第七章 魔獣侵入
懸念
濃い霧で見通しが悪いヌディア回廊の帝国側出口付近を、ヒューゴはラダールに乗って旋回し偵察していた。
「これじゃ、低く飛ばないとルビア軍が近づいても判らないな」
敵から発見されにくく攻撃されにくい高所で偵察可能なラダールに乗る長所が、濃霧の中では活かせない。それでも、地上を馬で移動するよりは、素早い空中移動が可能な点は大きな利点。だからうっすらと地面が確認できる高度で偵察している。
南西基地でヤザールと別れてから二日が過ぎた。予定では、あと三日でルビア王国軍が現れるはず。帝国軍も同じくらいの時期に到着するだろう。
フレッド等ウルム村で休暇を取っている隊員達は明日には来る。パリスも合わせて六名の少数だが、奇襲をかけられるようにはなるだろう。ルビア軍の鼻先を突き、うまく多少なりとも混乱させられれば、戦端を開く際に帝国軍に有利に運ぶ可能性も増える。
奇襲をかけられるかどうかは、ルビア軍の編成や体制を知っておく必要がある。
敵本隊が到着する前に、先遣隊が到着するだろう。いつ到着するのか、どのような動きをするのか、ヒューゴはそれも知りたかった。だから、この霧の中でも偵察せずにいられない。
「どう? 何か変わったことはあった?」
旋回するラダールの背後にパリスを乗せたマークスが来ていた。
「いや、動くものは何も見えないね」
「そう。先遣隊が来るにしても、できるだけ後の方がいいわね」
「うん、検問の方はどうだった?」
「検問所に詰めていた兵も帝国側へ撤退しているわ」
「そうかぁ、ならいい。じゃあ、そろそろ戻ろうか? 夕方にまた来よう」
ラダールとマークスは、帝国側へ向かって霧を突っ切って飛んでいった。
回廊出口と
地面に置かれた皮の水筒を持ち、ヒューゴは喉を潤してフウゥっと息を吐いた。
「……何か嫌な感じがするわね」
ボソッとつぶやいたパリスにヒューゴは目を向ける。
「だってそうでしょう? ヒューゴの士龍がいるから統龍同士がぶつからなくなった。そうなると、フルホト荒野での戦いはきっと屠龍と火竜、そして人間同士のぶつかり合いになる」
「そうなるね」
「竜の数はほぼ同じだけど、兵士の数は帝国の方が圧倒的に多い。普通に考えたら、帝国の方が有利よ。なのに、ルビア王国から攻めてくる」
「つまり、ヌディア回廊を進んでくる軍とは別の何かがある……そう思うのかい?」
「根拠なんか何もないんだけどね。でも、真正面から攻めるだけとは思えない」
パリスの懸念を聞き終え、視線を地面に落しヒューゴは不安を覚える。
――確かにその通りだ。だけど、大陸の西側から東側への通路はヌディア回廊しかない。では……海か空? いや、空はないな。空から侵入し攻撃できるなら、僕らが王族と
不安がどんどん大きくなり、ヒューゴの中では、これからヌディア回廊から来るルビア王国軍のことが小さくなっている。
他の地域の情報が入ってこないのだから考えても仕方ない。それは判っていても、ルビア王国に対して有効に叩くべきなのは、ここではなく別の地域のように思えて仕方なかった。
「情報だね。他の地域の情報が判らないから、目の前で起きることに集中するしかないんだ」
「そうね。でも、ベネト村の状況を知るにも、ラダールかマークスを使っても、ここからだと半日近くかかる。もっと遠くのとなると、長ければ六十日ほどかかるわ」
「……そう言えば……統龍と統龍紋所持者はどんなに離れていても会話していた。紅竜がフルホト荒野に居るとき、ガルージャ王国首都に居たパトリツィア閣下と会話していたんだ。紅竜は眷属の火竜とも同じように、距離など関係なく指示できる……」
「そうなんだ?」
「うん、今度、パトリツィア閣下に会ったら相談してみる」
広大なセリヌディア大陸全域は無理でも、要所要所に火竜を配置して連絡を取り合い情報を共有できれば、対応に必要な時間は短くなる。そのメリットをパトリツィアなら理解してくれるだろうとヒューゴは感じていた。
「まだどうなるか判らないけれど、パトリツィア閣下なら判ってくれる、実際に体制を整えるとなるとなかなか難しいだろうけどね」
「そうね。統龍は簡単に動かせないのだから、火竜は主戦力になるものね」
「うん、でもね? 敵と同数の竜を揃えて戦う必要はないんだ。そこは分散と集中で対応できるからね。……そうか、このこともパトリツィア閣下に進言し、基本戦術として使って貰えたら……」
パリスと話しているうちに、ヒューゴの考えが整理されてきた。今回の戦いでは無理でも、次回以降はもっと素早く敵の動きに対応可能な体制を作れることに気付いた。
「今回は仕方ないけれど、活用できそうな案が浮かんだよ。よし、とりあえず今は、ヌディア回廊から出てくる敵に備えよう」
パリスが頷くのを見て、ヒューゴは立ち上がる。
「とりあえず今は……食事が先じゃない?」
「ああ、ごめん。そうだね。僕が火を起こすから、パリスさんは干し肉を用意してよ」
……空腹を思い出し、ヒューゴはパリスに笑顔を見せた。
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