魔獣退治(その二)
「ラウドさん! 氷系魔法使えますか?」
「使えるけど、俺は二つ牙だぜ。こいつを倒せるほどのは使えない」
「それでもいいです。僕が先に突っ込んで剣を刺します。僕の剣から敵に魔法をぶち込んでください」
「何か考えがあるんだな? 乗った!」
ラウドの背中がオレンジ色に光ったのが衣服を通して漏れる光で判った。
「行きます!」
ヒューゴも再び背を光らせ、今度は蛇の腹側目がけ、先ほどとは違いまさに全力で突っ込んだ。
ヌゥオオオオーーーー! と、大きく叫び地面を蹴るヒューゴの動きは、ついていく準備をしていたラウドでも追い切れなかった。
ザシュッ! 剣が深々と刺さった白い腹から血が噴き出す。
ヒューゴが感じたズブッという感触も剣がしっかりと刺さったことを理解させる。
「今です!」
背後から駆けてきたラウドが、ハァアアアーーー!と気合を込めて、ヒューゴの剣に手を当てる。
――ラウドさんの邪魔はさせない!
腰から短刀を抜き、痛みに身体をくねらせヒューゴ達に迫ってきた尾を受け止める。
ズンッという衝撃がヒューゴの身体を襲った。
「グッ……」
士龍の力で強化されていなければ、弾き飛ばされていただろう一撃を、地面に足を食い込ませてヒューゴは受け止める。
続いて、口を開けた頭がジャァアアアーー! と声をあげて急速に迫ってきた。
ラウドと頭の間にヒューゴが移動し、短刀を当てようとした瞬間、他の誰かが槍を蛇の顔に刺すようにぶつけた。
「手伝う!」
ヒューゴの横にはライカッツがいた。
「お願いします!」
オレンジ色の光を強めつつ、ラウドは剣から魔法を放ち続けている。
蛇が苦しんでいるのは判るが、まだアレルドを離す気配はない。
――まだだ、まだ攻撃が足りない。
短刀を握り直し、再び蛇の腹目がけて攻撃を始めた。
――短剣ほどの長さはない。深く刺さらない。だったら数だ!
ヒューゴは、躊躇なく何カ所も連続して刺し、多くの傷を与えると決めた。
三カ所……六カ所……十カ所……。
ザシュッと刺すたびに血が流れ、生臭い匂いがどんどんキツくなってくる。
何度もヒューゴを襲う尾を受け止め、何度も腹に短刀を刺した。
ドンッ! という音と共に、アレルドの身体が地面に放り出された。
「親父!」
父親を呼びながらも、ラウドは魔法攻撃を止めない。この辺りはラウドの狩り経験の多さをヒューゴは感じた。
獲物を仕留めるまでは、攻撃の手を弛めてはならない。そうしないと敵が魔獣の場合、逆襲される危険があるからだ。
だが、ライカッツもヒューゴも攻撃を休むことはできない。
「誰か!」
ライカッツの叫びに反応した村の仲間が、蛇の血で池のような地面に放り出されたアレルドを戦いの場から連れ出した。
――今だ。
「氷系魔法を使える人は、身体のどこにでもいいから放って下さい!」
ラウドの魔法のおかげでみるみると蛇の動きが衰えているのがヒューゴには判る。
尾の動きは素早さはまだ残るものの、力強さは失われてきた。
「ラダール! 尾を捕まえて、引っ張り上げてくれ!」
蛇が元気なうちは、ラダールを攻撃に参加させられなかった。巻き付かれて締められるのは、ドラグニ・イーグルにとって最も苦手な攻撃だからだ。打撃にはとてつもなく強いし、多少なら魔法の攻撃も耐えられるドラグニ・イーグルだが、締めは苦手。
しかし、力も衰え、攻撃も跳ね返せなくなりつつある今、もっとも怖いのは逃げられること。
ラダールに尾を捕まえ引っ張って貰い逃げられなくしつつ、ラウド達には今のまま魔法攻撃を、ヒューゴとライカッツは頭部を攻撃する。
これが最善だとヒューゴは判断した。
「もう少しです、頑張って下さい」
うごめきくねらせる身体に合わせて動き、ヒューゴが射した剣に触れては魔法を放っているラウドにヒューゴは声をかける。アレルドを離してから動きが増した蛇に合わせて、移動しては魔法を放っているのだから、ラウドの体力も魔法力もだいぶ消耗している。
「心配すんな! こいつを倒したら、ナリサに介抱してもらうからよ」
「その意気です!」
流れる汗の量から、ラウドが強がっているのがヒューゴに感じられる。
ラダールがグガァアアーーーー!と叫んで蛇の尾を鋭く太い爪で掴んで持ち上げたのが見える。
その勢いで蛇の頭が下がってきたのを確認してヒューゴは頭部目がけて移動した。
ハァ! と、全身の力を込めて、下顎の裏側目がけて短刀を突き刺す。
スブッと突き刺さった短刀はそのままに、ライカッツに声をかける。
「槍を貸して下さい!」
ライカッツはその意図を察して、おう! と手にした槍をヒューゴに手渡す。
槍を受け取ったヒューゴは、蛇の正面に急いで回り、鋭く長い牙が見える開かれた口目がけて、喉まで通れと槍を突き刺した。背の光が一段と増したヒューゴの一撃は、ズゴォッという音を立てて蛇の頭部を貫く。
ズシンッと蛇の頭部が槍を咥えたまま口を閉じて地面に落ちた。だが、身体はまだ動いている。
「ラウドさん! 下がって!」
ラウドを蛇から下がらせて、ヒューゴは腹に刺さった剣を抜く。剣を抜いた傷からは血が噴き出してこない。ラウドの魔法で体内はだいぶ凍っているのだろう。
手にした剣を蛇の頭部根元に振り下ろす。
ガシッ!
剣は多少食い込む程度。
ラダールは尾の動きで左右に揺さぶられている。
――まだか……。
ガシッ! ガシッ! ガシッ!
傷がついた箇所に何度も剣を振り下ろす。
頭を切り落とそうとしていると察した村人達は、剣を手にして、ヒューゴの周囲に集まり、同じように剣を振り落とし始めた。
ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ!
鱗の破片が次々と飛び散る。
ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ! バンッ!
誰かの剣が肉まで食い込み、血が流れ出した。
ラダールが掴んでいた尾も動きを止めているのをヒューゴは確認する。
「ふう……やっとか。しぶとかったな」
ポンッとヒューゴの肩を叩き、ライカッツが声をかけてきた。
「ええ、でも、この蛇はどこから来たんでしょうか?」
ライカッツへの問いには、別の声が答えた。
「これはギャリッグサーペントだな」
振り向くとダビドとマレッドが居た。
どうやら他の場所を探していて、ちょうど到着したようだ。
魔獣の正体を答えたのはマレッドだった。
「ご存じなのですか?」
「まあね。でも、こいつはズルム連合王国がある大陸西部南側の魔獣なんだが……」
マレッドは香辛料の買い付けにルビア王国やズルム連合王国方面へ足を伸ばしていた。
マレッドによると、大陸西部南側には、大陸東部では見かけない獣も魔獣も居るという。
ギャリッグサーペントは、ズルム連合王国でも南部のオアシス周辺によく出没する魔獣。個体数は少ないけれど、生命力が高く、巨大になり頑丈でもあるので、発見されると国が討伐隊を組織するという。
「いくら地中を移動できると言っても、グレートヌディア山脈を越えてくるとは思えないのだがなぁ」
確かにとダビドもライカッツやヒューゴ達も頷く。
たまたま南側から北上したとしても、グレートヌディア山脈を越えて移動してくる必要がない。グレートヌディア山脈西部でも獣や魔獣は居る。ベネト村のような村がない分、獣や魔獣の数は多いはず。
「……とりあえず、こいつを焼却したら村へ戻ろう。こいつ一体だけじゃないかもしれないから、これからは警戒を強化する必要もあるな」
ダビドの指示で、炎系魔法を使える者三名を残し、他は一旦村へ戻ることとなった。
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