アレシアの悩み
皇帝代理の任について三ヶ月になろうとする頃、皇妃アレシアは執務室でギリアムを前に険しい表情していた。
「伯父上様、やはり私には荷が重すぎます」
泉に映った森のように澄んだ緑の瞳に疲労の色がかなり濃い。
「アレシア様。軍務は私共がご不安のないよう致しますゆえ、シルベスト様の御遺志を政策に反映させていただけるようお願いいたします」
現在、北方方面基地司令のギリアムは他の基地司令と共に国内の治安に努めつつ、いずれ来るルビア王国との対決に備えていた。しかし、こちらも皇帝を失った影響は強く、隙あらば自己の利を謀ろうとする貴族は居る。表面はともかくいつ綻びが表面化するか判らない状態。それら不穏な空気を感じる貴族に睨みを利かせるための監視に忙しく、新たな体制を築こうとしたシルベストの遺志を政策に落とし込む余裕はギリアム等にはなかった。
疲れ果てているアレシアと焦りを瞳に浮かべるギリアム。
「イーグル・フラッグスのヒューゴに手伝って貰うのはどうでしょう?」
「しかし、あの者は帝国の人間ではありません」
シルベストも頼ったヒューゴに協力して貰えたらとアレシアは考えている。しかし、皇室の血筋を持たないアレシアが皇帝代理を務めていることに強い不満を感じている貴族が多い中、帝国人ではないヒューゴが政務に就くことを良しとする貴族は居ない。
その上、ヒューゴとの調整役になりうるセレリアが結婚に向けて帝国軍から離れ自領を治めることに努めている。そんな中、ヒューゴが政務の一翼を担ったとしたら、因習など無視しうる可能性は大きい。
アレシアへの批判はしばしば聞こえているから、そのことはギリアムだけでなくアレシアも判っている。
「ですが、帝国の新たな体制を築こうとするなら、必要な人間ではありませんか?」
「彼の者を政務に就けたら、帝国は割れてしまいます」
「このままでも割れるのでは?」
「そうかもしれませぬ。しかし、貴族には貴族の誇りがございますゆえ」
「シルベスト様とヒューゴ殿が話していたことを思い出す。時代が変わり、貴族はその役割を終えたのではないかとな」
「そのようなことを誰かに聞かれたら大変なことになりますので慎んでくださいませ」
声を潜めるよう伝え、目を大きくしてギリアムは慌てる。しかし、アレシアは気にする様子もなく机からギリアムを冷静に見る。
「良いのです。最近、私もそう思っているのです」
「ですが……」
「伯父上。皇室の権威、貴族の誇り、私も敬意を払ってきましたし今も払っています。しかし、血筋が途切れた現状、これほどまでに不自由になるのであれば、これまでの体制には不備があるのです」
「新たな体制に貴族は不要だと申されるのですか?」
自身も貴族出身であるアレシアが、貴族による支配体制を批判したことにギリアムは不満を見せる。
「そうは申しません。シルベスト様もヒューゴ殿も不要とは考えてらっしゃいませんでした。しかし、役割を変える必要はあるのではと仰ってましたし、私も最近そう思うのです」
「例えばそれはどのような」
「政務を行うのに貴族である必要はない。適した能力を有していれば良いのです」
「ヒューゴ殿を雇い入れるようにですか? それでは国家への忠誠が……」
「国家への忠誠? では、私を批判している者達の忠誠はどこへ向いているのですか?」
それを言われるとギリアムも口をつぐむしかない。ギリアム等軍官が奔走しているのは、まさにアレシアを批判している者達への用心のためだ。
「貴族であることの利益を追求するためには、現在の国家体制のままが都合が良い。だから国家への忠誠の有無などという言葉で、非貴族を参加させぬようにし、現状維持の必要があるように言うのです。私はヒューゴ殿が現在の体制の不備と歪さを嘆いていた気持ちが、そしてシルベスト様が彼の意見に納得した気持ちが最近よく判るのです。……帝国が割れることで、体制の再編成が行われるのであればその方が良いのかもしれません」
きっぱりと意思を現わすアレシアに、一時の迷いで言っているのではないとギリアムは感じた。だが、現体制のまま改革すべき立場のアレシアが言うことではない。
「それを皇帝代理であるアレシア様が仰っては……」
「判っています。ですが、言わずにはおれないのです」
「……一度、セレリア殿をお呼びになってご相談されるのも宜しいかもしれません」
「ええ、そうしましょう」
頷き、机に瞳を落すアレシアを見ながら、ギリアムは融和派の弱みを感じていた。元のギリアムならば、不平貴族など軍事的圧力で大人しくさせれば良いと考えただろう。攻め滅ぼした方が楽だと考えるに違いない。今もそう思わないでもない。
しかし、亡きシルベストへの忠誠を衆目の前で誓い、また娘ジュリアが皇室の養子となった現在では、軍事力で解決する方針をとろうとは考えない。
ではどうしたら良いのか?
軍事的に圧倒的優位にあるこちら側に対して、不平貴族は暴動という手段はとらない。鎮圧されるだけだから、そのような手段に意味はない。だから、非協力的姿勢でアレシアを困らせる手段をとっている。
完全なとは言わないが、合議し多数の賛同を得て施策を決めている現状では有効な手段だ。
反対する者が多くても、皇帝の権限で進めるためには権威が必要だ。
その権威に疑念を持たれているのだから、アレシアの思うようには動かない。
この状況はヒューゴが政策に関わっても同じであろうし、更に酷くなる可能性のほうが高い。
ギリアムは、先の内乱とは異なる大きな騒動が近いと感じていた。
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