敵の敵は……

 ヒューゴ等の逃走を許した報告に、ギリアムは怒りを配下にぶつけた。書類が積まれた執務室の机に座り、目前の天板を書類ごと両手で叩き身体を震わせている。


 ――だがこうなることは、どこかで判っていたのではないか?


 気持ちを静めて椅子に深く座り直し報告書に目を落とす。

 

 ――ああ、多数の兵で包囲して倒すしかないことも、ただ包囲戦を企んでもなお士龍等を倒すのは難しいということも判っていた。

 ……だが、他にどうすれば良かった?

 個人的に友誼を結ぼうとしても、あやつらは頑なだった。

 暗殺しようにも可能な者は居なかった。

 しかし……皇太子だけでも亡き者にしておきたかった……。


 報告書には、ヒューゴが龍型の巨大な光を放ち、竜巻を使って帝国軍を倒して逃亡したとある。ギリアムは、ヒューゴが士龍として更に覚醒したと理解した。


 ――士龍のままならば、まだ良い。ヒューゴを避け続け、倒せずとも構わない。

 だが、皇龍が出現したら……我の野望もそこで終わる。


 時間がかかればかかるほどギリアムの野望は遠のく。

 そのことを理解していても打つ手がない。

 口の中が乾くような焦りに、手のひらには冷や汗をかいている。


 ギリアムが座る机の前で、報告書を持ってきた将校が無言で指示を待っている。将校の目にもギリアムの苛立ちは明らかで、とばっちりが来やしないかと表には出さずともヒヤヒヤとした気持ちで立っていた。

 

 扉を叩く音がして、若い将校が入ってきて敬礼する。彼はギリアムに一通の封書を手渡して部屋を出て行った。

 封筒に記された文字を見て、ギリアムは冷静で厳しい表情に変わる。


 ペーパーナイフで封筒を開き、中から手紙を取りだして開く。書かれた文字を目で追い、そしてジッと宙を睨む。固まったかのような体勢のまま、静かな時間がしばらく過ぎた。

 やがて目の前に立つ将校に指示を出す。


「ルビア王国宰相ディオシス・ロマークと会談する。ヌディア回廊近くまで迎えに行く者を選びたまえ。会談は極秘に行うから帝国軍の施設は使えん。そうだな……帝国軍の巡回ルートから外れた地点を選び、テントを用意しておいてくれ」


 一礼して出て行く将校を見送ったあと、返信を書き封筒に入れる。

 その後ギリアムは立ち上がり窓へ近づき帝都を眺めた。


「……士龍のせいで統龍を使えないのはディオシスも困っているということか……。こちらとしては、対ルビア王国だけを考えるなら使えない方が良い。数で圧倒できるからな。しかし……」


 皇帝になれないならば、士龍が居なくともギリアムは統龍に命令を下せない。まず皇帝へ至るために邪魔となる士龍を排除することが今は優先される。同じ程度に皇太子の排除も重要だ。

 そのためには士龍ヒューゴを排除しなくてはならない。


 ルビア王国との戦いでは、統龍がどうあれ物資人員の総合力で帝国が勝つと判断している。敵国と手を組むことのあざとさと後世の非難を思うと苦々しく感じるが、打つ手がないこのタイミングで来たささやかなチャンスであり、現状考えうる範囲では最大の手段だ。


「踏み出した以上、進み続けねばならんのだ」


 自身の判断が妥当であると信じたいギリアムは、心の底では信じていない理由を信じさせようとつぶやいた。


◇ ◇ ◇


 名前こそよく知っているが、ルビア王国宰相ディオシス・ロマークとギリアムが顔を合わせるのは初めてだった。ディオシスへのギリアムの第一印象は気持ちの悪い奴。外見は美しく整っているのだが、その美しさの陰から見え隠れするディオシスの本性が非人間的なものを感じさせている。


「このような場所で、粗末な席しか用意できず申し訳ない」


 簡易テントの中には椅子が二つ対面するように並べられ、ギリアムとディオシスが座っている。二人の後ろには一人づつ近侍が立っている。テントの中には四名だけであった。

 ギリアムの謝罪に軽く首を振って、そのような気遣い無用ですとディオシスは丁寧に答える。

 秘密裏の会談であり、終了後には会談の痕跡も残せないとなれば、お互いの立場に見合った会見場など用意できないのはディオシスも十分理解していた。


「さて、お互い腹を割って話せるのは……士龍のことだけだが……その件で宜しいか?」

「ええ、ギリアム閣下の仰る通りで宜しいかと」

「それで、封書にあった貴殿の申し出とはどういったことかな?」

「士龍を倒すために共闘しようではありませんか」

「共闘と言われても、事実上敵国同士の我々が馬を並べて戦うわけにはいかぬ」

「それはその通り。では具体的なお話を。閣下はベネト村を、私共はウルム村を攻めます……」


 ディオシスの案は、二つの村を同時に攻める。ヒューゴ等は、より攻められにくいベネト村へ皇太子を置くだろうし、二つの村を同時に守るほどの戦力はない。ヒューゴ達の居ないウルム村だけを攻め落とすのは難しくない。

 ウルム村を落とし、村人を人質としてベネト村の明け渡しを要求する。その際、皇太子とヒューゴの二人も渡すよう要求する。


「統龍を使えない我々が士龍相手にまともに戦っては、勝ち目はありません。まして守りの堅いベネト村を相手にするならば尚更です」

「帝国軍はベネト村にヒューゴ等を封じ込めておけばいい……そういうことか……」

「左様です。ウルム村の占領はその後も我々ルビア王国が維持しますが、帝国軍がベネト村占領を終えるまでは共闘体制も維持させていただきます。グレートヌディア山脈から憂いを取り除いたあと、我々は雌雄を決するとしませんか?」

「我らがベネト村を落とせぬ場合不利ではないか。なのに信用しろと?」

「では、私達がベネト村を攻めることにしても構いませんが、その場合、士龍は倒して皇太子は人質に……ということでも宜しいので?」


 皇太子をディオシスに囚われるのは、ギリアムにとってはヒューゴに囚われるより避けたい事態だ。帝国の事情などおかまいなしに、皇太子妃を人質にして傀儡の皇帝として即位させようとする可能性がある。いや、ディオシスの立場にギリアムがいたら必ず試みるだろう。

 また、最悪、皇太子の正統性を盾に紅龍に命令を下して帝国を侵略するかもしれない。

 そうなったらギリアムの野望はおしまいだ。また、帝国も実質的に終わりを迎える。


「ならば、貴殿のご子息を預からせて貰うというのはどうだ」

「私の息子ごときで良いのでしたら」


 ディオシスの正妻には現在十二歳になるガイゼル・ロマークという息子がいる。正妻は幾人か出産したが、皆病弱でガイゼルだけが成長している。

 ギリアムは大切な跡取りのはずのガイゼルを、こうも容易く人質の話を認めるとは思っていなかった。

 だが、ディオシスの反応は違った。まるで配下の配置を替える程度の話のような態度で受け入れた。


「本当に宜しいのですな?」

「ええ、二つの村を同時に攻める前に、貴殿のもとへ送ります。貴殿が受け取ったら、それが作戦開始の合図ということで」

「疑うわけではありませんが、替え玉では困りますぞ?」

「私は策は練りますが、必ず成功させねばならない共闘で、成功の確率を下げるようなことは致しませんよ。それでは……ギリアム閣下がベネト村を占領成功した場合、息子を必ず返していただける保証は?」


 ギリアムは胸のポケットから手のひらの大きさほどの銀色に輝くメダルを取りだした。

 メダルには帝国の旗と、ギリアムの名が刻印されている。


「これは前皇帝から大将軍位に任命されたとき頂いたものだ。私以外の者が持っていても何の意味もないモノだが、新たな皇帝が誕生しない限り、私が大将軍位であり続けられる根拠となる品だ。これをご子息と交換で預けよう」

「宜しいでしょう。では侵略の準備はお互いに必要でしょうし、士龍と皇太子がベネト村に入るかどうかも確認してからでなければなりません。それに貴国の現状ではこの場で期日を決めることもできないでしょう。ギリアム閣下の準備が整ったところでお知らせください」


 ディオシスとギリアムはほんの少しの間、相手の本音を確かめるようにお互いの目を覗く。


「了解した。皇太子等の居場所を確かめ、準備が整い次第貴殿に連絡する」


 二人は立ち上がり、ギリアムはディオシスを見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る