作戦終了(ユルゲン夫妻救出作戦)
木々の合間からドニート軍の様子をセレリアは伺っている。両手を縛られ、一頭の馬に乗せられたユルゲン夫妻を見つけたセレリアは、既に合図の魔法を上空へ放っている。パリスはセレリアの合図を理解したのだろう。魔法を撃ったあともパリスが乗るマークスは敵軍上空を旋回し攻撃を続けていた。
やや曇った空に、ドニート軍から放たれる魔法が幾つもの線を描いている。
その線を避けるようにマークスは宙を躍り続けていた。
セレリアが浴びていた柔らかい日の光が急に暗くなった。
見上げると、巨大な飛竜が木の頭スレスレを飛び、その黒い身体を敵軍へ近づけていくのが判った。
――始まったわ。
セレリアは背後に隠れている味方に手を挙げて合図する。
五名がセレリアと共に、敵兵を装ってユルゲン夫妻を救出し、残りの九十数名は敵軍に備えることになっている。
今、隠れている林を東に向かうと、全員分の馬が待機している。そこまでは徒歩で逃げなくてはならない。
ユルゲン夫妻が連れ去られたと敵が気付き追いかけて来たら、パリスに合図し援護を頼む。
鋭い光を青い瞳から発し、セレリアは敵軍へ近づいていった。
飛竜の爪に追い回され慌てふためいている敵兵等の中、ユルゲン夫妻が乗る馬を引いている兵に近づく。
「人質をこちらに。この混乱で失わぬよう林の中に一旦隠せとのことです。あなた達も竜の爪から身を守ってください」
セレリアが、上から命令を受けたかのように言うと兵は手綱を渡し、竜の爪から離れるようにその場から去る。
兵も命令だからその場に踏みとどまっていた。だが、彼らだって竜は怖い。自分の身の安全を優先したい。冷静ならば、セレリア達ではなく自分達が林の中へユルゲン夫妻を隠せば良いはずなのに、どうしてそのような命令がと疑問を抱き上官に確認するだろう。
しかし、ヒューゴやセレリアが予想した通り、彼らは自分の安全を優先し、本来ならすべき確認を怠った。
セレリアの配下が、ユルゲン夫妻の乗った馬を林の中へ連れて行く。その様子を確認し、セレリアも後に続こうと歩き出す。
「セレリア・シュルツ!」
背後から呼ばれたが、無視して林に向かって駆け出した。誰が呼んだかなど確認する必要はない。とにかくセレリアの顔を知る者に見つかったのだ。パリスの援護を呼ぶため、急ぐ足は止めずに、片手を上空に向けて火系魔法を上空へ放つ。
「人質が連れ去られた!」
「セレリアがいる!」
飛竜に襲われながらも状況を理解している者が数名居たようで、セレリアの背後から怒号が聞こえる。
――ドニート少将の声じゃなかった。……私も、思っていたより有名なのかもね。
正直なところ、今は敵にまわっているとはいえ、同じ帝国軍をできるだけ傷つけたくはない。ヒューゴもセレリアの気持ちが判っているから、敵を疲弊させることに重点を置く作戦をたてたはず。ダニーロ、パリス、そして飛竜の攻撃が命を奪うようなものではないのはそのためだ。
人質を失い、味方の兵も疲労で十分な働きを期待できない。そしてギリアム本隊との合流すら難しい状態を作り出せばドニート隊は撤退するしかない。そしてギリアム本隊とだけ対峙するなら、挟撃の心配が減り戦いは楽になる。
そこまで展望を話しあったわけではないが、セレリアはヒューゴの作戦の意図を読んでいた。
セレリアは林に足を踏み入れると振り返る。
人質を取り戻そうと駆けてくる兵の姿が見えた。腰から剣を抜き、敵兵を足止めしなければと手に力を込める。すると、真っ黒な影が目の前に現れ、敵兵の姿が見えなくなった。
セレリアと敵兵との間に飛竜が降り立っている。
――よし! この隙に。
パリスが指示して飛竜が壁役を務めてくれると理解し、再び林の奥へセレリアは駆け出す。
・・・・・
・・・
・
南西方面基地の司令官室で、ヒューゴはルーク・ブラシール少将とギリアム本隊と帝都奪還について打ち合わせしていた。当面の相手となるギリアム本隊の迎撃案がまとまったところで、二人は休憩をとることにする。
ルークがお茶をもってこさせるよと部屋を出たあと、厚い布張りの椅子に深くもたれて、ヒューゴは士龍に語りかける。
――士龍、パリスの方の状況はどうなってる?
『セレリアが敵兵に見つかったので、飛竜で追撃を遮った。他は予定通りだな』
ヒューゴは、飛竜達とのやり取りを全て士龍に任せている。個別に把握できるようになれば、飛竜の見えている情景、聞こえている音、感じている触覚なども判ると士龍は言う。だが、ヒューゴは一頭ずつから与えられる情報を把握する必要を感じていない。多すぎる情報は処理できなければ、冷静に判断する際には雑音になる。必要な情報だけを士龍から受け取り、あとは動かすだけだ。
ヒューゴは予定通りと言う士龍を信じ、目の前に迫るギリアム本隊への対応に集中することとした。
・・・・・
・・・
・
セレリア達が無事逃げたのを確認したパリスは、既に魔法も矢も飛んでこなくなった上空で、再度周囲を確認するように旋回していた。
低空で停止し敵兵を睨む飛竜の近くには敵兵の姿は無い。皆、攻撃を仕掛けるでもなく距離を置いて状況の推移を見守っている。この分だと、パリスと飛竜がこの場から居なくなっても、セレリア達を追いかけていく気力はなさそうだ。
回りの兵達とは異なるひときわりっぱな軍服を着る男を見つけ、パリスは叫ぶ。
「手加減してあげたって、もう判っているわよね? 同じ帝国軍を殺めたくはないと言ったセレリアさんに感謝するのね。今日はこれで帰るけれど、次に戦場で会ったら殺すわよ……」
見上げてパリスの声を聞いたドニートは、悔しがる気力も失っている。今この場で飛竜が本気で攻撃してきたら全滅は必至と彼も判っていた。握られた拳が力なく開かれていく。
魔法も手加減されていた。
飛竜はブレスを使わないだけでなく、兵を叩き殺すことも、爪で引き裂くこともしない。
パリスの言葉は全て真実。
それが判らないドニートではない。
――火竜なき我々では勝てない。いや、空中で戦える力を持たない我々では勝てないんだ。
両手をだらんと下げたドニートを確認したパリスは、マークスを大きく旋回させてブロベルグ方面へ飛び去る。
パリスが戦場から離れると、飛竜達もそれぞれいずれかへ飛び去っていった。
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