夏の革命的いちにちの第1章

第4話 馴れ初め

 よく晴れた日曜日の朝。



 数台の修理を待つ車が入り口からスペースを塞いでいた工場の一番奥にある古く錆びたトタンで出来た仕切り扉の前に私と爺ちゃんはいた。


 キィ……


 と軽く鈍い音で開けた薄暗いその扉の向こうにはシートが被った一台の小さな車が鎮座している。


 小さな蛍光灯は何回かの瞬きをした後にパッとあたりを少しだけ明るくした。爺ちゃんはおもむろにその小さな車を覆っていたシートを剥ぐ。古い工場の一番奥の暗いスペースはまるで前衛舞踏のステージの様に、徐々に顕われる曲線と直線が描く陰影のシルエット……浮かびあがったその様式美に私は釘付けとなった。

 時間が止まった様に闇と光の届く空間に舞う埃の浮遊。暗闇に目も馴れてくる

と、全容を露わにしたのはずんぐりとした小さなボディに丸い2つのライトがどこか愛嬌のある表情に感じる白色の車。被ったシートに最初どんな仰々しい凄い車が出て来るんだろう?と決め込んでいた才子は少々拍子抜けした。


「ポルシェじゃ」


 普通の女子高生同様、別段車に興味なんかない私も聞いたことある有名な高級スポーツカーのイメージ。


「古いがの、長い長い間掛けてコツコツ仕上げてきた」


 コンパクトで、今の軽自動車と余りかわらない感じ。ただ今の時代とはかけ離れた佇まい……クラシックカー? 余り興味もない、けどちょっと可愛いかな?ただそれだけの馴れ初めだった。


「今日はこの車で行くのね?」


「そうじゃ、試運転じゃ」


 二人で修理待ちの車たちを手押しで外に出したり脇に寄せたりしながら、進路を確保した。真夏の午前中、出発前なのに汗をかきながら結構な労力だ。


 爺ちゃんはポルシェの扉のハンドルに手をかけボタンを押しながら手前に引いた。するとチャン!っと小気味好い金属音がしてドアが開く。小柄な体を折りたたみスルッと車内へ滑りこむとフロントパネルの丸い台座のキーホールに鍵を挿す。パタパタと何回かペダルを踏み込んでから、キーを右側に捻ってやるとキュルキュルキュルとセルが回り出す。アクセルを其のまま少し開いてやった侭、音階を微妙に変えながら更に何度か回り続ける10回目くらいに少し踏んでやるとズォム!とエンジンに火が入った。爺ちゃんは右足を何度か煽ってやると、呼応して同じ回数だけズォムズォォン!とけたゝましく唸って間も無く、キャラキャラキャラ……とアイドリングのリズムを刻みはじめた。


「ふむ」……と何度か頷きながら、時折りパン!ブルン!と不整脈を打つエンジンに耳をそばだてる。


 そして再び運転席を離れた老整備士は、開けたままのドアのボディ側開口部後方のノブを引っ張った。すると後ろの小さなエンジンフードがチープな鉄板音をバカン!と響かせ開いた。フル開口状態で固定。左右対称な2基の網々の何か(後にそれがキャブレーターって名前と知る)の脇に手を回し何やら調整をしている。そして何日か前に柴田さんの車にそうした様に、此方は金属のアームのようになってる部分を押し上げてやると…… ブォムブォ〜ム!再び何度か吹かして確かめる。やがて不整脈は回数を減らしアイドリングは更に安定を増した様だ。



「どれ、あとは走りながら様子見るとするかの?」

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