭によぎり完全に目を閉じ観念した。走馬灯が準備され逆送りのアルバムが開かれ始める……


 しかし、衝撃や痛みの様なものは来ず、恐る恐る片目を開けるとポルシェは横を向いたまま綺麗に鋭角なコーナーをすり抜けた! そして同時にガシャン! と短い鈍い音を伴ってギリギリ曲がりきれなかったアルファロメオがガードレールに左側面やや後方から突っ込み、ガガ! と舐める様に火花を散らす。しかし次の瞬間上手くバウンドしたかの様に左右に蹌踉めきながらラインに戻った!


「大丈夫かっ?」っと爺ちゃんはバックミラーに目をやった。私は側方から後方へ首を振ってフィジカルに追う。どうやら左側は結構破損してる様な感じだがこちらからはよく見えない。続く緩い勾配の登り坂、数秒後 毒蛇はふらつきながら産業道路から一般道へ抜ける最後の角を恥ずかしそうにそそくさと左折して視界から消えた。



「どうやら大事には至ってない様じゃの?よかった…」



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