賊の迎撃


 幌付き四頭立ての馬車で、酔いどれ通りをヒューゴ達は出発した。

 上空にはラダールとマークスのどちらかが旋回し、周囲で異変を発見したら、降下してきて声で知らせてくれるようヒューゴは指示した。周囲を監視していない方は、自由に狩りをしてもらう。


 昨日ヒューゴが立てた作戦は、イルハムの次の一言で変更された。


「私が幻獣ゴーレムを使えることをお忘れか? ゴーレムで馬車の周囲を土の壁で囲めば、賊の侵入など許しません」


 そこで、ゴーレムの壁で馬車を三方向から囲んで貰い、敵の侵入を一方向からに限定することとした。全方位を取り囲んでしまえば、敵の動きが掴みづらい。一方向であれば、セレリアにアイナ達のそばに付き添ってもらい、イルハムを除く他の人員で賊を倒せる。

 ヒューゴ、パリス、ライカッツ、そして支援にラダールとマークスが居る。この顔ぶれなら、正面一方向から来る敵など一度に数名がせいぜいだから、その総数が百名程度でも薙ぎ倒してしまえる。

 そしてガン・シュタイン帝国の巡回兵の目を避けて動く賊が百名も固まって動いているはずがない。


「大丈夫よ。ヒューゴの腕なら、一人でも相手できる。その上ライカッツさんとパリスちゃんも居る。パリスちゃんは剣の天才なの。それは私がよく知っている。ライカッツさんはヒューゴのお墨付き。だから心配せずに馬車で待っていましょう」


 セレリアは、アイナとナリサに笑顔を見せて、二人の安全は保証されていると説明した。


 酔いどれ通りを出て一日目は何事もなく、ヒューゴ、イルハム、ライカッツの三名が交代で見張りをして夜を過ごす。そして二日目のお昼時、三十名ほどの賊が馬に乗って襲ってきた。


 賊らしき集団がヒューゴ達に近づいた時には、既に戦う準備は整えられていた。上空で見張っていたマークスが、旋回の輪を小さくしてヒューゴ達に注意を促していた。


 ヒューゴは指笛を吹いてラダールを呼び、マークスと共に賊の左右への動きを牽制させ、敵が散らばるのを防いだ。賊集団が目の前まで近づいたとき、イルハムは背中の獣紋をオレンジ色に光らせる。すると、人の三倍以上の大きな身体を持つゴーレムが現れ、地面から土の壁が現れた。現れた壁は人でも馬でも飛び越えられるような高さではなく、よじ登れそうな突起物もない。

 入り口のように一カ所だけ開いた場所へ、賊は向かうしかない。


 から入ってきた賊は、長い棒を手にしたヒューゴによって次々と馬から叩き落とされる。馬は壁の内側奥か外側へ逃げていく。地面であがく賊は立ち上がる前に、パリスとライカッツの剣に腕や足を切られ、命こそ保っているが戦闘不能にされていった。


 十数名が壁の中に突入したが、どうやら倒されたようだと察した賊は、このままでは不利と、馬をかえして来た方角へ戻ろうとする。だが、ラダールとマークスが襲い、彼らは馬から引きずり落とされた。

 ラダール達の爪から数名が逃げきることができたようだ。

 引きずり落とされたおよそ十名の賊は徒歩で逃亡を試みる。しかし、馬を失った賊達がラダール達から逃げられるわけもなく、ヒューゴ達が来る前に爪で掴まれ、引きずり回され、全身傷だらけで倒れていた。


「ヒューゴは見て知っていたから驚かないけれど、ライカッツさんとパリスちゃんも凄いわね。特にパリスちゃんは……天才ね」


 アイナ達のそばで剣を構えていたセレリアは、目を見開いて驚いていた。

 ライカッツはヒューゴの兄貴分と聞いていたこともあり、相当やるだろうと想像していたから、賊を軽々とあしらい、致命傷を避けつつも敵の動きを封じるよう的確に攻撃していたのは納得できた。

 とにかく驚いたのはパリスの動きだった。

 十年前に剣の基礎を教えたとき、パリスには才能があると感じた。

 だが、目の前で見たパリスの動きは、セレリアの想像を大きく超えていた。


 予測と移動がとにかく速くて、賊が攻撃する場所には居ないのだ。敵の攻撃が向かう場所にはおらず、横、もしくは背後に素早く移動して攻撃していた。だから、受けるとか避けるという動作もない。

 敵の死角を瞬時に察して移動しているのだろう。

 見ていて、セレリアが不安を感じる場面が一瞬もなかった。


「パリスちゃんはヒューゴとも良い勝負するわね」


 士龍の力を発現し、心身能力が強化されたヒューゴを相手に、十年間訓練してきた成果がパリスの戦い方であった。だから、セレリアの感想はまったく正しい。


「パリスちゃん、凄いでしょ? 俺もまともに戦ったら、危ない場面も作れないんですよ」


 セレリアが驚いている様子を見たライカッツが、賊をロープで縛りながら微笑んで話しかけた。


「ええ、パリスちゃんを戦闘の頭数に入れることに、ヒューゴが不安がらなかった理由がよく判ったわ」

「ベネト村へルビア王国軍が侵攻してきたとき、敵の指揮官を全員倒したのはヒューゴですが、敵軍を恐怖に陥れたのはパリスちゃんなんです」

「つまり、一対一の戦いじゃなく、複数の相手でも、今のような戦い方ができるってこと?」

「そうですよ。あの時、俺達は敵の左右や背後から襲った。でもパリスちゃんは正面から突っ込んでいって、薙ぎ倒していったんです。ありゃぁ凄かった。……見ていた俺達もビビりましたね」


 ゴーレムと共に土壁が消え、外の様子を眺めていたパリスが疲れた様子もなく戻ってきた。


「ライカッツ、人を魔物のように言うのはやめてよ」

「いえいえ、魔物の相手なら俺でもできるけど、パリスちゃんの相手はできないよ」


 ヒューゴとイルハムが、残りの賊を縛り上げている様子を見ながらセレリアは言う。

 そんなことないわよと言い、パリスはヒューゴ達を手伝うためにその場を離れていった。


「ヒューゴ、パリスちゃん、イルハムさん、三名だけでも恐ろしい戦力なのね。これで人数が増えたら、ヒューゴの傭兵隊はどれほどの力を持つのかしら……」

「人数が増えたら、パリスちゃんの本当の凄さがセレリアさんにも判りますよ」

「え? ライカッツさん、まだ何かあるの?」

「はい。俺の口からは言えませんが、パリスちゃんかヒューゴがそのうち話すでしょう。セレリアさんは、今考えている以上に心強い傭兵隊を私兵として使えるんです」


 ライカッツの言葉が真実なのかどうかはセレリアには判らない。

 だが、賊を縛り上げ一カ所に固めているヒューゴ達三名の、怪我をした様子も、疲れた様子もまったく見えない情景に、ライカッツの言葉には嘘はないのだろうと思えた。

 

 幌の中に隠れさせていたアイナとナリサは、ヒューゴ達の戦いぶりを知らない。あとで詳しく教えてあげようとセレリアは微笑む。

 二人の驚く顔をセレリアは楽しみにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る