思考迷路からの脱出
ドニート・ラクスベルが率いる拡大派の部隊2万が、セレリアの幼馴染ユルゲン・ヒューグラーの領地ブロベルグへ入る。この時はギリアムからの伝令を受け取っており、ドニートはブロベルグを占領しようとまでは考えていなかった。但し、食料や休憩所の提供と、ギリアムが皇帝に就くことへの支持は求めた。
ドニートからの要求を受け取ったユルゲンは、ギリアム支持の要求以外は飲んだ。
「いくら政治的信条が異なっていようと、同じ帝国の人間の飢えや疲労で苦しむのは見過ごせない。だから可能な範囲で食料や宿泊所は提供しよう。しかし、力ではなく話し合いで揉め事を極力解決しようという私が、力で脅かされたからと言って姿勢は変えられない」
ドニートからの使者へユルゲンは毅然とそう答えた。ユルゲンの返答を受け取ったドニートは、ギリアムから釘を刺されていることもあり、別の条件で再度使者を送ろうとした。
新たな条件とは、ギリアム支持を表明しないなら、内乱が終結するまでブロベルグ領主夫妻は拘束軟禁するというものだった。
帝国内北部はほぼ拡大派の勢力となっている。これから南部へ軍を進めていくため、後背に不安を残したくないドニートは、所持する兵数は少ないとは言えセレリアと親しいユルゲンに行動の自由を与えたくなかった。本来ならユルゲンを処刑しブロベルグを占領したいところだ。だが、ギリアムからの命令には逆らえないと、ドニートなりに譲歩したつもりでいる。
しかし、ブロベルグ内を調査していた部下からの報告……ギリアムがもっとも問題視しているイーグル・フラッグスと繋がりがあると聞いたドニートは考えを変えた。
「そうか……セレリアだけでなくイーグル・フラッグスとも親しいというなら話は別だ。ユルゲン夫妻を拘束し、部隊に帯同させろ!」
セレリアとヒューゴ等への人質として使うと決めたドニートの顔には、上級貴族としての誇りなど見当たらない。嫌らしい笑顔を浮かべ、勝てばいいのだ、勝てば……とつぶやいていた。
・・・・・
・・・
・
ブロベルグとユルゲン夫妻に関する情報が書かれた手紙が、南西方面基地のルーク・ブラシールからアーテルハヤブサによってヒューゴのもとへもたらされた。そこにはギリアム軍本隊と合流する前に奪還する予定が書かれていた。
「ヒューゴ様、これが戦争です」
現状を把握したイルハムが、二人きりになった途端ヒューゴに静かに言った。
理想を追い求めているヒューゴの気持ちは、パリスの次に長く付き合っているイルハムにはよく理解できている。その理想がどのような理由で生まれたのかも。
だが、勝つためには卑怯と呼ばれるような方法を取る者がいるのが現実だ。そして戦争は勝たなければならない。理由が正しくなくても、用いる手段がどれほど汚くても、勝利によって正当化されてしまうのが戦争だ。
戦争に関わる者は、勝利のために全てを賭けられなければならない。
「卑怯と罵っても意味はないんです。白黒付ける勝負では負けたらおしまいなんです」
「僕の求めている世界はあり得ない?」
「違います。そうじゃありません。全ては勝ってから始めれば良いということです」
「勝ってから?」
戦いの姿勢に拘ってきたヒューゴは、勝ってから改めて始めるという視点を無意識に避けてきた。戦いの姿勢とその後の統治姿勢は一貫しているべきで、矛盾していたら胸を張ることができないのではないかと考えていたからだ。
「そうです。戦争は味方に損害を……死者を出します。彼らは何のために戦うのでしょう? 勝つためです。勝って戦いの後に何らかの利益を得るためです。金銭、地位、権利、安全、その他いろんな形の利益を得るために戦うのです。ヒューゴ様の理想も勝たねば手に入らない。だから勝つことに集中することが必要です。ヒューゴ様とともに戦う仲間のためにも集中しなくてはならないのです」
「仲間のために……」
「隊員達の中には帝国出身も数名居ますが、その多くはガルージャ王国出身の者です。その理由は、王弟ハリド・アル=アリーフ様をルビア王国が攫った上に殺したからです。私とセレナは王家の誓いに従い、ヒューゴ様の目指すモノがどうであれお側に居ます。ですが、ガルージャ王国出身の他の者達の最終的な目的は、ルビア王国への復讐です。その目的を果たさせる前に命を落させたくはないのです。あなたの仲間は、ベネト村と大陸中の
身近な仲間のことを忘れたことはないつもりでいた。戦いでも仲間の身に危険が少ない策を考えてきたつもりでいた。しかし、基本的な方針に仲間の目的も考慮してきたかと言えば、考えてこなかったとヒューゴは反省する。
「イルハム、一つ聞くけれど、戦いに竜を利用しておいて、その後の統治では竜を使わせないというのは……皆おかしいと思わないだろうか?」
「判りません。ですが、おかしいと思ったとしてもいいではありませんか?」
「皇太子は約束を守るだろうけれど、他の貴族は従わないんじゃないかな?」
「従わせる方策を考えれば宜しいのでは? 帝国とルビア王国の他の国ではそうしていますので、可能だと思います」
「これまで竜に頼ってきたのに?」
「あれば頼りますし、無ければ無いなりに何とかするものですよ。ヒューゴ様も仰っていたではありませんか。ヒューゴ様には案はないので統治の方法は皇太子に考えて貰うと。何から何までヒューゴ様が考え、用意し、責任を負う必要はありません。ヒューゴ様は士龍として狙われているのです。であれば、士龍としての戦いに集中すべきです」
今までこんなに言葉を多く発したイルハムをヒューゴは見たことはない。相談を持ちかけなければ、ヒューゴの指示に従うだけだった。きっとこれまでも、言いたいことがたくさんありながらも、黙って見守っていてくれたのだろうとヒューゴは感謝した。
報告の内容を伝え終え、パリス等が去ったタイミングで話しかけてきたのも、イルハムの気遣いと察した。パリスが居たら、ヒューゴの優柔不断な姿勢を問い詰める可能性があると考えたのだろう。
「……そうだね。僕の独りよがりで皆の思いを軽んじちゃいけないよね」
「偉そうなことを言える立場ではありませんが、その時その時の状況に応じて折り合いをつけていかなくてはいけない立場にヒューゴ様はなったのだと思います」
「判った。ありがとう。ほんとそうだね」
自分の思いと仲間の思いの両方を受け止められなくてはならないと感じていた。たった百名そこそこの仲間のことすら思いやれないなら、ヒューゴの理想も絵空事になる。
――そうだ。戦いには勝って、それから徐々にでもいいんだ。はぁ……こんなことすら思いつかないほど、自分の思いに拘っていたのか……。いけないな。
「イルハム。みんなを呼び戻してきてくれるかい? ギリアム側本隊とドニート部隊が合流する前にユルゲンさん達を救出する。その作戦を考えよう」
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