打ち合わせ(ギリアム本隊迎撃戦)
休憩を終えて、再び対ギリアム本隊の件について話を始める前に、ルーク・ブラシールへユルゲン夫妻救出が成功したことをヒューゴは伝える。ホッとした様子のルークに、ヒューゴは言葉を続ける。
「これで、ドニート隊の方は戦力として当てにならない状態でしょう。ギリアム本隊と合流する頃には、二万の兵のうちどれだけ残っているか……」
二万名そのまま残ったとしても、次に飛竜と出会ったら相当数が逃げ出すだろうと付け加える。
ヒューゴの黒い瞳が冷静さを増し、ギリアム本隊の動きについて話す。
「ギリアム本隊は、ここ南西方面基地の戦力は回避しようとするでしょう。ベネト村を襲った過去の経験から、生半可な兵力では到底占領までこぎ着けないと判っているでしょうからね」
「直接ベネト村へ行く……か……」
帝国軍によるベネト村侵攻についてはルークもよく知っている。登山に成功しても、ドラグニ山の天候の変化や迷いやすい道、ドラグニ山特有の魔獣や幻獣などによって、ベネト村の兵と戦う前に疲弊してしまう。その状況を回避するには、先頭の兵を順次入れ替え、疲弊した兵を休ませつつ侵攻するしかない。しかし、途中でベネト村の村人達から地の利を活かした攻撃を受ける。つまり、兵の損耗が激しい。
だから兵力は十分すぎるほど用意しなくては、まともな戦いにならないのだ。
そのことを知るので、ギリアム本隊が南西方面基地部隊との戦闘を避けるだろうというヒューゴの意見にルークは素直に頷いた。
「はい。そこで我々は、ギリアム本隊はある程度進軍させ敵軍背後へ部隊を配置します」
「正面、もしくは側面からではなく?」
「イルハムがゴーレムで邪魔しますので、敵軍はドラグニ山登山口には絶対に入り込めません」
イルハムのゴーレムが使う壁は、魔法力が豊富なガルージャ王国国王サマド・アル=アリーフほどは強力なものではない。狭い範囲でしか使えない上、使用可能な時間も半日がせいぜいだ。だが、その弱点は飛竜が補えば良い。最初はイルハムのゴーレムが、次に飛竜がドラグニ山の登山口に壁となって立ちはだかれば良いのだ。
ギリアム本隊は正面にはゴーレムか飛竜の壁、後ろからはルーク率いる南西方面基地部隊と対することになる。その上、ドニート隊へ行ったように、ギリアム本隊を寝かせないよう深夜は飛竜が脅すのだから、圧倒的に有利な状態で戦闘に入れる。
降伏はしないだろうが、早期撤退には追い込めるとヒューゴは踏んでいた。
「だがな? 三つ牙紋章持ちのギリアム閣下には
心配そうな口調でルークは懸念を伝える。ヒューゴは少し俯き考え、そして顔を上げ意見を述べた。
「この戦いでの僕等の基本方針は、敵を疲労させること、そしてギリアムの捕縛です。睡眠不足、そして勝機を見いだせないことによる徒労感。まともに戦う必要はありません。こちらは敵に圧力を与え続けるだけでいいんです。ギリアムの
防御力に特化した能力を持っていても、ゴーレムの作り出す砂や岩の壁を突破しうる攻撃力がなければドラグニ山へ進入できない。飛竜を倒せなければやはり同様。そして
頼みにしている力が使えなくなっても、ギリアムと部隊の兵達は戦う気持ちを維持できるだろうか?
ギリアムや将校達なら、不利な状況でも気持ちを折らずに持ちこたえられるかもしれない。
だが、一般兵の多くは無理だろう。こちらが呼びかければ、逃亡か投降する兵が増えるに違いない。
兵力差が大きくなったとき、ギリアムがどのような判断をするのかは判らない。とことん戦って、再起不可能になっても構わないと考えるのか。それとも、勝機が見えなくなった時点で降伏もしくは撤退を選ぶのか。
帝都を占拠しているのはギリアムなのだから降伏は多分選ばないだろう。
だから、ギリアム本隊との戦闘の先行きが見えたら、帝都攻略に向けて動く必要がある。そこで……。
「ギリアムが帝都への撤退を選び、エル・クリストを拠点とした防衛戦されるのが、一般国民を巻き添えにしがちでこちらとしては最も面倒です」
エル・クリストは城壁で囲まれている。撤退前より数を大きく減らしたギリアム本隊でも防衛しやすい。
また、近隣から食料を大量に接収したなら、長期に渡って戦線を維持できる。国民を巻き込まないようにと考えても、ギリアムにとっては国民こそが人質であり、ヒューゴ等への防壁であるから、エル・クリスト内の国民を解放する取り引きには乗ってこないだろう。
「そうだな。だから急ぎ皇宮を占拠し、皇太子殿下と元老院との話し合いを持つ必要がある」
「その通りです。そこで撤退するギリアム軍に南西方面基地部隊が仕掛けていただきたいのです」
「帝都へ戻れないようにということだな」
「はい。ただ、帝都までの途中で拡大派側の貴族から兵を徴収する可能性もあります」
「その点は心配しないでいい。撤退させたなら各地でギリアム本隊の敗北の報を広める」
「負け戦には関わらない?」
「拡大派は、先に利益がないとはっきりしたことからは、誰に笑われようともあっさりと手を引くだろう」
「商人のようですね」
貴族の誇りなどというものは、柔軟な対応ができない原因になるから時に面倒なものだ。ヒューゴには貴族の誇りなどというものはよく判らない。だが、矜持を持たない貴族という存在は、もう貴族とは呼べないのではないかと感じていた。
商人のようだと言われ苦笑し、貴族に属するルークは話を続けた。
「彼らの態度は判りやすいね。だから、こちらは判りやすい状況を見せてやればいいのだよ」
「判りました。では、ルーク司令は南西方面基地部隊が疲労を溜めないように……」
「本番は、ギリアム本隊を撤退させてからというんだろ?」
「仰る通りです」
「うむ、セレリア隊と合流して、こちらはせいぜいギリアム閣下の尻をつつくとしよう」
作戦内容を共有したと確信できたヒューゴはニヤリと笑う。
「それでも戦場では何が起きるか判らない。お互い注意は怠らないようにしよう」
ルークの注意に頷き、ヒューゴはこれから始まる戦いに向けて気持ちを引き締めた。
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