救出案(ユルゲン夫妻救出作戦)

 ドニートの部隊およそ2万名が列をなし南下していた。グレートヌディア山脈麓の林の間を通る街道では、歩兵と騎馬の足音がひときわ大きく聞こえている。この分ならば、あと五日ほどでヌディア回廊出口に到着するだろう。


 平地側の林で息を潜めているセレリアとおよそ百名の隊員達は、街道からやや離れた木々の陰でその時を待っていた。この辺りは道幅も狭く、箱馬車の左右に居る兵の数は少ない。予定されている襲撃には最適の場所。

 パリスが奇襲をかけ、敵の注意がそちらへ集中したら、囚われているユルゲン夫妻を救出する。ヒューゴとの打ち合わせでは、そろそろその時が来る予定だ。


 物音をたてず周囲の気配に気を配り、手にした剣を握り直す。

 鳥と虫の鳴声、そしてドニート隊の道を歩む音と兵等の疲れたような話し声。


 ドニート軍の様子は、目的地を目指してただ進んでいるだけにしかセレリアの目には映らない。


 ――予定通り、相当疲れているみたいね。

 

 セレリアは五日前の打ち合わせ時に伝えられたヒューゴの作戦を思い出す。


・・・・・

・・・


 出発しようとしていたセレリアの前にヒューゴが現れた。

 ラダールから降りたヒューゴは、ユルゲン夫妻救出案を伝えに来たという。

 これから乗ろうとしていた馬から離れ、ヤーザンに出発は少し待つよう伝えたあと、セレリアはヒューゴと共に自分のテントへ入る。


 二人きりになったところで、ヒューゴは説明を始めた。


「……ユルゲン夫妻を人質にしたという情報をわざと流した可能性もあります。敵はドニート軍とギリアム本隊で総兵力十万を越えているようです。一方こちらは、南西方面基地に集まった融和派八万。

 ドニート軍とギリアム軍で二方向から挟み、こちらに二正面状況を強いてこようとするのは当然です。敵としては包囲できない以上、挟撃して有利に戦闘を進めたいはずなんです。

 兵数に大きく差がないのですから、まともにぶつかればこちらも敵も損害が馬鹿にならないですからね。


 そこで敵は、本決戦前にこちらの兵数を減らすことも考える。

 ユルゲン夫妻を人質にしたと知れば、セレリアさんやイーグル・フラッグスぼくらは救出しようとする。南西方面基地の部隊は、東から向かってくるギリアム本隊へ備えなければならない。人質救出のために派遣できる部隊は少数に成らざるを得ない。もし大部隊を送ってきたなら、南西方面基地の残存部隊を叩いて占拠してしまえばいい。

 こう考えがちなのではないでしょうか。

 確かに、こちらはユルゲン夫妻救出のために大兵力を送るのは難しい。実際、少数の部隊で対応するしかないでしょう。

 ですので、少数で可能な作戦を立てました」


 一旦話を止め、セレリアが黙って聞いている様子を確認したヒューゴは続きを話し始める。


「まず毎夜、ラダールに乗ったダニーロが、彼らのキャンプへ魔法を撃ち込みます。これは敵の数を減らすためではありません。適当に時間を置いて撃ち込むことで、敵の睡眠を邪魔するのが目的です。もう一つは箱馬車の破壊です。物資を攻撃していれば兵糧を減らすことにもなるでしょう。

 三日も続けば大多数の兵は寝不足で疲労し、戦いの際には数ほどの力は発揮できない。

 また、ユルゲン夫妻がどの箱馬車に乗っているか探すこともなくなります。


 救出する場所は、街道のもっとも狭いところで行います。あとで地図で確認しておきましょう」


 確かに、三日間ほとんど眠れなければ敵兵はかなり疲れているだろう。そしてギリアム本隊との合流日は決まっているから、疲れているからといって進軍を中断できない。疲労を回復させることできないまま進軍を続けるのであれば、二万名の兵力といっても、その半数の力も発揮できないだろう。

 後の戦いを視野に入れた作戦だとセレリアは納得して頷く。


「このような状態のところへ、進軍中の彼らの正面上空にマークスに乗ったパリスさんが現れたら、彼らは魔法による攻撃を警戒するはずです。これまで毎夜撃たれていますし、パリスさんしか居ないのですからまず最初に魔法攻撃を意識する。つまり、魔法を防御可能な兵、そして魔法と弓で攻撃できる兵は正面へ移動します。

 しかし、疲労している兵の魔法攻撃も防御も長くは続きません。弓での攻撃はマークスには効きませんから、敵兵が交代しつつ攻撃してきても問題ありません。


 この間に、ユルゲン夫妻を探して下さい。もちろん敵に見つからないようにお願いします。

 もし、ユルゲン夫妻が見つからなかったら、セレリアさんは上空に火系魔法を一発だけ撃ってください。パリスさんは撤退しブロベルグへ向かいますので。

 見つかったら連続して二発です」


 コクリとセレリアは頷く。

 

「ユルゲン夫妻の姿を確認した場合、パリスさんの陽動で敵の手数が減ってきたら……さほど時間はかからないでしょうけれど……今度は飛竜が攻撃を仕掛けます。敵の前後左右から飛竜が……といっても、爪を使って倒す程度ですが……攻撃します。

 睡眠不足とパリスさんの陽動での疲労、そこに飛竜が四方から迫ってくるのですから敵は混乱するでしょう。


 この状態のとき、同じ帝国軍兵装しているセレリアさん達が、敵の混乱に乗じてユルゲン夫妻を連れ去っても、気付く者は居ないと思われます。

 飛竜が攻撃し始めたら、パリスさんは上空を旋回してセレリアさんを探しています。ですから、もし敵に発見され危険を感じたら、火系魔法を上空に撃って知らせて下さい。それでパリスさんが援護に入ります。


 ユルゲン夫妻を救出したら、セレリアさん達は南西方面基地方面へ逃げてください。あとは飛竜とパリスさんが敵を食い止めますからね」


 飛竜を積極的に使う作戦案を意外に感じたが、ヒューゴなりに気持ちが決まったのだとセレリアには思えた。淡々と話すヒューゴに迷いは感じられなかった。ならばセレリアが言うことは何もない。


「ユルゲン夫妻がブロベルグに居たら?」

「そちらには、ラダールに乗ったダニーロが飛竜一頭を伴って先に行き状況を調べます。その後パリスさんと合流したダニーロが二人で救出し、ラダールとマークスに乗せて連れ帰ります。飛竜で敵兵の注意を集めて……そちらの作戦案も詳しく知りたいですか?」

「ううん、だいたい判ったからいいわ。どうせ警護の兵くらいしか残していないでしょうから、あのパリスちゃんが居れば心配は要らないわね。……それで、ヒューゴはどうするの?」

「僕は別の作戦に取りかかるつもりです」

「それは?」

「帝都奪還です」


 そろそろ出発しませんととヤーザンがセレリアを迎えに来た。ヤーザンと目を合わせたヒューゴは立ち上がり、では、宜しくお願いしますと去って行く。そのヒューゴの後ろ姿を追うようにセレリアもテントから出た。


・・・・・

・・・


 帝都奪還と口にしたヒューゴの瞳には確信が感じられた。

 詳しい内容は時間がなくて聞けなかったが、南西方面基地に戻ればきっと判るだろう。


 ――今はユルゲンを助けなければ……。


 木陰から見える敵の中にユルゲン夫妻の姿を探すことにセレリアは集中する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る