次代への準備
ヒュドラは皇龍に何もさせまいと眼下のヒューゴを踏み潰そうと前脚を上げる。だが、その様子を統龍達が黙っているはずはない。金龍はヒュドラの尾を噛み咥え、士龍は鎌首の一つを爪で捕まえる。
上半身を宙にもっていかれたヒュドラは、残った鎌首を士龍に向けた。しかし、銀龍が氷のブレスを吐いて、ヒュドラの動きを止める。
「グッ、統龍どもめ……」
「グゥワァアアアアアア!」
「お前はここで死ぬ。だが、能力だけは役立てて貰おう」
堅い鱗に覆われた太い脚に突き刺さった剣へ、金色に輝くヒュドラの身体が吸い込まれていく。片脚が吸い込まれると、続いて胴体や尾、そして残りの脚が消えていく。鎌首の一本一本が吸い込まれ、最後の一本が
「これで我が力はどうなると言うのだ」
「お前の力を宿したこの剣は、魔獣から命を吸う剣となろう。その上、命を吸ってより強力な剣へと進化する。弱き力しか持たぬ人間にとってかけがえのない剣になるだろうな。これが、生きるためだけでなく欲で多くの命を奪ったお前への罰だ」
「く、くそぉおおおおお……」
カッと目を見開き、憎々しげに
「我の力を求め目指したお前は、我の力など……できるだけ必要ないと言い切った人間に滅ぼされるのだ。その意味はお前には判らぬだろう。死ぬまでの短い間、少しは考えてもみよ」
最後の鎌首も光る剣へと消える。
「終わった……のか……」
身体の自由を取り戻したヒューゴはつぶやく。
『ああ、終わった。腰の剣は、魔獣と呼ばれる古から存在する獣の命を吸う。魔獣討伐に役立とう』
「魔獣からしか命は吸わないのか?」
人間からも命を吸うようでは、危険すぎて使えないとヒューゴは懸念を持ち質問する。
『案ずるな。魔獣以外には他の剣と変わらない。ヒュドラの力……魔獣の生命力を吸う能力を備えさせただけだ』
――猟師には邪魔な剣だろうな。生命力に乏しい魔獣の肉なんか美味しくなさそうだし。ラウドさんには「余計な剣を持ってくるな」と叱られそうだ。
皇龍の説明を聞いたヒューゴは、ラウド等猟師達のことを思い出し微笑んだ。
さてととリナが待つ帝国軍司令部へ戻ろうとヌディア回廊を出ると、パトリツィア、メリナ、ダヴィデが恭しく跪いている。
「あ、あのぉ、僕の中に皇龍は居ますけど、僕は僕なんで……」
統龍紋所持者にとって皇龍は至上の存在だろうということはヒューゴにも判る。立ち止まったヒューゴを金龍、紅龍、銀龍、そして士龍が囲み、それぞれ頭を垂れている様子からも、皇龍の特別さは理解できる。
だが、ヒューゴ自身は何も変わったわけではないと知っているから、仰仰しい態度で迎えられるのはとても困る。
統龍紋所持者の後ろに立つライカッツのように、ニヤニヤと笑って迎えてくれるようが気楽で有り難いと思っていた。
片膝をついたまま、メリナが顔をあげて口を開いた。
「皇龍様。我ら統龍紋所持者、そして統龍は皇龍様を待ち望んでおりました。先代の皇龍様のご命令に従い、これまで私達は使命を果たして参りました。帝国は皇帝を失い、私はロマーク家を失いました。新たなご命令を」
「そう急ぐな。これからのことはヒューゴと相談せねばならん」
――おい、勝手に僕と入れ替わらないでくれよ。
事前に断りもなく、ヒューゴの身体を使う皇龍に不満を伝える。
「今後の体制については皇帝代理のアレシア様とも話し合いたいので、メリナさんには、旧王国軍を再組織させグレートヌディア山脈の西側を安全にしていただければと……」
「それはもちろん……、ですが、それで宜しいのですか?」
予想していたものとは異なる意見がヒューゴから出てきたので、メリナは拍子抜けした様子。
「今はそれだけしか……僕は帝国軍では皇佐補という役に就いていますが、ルビア王国では単なる敵国の一人でしかありませんから」
「ルビア王国はもうありませんが」
「そうだとしても、以前、皇龍が出現した時代とは状況が異なります。以前は、小規模の領主が領地拡大のため争い合っていました。今はそうではありません。ルビア王国が崩壊したとしても、まだ王国が決めた秩序がある程度維持されています。メリナさんが号令すれば旧王国軍も動くでしょうし、各貴族も従うのではありませんか?」
やや視線を落したあと、再びヒューゴを見つめてメリナは答える。
「判りました。仰るように致しましょう。ですが、帝国が落ち着いたあかつきには、大陸西側の安定にご協力くださいませ」
「うん、僕にできることは手伝うよ。メリナさん、堅苦しい物言いはやめてくださいませんか? 僕とメリナさんとは主従じゃないんですからね。パトリツィア閣下とダヴィデ閣下も顔を上げて下さい」
パトリツィアとダヴィデは顔を見合わせたあと立ち上がる。
「では、帝都へ戻りますか?」
「僕はリナとイルハムを連れて、元本拠地へまず行きます。元本拠地と中央方面基地でベネト村とウルム村の人達を村へ戻す手はずを整えてから帝都へ向かう予定です。アレシア様とセレリアさんのことを、お二人にはお願いできればと……」
「皇佐補の仰る通りに」
「任せてくれ」
遠慮がちなヒューゴの願いにパトリツィアとダヴィデはそれぞれ返事した。
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