episode4

 舞台の上で向かい合う二人の男女。覇王マスターアスト・ヴァンクリーフと、勇者ブレイヴァーミゾレ・サーフェンクスだ。

 神話の人物が並んで目の前にいるなど、他の者は知る由もない。ただ、お互いに決定戦の相手に納得していた。


「リーダー。久し振りだね」

「ああ。千年と少し振りか」


 二人はクスリと笑う。

 懐かしき戦友との再会は、何千年経とうと嬉しいものだった。

 二人の心中を、懐かしさと思い出が埋める。


「まさか、ミゾレもこの学院に来ていたとはな。予想外だ」

「ほんと、偶然だよ。もしかしたら……とは思ってたけどね」


 アストは考えていなかったが、ミゾレは自分が転生したのなら、他の仲間もしているのではないかと考えていた。

 こうして再会したのは、本当に偶然だったが。

 感動に浸るミゾレを今一度見て、アストは首をかしげた。


「ミゾレの髪色は先天性のものか?」


 アストの指先は、ミゾレの髪を指している。


「うん。そうみたい」


 肩まで伸びた紺色の髪先を指で弄るミゾレ。転生前は明るい金色だったために、アストの意識を引いたのだ。


「リーダーは何にも変わってないね」

「そうか?」

「うん。強さも、表情も、雰囲気も何も変わってない」


 突然、ミゾレが両手の手の平を合わせる。パンッといい音が鳴った。


「そうだ! ねえ、リーダー。首席を譲ろうか?」


 ミゾレが満面の笑みで言った。


「多分、戦っても私じゃ勝てないしね。リーダーが最強なのは私が一番知ってるよ」

「ふむ……」


 アストは顎に手を当てて考える。

 確かに、それはアストにとって良い提案だった。今日は試験試合だけではなく、既に一試合分余計に行っている。

 面倒な試合を終わらせ、ミゾレと昔話に興じたいとも思っていた。

 アストに断る理由はない。

 了承の返事をしようとした時だ。


「アスト・ヴァンクリーフ!!!」


 観客席から甲高い声が響く。

 アストとミゾレが顔を声の方へ向けると、最上段の席で、シェーネが叫んでいた。


「頑張りなさいよ!!!」


 追加で、一段と大きな声で絶叫した。

 言い終わると、シェーネは席に腰を下ろす。


「元気なヤツだな」


 アストから呟きが洩れる。

 その表情を見て、アストはミゾレの提案を受け入れることに躊躇いが生まれ――瞬く間に肥大化した。

 応援に対して八百長という愚行に走るほど、アストは馬鹿ではない。

  断ろうとミゾレへ向き直ると、  


「さっきの提案なんだが――」

「ねえ、リーダー」


 アストの言葉はミゾレに遮られた。

 ミゾレはさっきにも負けない程の笑みを浮かべる。


「試合、しよっか」

「……え?」


 ミゾレは右手の先で魔方陣を作る。白い輝きを放つ、他とは一回りも二回りも大きな魔方陣だ。


「ま、待て、ミゾレ」

「ん? 待たないよー?」


 魔方陣から一本の柄が顔を出す。白い柄を、ミゾレのか細い指が握る。


「リーダー。あの子、知り合いみたいだね。誰?」


 あの子、というのはシェーネの事だ。


「ミ、ミゾレ……? 落ち着け、アイツは俺の––––」


 答えようとして、言葉が出ない。

 アストの何なのか。何と形容するのが正しいのか、アストにも分からなかった。

 その沈黙を良しと捉えなかったミゾレは、握っている柄を勢いよく引き抜いた。


「な、なんだ……あの剣は……」

「凄い……綺麗な……」

「見たことねえぞ……」


 観客席の誰もが絶句する。

 柄の先は、ミゾレの身長と同じ大きさの刀身だ。他の剣と違うのは、大きさだけではない。

 そこに込められた魔力。刀身が放つ存在感。何より、白く輝く刃が他を逸脱する事を感じ取らせている。


「『聖剣召喚ヴァルカロヌ』……。正真正銘の全力か……」


 それは、紛れもない聖剣だった。


「試験官さん。合図を」

「あ、えっ、えっと。……これより、首席決定戦を開始します!」


 ミゾレの指示により、試験官が試合開始の合図を送る。


「試合開始!!!」


 瞬間、ミゾレは一足でアストの懐へ入り、聖剣を振り上げる。アストは紙一重のところで後方へ跳んだ。


「殺す気かよ……」

「リーダーにはそれぐらいでいかないと」


 続けて、ミゾレの乱撃が始まる。

 またも一足でアストを斬れる間合いへ入り込み、聖剣を的確に当てにいく。


「ぐっ……」


 アストも舞台の端で何とか回避しているが、聖剣は時折髪や制服を切り裂いていく。

 一旦、間合いを取ろうと、アストは聖剣を避けてミゾレの足を払った。

 体勢を崩したミゾレの脇を駆け抜けようとしたアストの腹部を、猛烈な衝撃が襲う。五臓六腑が破裂しそうな激痛だ。


「がっ……!」


 体勢を崩していたミゾレが、勢いを付けるために一回転して繰り出した踵蹴り。それが、アストの腹部へ直撃したのだ。

 間合いを取ることに失敗したアストは、乱撃を受けていた場所よりも舞台端へ追いやられた。


「強くなったな、ミゾレ……」

「……」

「あの、ミゾレ……さん?」


 腹部を押さえるアストに、聖剣の切っ先を向けるミゾレ。


「駄目だ……。完全に集中してるな」


 アストの視線の先にいたミゾレは、次の瞬間にはアストの背後にいた。


「っ、はやっ……!」


 振り返ったアストの腹部に、もう一撃の蹴りが入る。

 吹き飛ぶアストだが、全身の力を使って何とか舞台上に留まった。


「話を聞け……ミゾレ……」


 ヨロヨロと立ち上がりながら、アストは制止を呼び掛ける。


「なに、リーダー。言い訳でもあるの?」

「言い訳って、お前な……」


 ミゾレは聖剣を舞台に突き刺して、聞く体勢に入った。言い返そうとしたアストだったが、優先順位を考えて言葉を飲み込んだ。


「さっきの子、シェーネって言うんだが、誰かに似てると思わないか?」

「んー……」


 ミゾレがシェーネの方を向いて確認する。

 その瞬間、アストは駆け出した。


「隙ありだぞ、ミゾレ!!!」


 掌底をミゾレにではなく、聖剣に打ち込む。

 アストの掌底は聖剣を押し退け、ミゾレと一緒に後方数メートル地点まで弾いた。


「――いっ……いったーい!」


 聖剣から震動が伝わり、ミゾレは涙眼になりながら握っていた手に息を吹き掛ける。


「酷いよ、リーダー!」

「酷いのはお前だ!」


 アストは追撃に出た。

 舞台を蹴り、推進力にモノを言わせて突進する。ミゾレもすぐさま聖剣を抜いて斬りかかるが、


「わっ……!」


 大きく弾かれる。

 アストの体中に魔方陣が浮かんでいた。

 ミゾレの表情が歪む。


「『魔法結界ノグタル』のこと、忘れてた!!!」


 大きく仰け反った隙をアストが見逃すはずがない。

 ミゾレの手首を蹴り、聖剣を弾き飛ばす。


「これじゃいつも通りだよ……」

「フェアでいいだろ」

「リーダーの意地悪」


 ミゾレは頬を膨らませる。

 勇者と呼ばれたミゾレだが、それは聖剣あってこそだ。勿論、使いこなすだけの素質と身体能力は兼ね備えているが、聖剣がなければ身体能力お化けなただの少女となる。

 それは、二人とも重々承知の上だった。

 だからこそ、アストは聖剣を狙った攻撃をしたのだ。


「まあ、俺も鬼じゃない。聖剣を拾うチャンスをやろう」

「ほんと?!」


 ミゾレの表情が一転する。


「ああ。俺の攻撃から避けながら拾うといい」

「鬼だよ! 結構な鬼だよ!」


 アストは手の平をミゾレに向けると、五つの魔方陣を展開した。

 観客席が騒然となる。魔法の発動とは、とてつもない集中力を必要とする。二つまでなら同時発動できる者は少なからずいるが、それ以上は珍しい。まして、五つの魔法を同時発動など聞いたこともない珍事だった。

 アストの周囲を赤い光の玉が飛び交い、魔方陣の中央へ集まっていく。それは、燃え盛る火の玉へと形を変えた。


「『極炎球エスク・フレイム』」


 魔方陣から五つの炎の玉が発射される。

 轟音と爆風を纏い、ミゾレを目掛けて飛んでいく。


「わああ! 焼ける! 焦げるって!」


 叫びながらも、ミゾレは全ての炎の玉を避けて走る。避ける度に、新たな『極炎球エスク・フレイム』が襲い掛かる。


「私も焼け死にますぅぅぅぅぅ!!!!!」


 着弾した際の爆風と熱風に晒されていた試験官が、舞台から飛び降りた。


「リーダー! これ全然チャンスじゃないよ!」

「何を言うか。俺は動いてないからチャンスだろう!」

「鬼だぁぁ!!」


 ひたすら避け続けるしかないミゾレ。制服は風で靡き、スカートの裾は焦げた痕跡があるにも関わらず、体には一切の傷もない。

 そろそろ何発目の魔法かも分からなくなってきた頃、ミゾレが叫ぶ。


「――こっの……いい加減にして!」


極炎球エスク・フレイム』が切り裂かれた。叫んだミゾレの手には、光輝く聖剣がある。


「いつの間に……」


 呟いたアストは、ミゾレの足元に視線を落とした。そこから聖剣があった場所まで、キラキラと光を反射する氷の道が出来上がっていた。

 ミゾレはへっへーん、と口に出して胸を張っている。


「私、聖剣以外の魔法はダメダメだけど、氷を張るくらいは出来るよ」


 なかなか聖剣に近付けないミゾレは、こっそりと自身から聖剣まで一直線に凍らせ、聖剣側を高くすることで、その上を滑らせたのだ。

 避けるミゾレに集中していたアストが、その行為に気付くことはなかった。


「さて、じゃあそろそろ終わらせるよ!」


 ミゾレが聖剣を構え、アストの方へ走り出す。

 咄嗟に『極炎球エスク・フレイム』を連発するアストだが、聖剣を取り戻したミゾレに通用するはずもなかった。

 悉くを切り伏せられ、順調に二人の間隔は短くなっていく。


「リーダー!!!」


 ミゾレは跳躍し、アストの頭上から聖剣を振る。炎の玉の魔方陣を閉じ、アストは大量の魔方陣を腕に集中させる。

魔法結界ノグタル』と『聖剣烈下ヴァルカロヌ』、二つの魔法がぶつかった。

 空気中に溢れる魔法原子マナは火花のように飛び散り、鍛錬場全体を大きく揺るがす。

 観客席から悲鳴が上がり、舞台の傍らで試合を見ていた試験官は尻尾を巻いて逃げていく。

 しばらく続いた両魔法の拮抗にも、変化が訪れた。


「いける……!」

「ぐっ……!」


 アストの『魔法結界ノグタル』に、亀裂が入ったのだ。入った亀裂は修復より早い速度で拡大していき、嫌な音を立て始める。


「はあああ!!!」


 ミゾレが力を強めると、『魔法結界ノグタル』はガラス細工のように砕け散った。

 勢いを付けた聖剣が、アストの腕を切り落とす。鮮血と共に舞った腕が、舞台上に落ちた。

 後退りをするアストの首筋に、聖剣の切っ先が当てられる。


「私の勝ちだね、リーダー」

「……ああ。お前の勝ちだ」


 アストは残った腕を上げた。

 切り落とされた腕は、魔方陣が浮かんで止血している。


「し、試合終了! 首席はミゾレ・サーフェンクス!!!」


 放送で終了と首席が告げられた。


「全く……」


 落ちていた腕が緑の光に変わり、腕の魔方陣へ吸い込まれると、ゆっくりと腕を形作っていく。

 アストの視線の先では、聖剣を舞台に刺してアストの方へ不敵な笑みを浮かべるミゾレの姿があった。



 ***



 試合後――


 誰もいない休憩スペースで、ミゾレは腰掛けていた。

 自動販売機からガコンと音を立てて落ちてきたジュースを持ったアストが、ミゾレの隣へ座る。


「お疲れ」

「うん。リーダーこそ」


 アストは持っていたジュースをミゾレに渡す。


「強くなったな、ミゾレ。完敗だ」

「リーダーこそ。体が鈍ってるんじゃない?」

「そうかもしれないな」


 ミゾレがジュースの蓋を開ける。

 一口だけ口を付け、喉を鳴らして飲み込む。


「なあ、ミゾレ」

「なに?」


 ミゾレがアストの方を向く。


「死ぬ直前のこと覚えてるか?」


 突然の質問に、ミゾレは黙る。それから記憶を辿って、首を横に振った。


「覚えてないか」

「うん。何かあった?」

「いや……」


 言葉を濁すアスト。ミゾレに聞いたものの、アスト自身も死ぬ直前の事、或いは死ぬ理由となった事を覚えていない。

 そこにだけ、ぽっかりと穴が空いたように記憶が抜けているのだ。

 アストは兎も角、ミゾレは四人の中でも特に記憶力が良かった。全員が絶対的な信頼を寄せるほど、ミゾレの記憶力には曇りがなかったのだ。

 そのミゾレが忘れているとなると、何者かが関与している可能性がある。


「どうしたの?」


 考えるアストを覗き込むミゾレ。

 疑問を浮かべたミゾレを見て、まあ、いいか、とアストは考えを振り払う。


「なんでもない。入学式での挨拶、楽しみにしてるぞ」

「うえぇ……」


 アストがそう言うと、ミゾレはあからさまに嫌そうな顔をした。














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