ひとときの喜び
リナ達が休んでいるテントへ着くと、身体を起こして談笑しているイルハムとリナの姿があった。ヒューゴが近づくと二人は気付き、リナはニコッと笑うだけだったがイルハムは立ち上がろうとする。
「ヒューゴ様!」
「ああ、まだ休んでいてくれ。二人のおかげで僕は無事だ。本当にありがとう」
二人に頭を下げて礼をする。イルハムは身体こそ起こしているが、そのまま座る。
ヒューゴは微笑みながら戦いの結果を伝えた。
「ヒュドラは倒したよ。これで大仕事は終わった。いつもの生活に戻れるよ」
ヒュドラを吸い込んだ腰の剣を見せ、もう二度と魔獣王は出現しないと教える。
イルハムは、念願だった王弟ハリド・アル=アリーフの仇を討てたと感慨深げにヒューゴに礼を伝え、リナは良かった、本当に良かったと涙を瞳に滲ませた。
ヒューゴは空いている簡易ベッドに腰かけイルハムを見る。
「……それで、これからのことなんだけど、僕はベネト村とウルム村の人達を村へ帰す手はずを整えなきゃいけない。それが終わったら帝都へ行く。これでも皇佐補だからねぇ。それで、イルハムにはお願いがあるんだ」
「何でしょうか?」
お願いがあると聞いて、イルハムは堅い表情でヒューゴを見る。
「魔獣の相手をしている……パリスさんやレーブ達がここへじきに戻ってくる。そしたら、パリスさんとイルハムはガルージャ王国国王のところへ報告に行って欲しい」
「今回の結果を報告するだけで宜しいのですか?」
「それも目的だけど、もう一つある。これから帝国の体制は多分変わる。ガルージャ王国にも影響が出る話になる。王制を変えろとかそういうんじゃない。ただ、将来を考えて欲しいと伝えて貰いたい。帝国のように領土をある程度の区域に分けて、区域ごとに自治をさせる体制をね」
ヒューゴは、各区域間、国家間の武力闘争は龍族によって止められ、各区域間の利害調整を国王が行う体制を視野に入れて貰いたいと、国王サマド・アル=アリーフへ伝えて欲しいことをイルハムへ話した。
「……要は、皇帝とその周辺、国王とその周辺に財や力が集まりすぎるのを防ぎたい。もちろん、帝国とガルージャ王国では事情が違う。だからこちらの提案に追従する必要はない。ただ、ガルージャ王国でも帝国と同じような問題が生じたらその時は考えて欲しい。その際はこちらの協力も約束する。そう伝えて欲しいんだ」
「将来を見越して、国体の変更も考えていて欲しいということですね?」
「そういうことになるかな。あ! あと、紅龍を派遣して土地の改良には協力することも伝えて欲しい。これは国体の変更とは関係ないから」
判りましたと返事するイルハムにヒューゴは手を差し出す。
「イルハム。今日まで僕を支えてくれて感謝している。言葉では言い表せないほどさ。それで、これからのことなんだけど……」
ヒューゴの手を握り、イルハムは続く言葉を
「その先は言わないでください。私とセレナはヒューゴ様に生涯の忠誠を誓った身。仇敵ヒュドラを倒そうともそれは変わりません。これからもお側で働かせて下さい」
ジッと見るイルハムの瞳は柔らかく、これは言っても無駄だなとヒューゴは苦笑する。
「……そうか、ありがとう。僕からも当然伝えるけれど、ガルージャ王国から参加しているイーグル・フラッグスの隊員達に、これからは自由にして欲しいとイルハムからも伝えてくれるかい?」
「ほとんどの者は残るでしょうね。目的は果たしましたが、イーグル・フラッグスの生活に慣れてしまいましたから」
「……判ったよ。実は、新しい体制で必要な組織に、イーグル・フラッグスで訓練を積んだ隊員達が居てくれたら助かるんだよ。その新しい組織についてはアレシア様と相談しなきゃいけないんで、まだ詳しいことは言えないんだけどさ」
「大丈夫です。私達はヒューゴ様に付いていきます」
「……ありがとう」
感謝の気持ちを込めて、握った手に力を込める。そして手を離してリナを見た。
「そういうことなんで、……リナには僕と一緒に帝都へ来て欲しい」
「ええ、判りましたわ。もともとそういう予定でしたもの」
陽の光でキラキラと輝くシルバーブロンドの長い髪を肩にかけて優しく微笑むリナに、ヒューゴは申し訳なさそうに言う。
「慌ただしくなってしまってすまないね」
「このくらい何でもないです」
そう言ったリナを万感の想いを込めて見つめていると、ヒューゴの名を呼ぶ集団がやってきた。
「ヒューゴ! お疲れ様ぁ」
中央方面基地で待機しているセレナを除く、パリスやレーブなどイーグル・フラッグスの面々が、疲れているだろうにも関わらず、満面の笑みを浮かべて歩いてくる。皆、防具も傷だらけで手甲も返り血で汚れていた。表情からは判らない相当な戦いを越えてきたのが見える。
「みんな、ご苦労様。大変だっただろ?」
「ヒューゴ様、数が多かったんで疲れましたよ」
ヒューゴが
「こんな大きな戦いは当分無いだろう。大きな怪我を負った者は……」
「居ないわよ。私とレーブが指揮していたんですもの。そんな場面は作らなかったに決まってるでしょ?」
ズイッと前に出てパリスが誇らしそうに胸を張る。幼馴染のらしい態度にヒューゴは微笑み、ホッと胸を撫で下ろした。
「そうか、ならいいんだ。みんな! 今日はゆっくり休んでくれ。後日、落ち着いたら祝勝会はやるつもりだし、今回の報奨は奮発するからね」
「おお!」と声を上げて皆の顔がほころぶ。
帝国軍には戦死者も大勢出ただろう。だが、少なくとも仲間に死者が出なかったことをヒューゴは喜んだ。
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