アイナの思い


 その夜、アイナのこれからが決まり、それで安心したようで、ヒューゴは食事もお酒も楽しんだ。

 アイナをセレリアに紹介し、いずれベネト村へ連れて行く際には休みを貰いたいことなどを伝え、気持ちも落ち着いたのか、夕食後、アイナとセレリアより先に帰り、ベッドに入るとすぐ意識を眠りに任せた。


 ヒューゴが宿へ戻ったあと、ほぼ同じ年齢の二人は話しをかわしている。


「ヒューゴのこと宜しくお願いします」

「ううん、多分ね、私の方がヒューゴのお世話になるの。私にできるのは、少しだけ早く生まれたから判ることを彼に教えてあげるだけね」


 率直な感想を返したセレリアに好感を持ったアイナは、ヒューゴと話した時のことを語り始めた。


「今日、私はいろいろと気付いたんです」

「どんなことを?」

「ヒューゴは、弟みたいなもので家族同然。ヒューゴも私のことを姉のように慕ってくれている」

「ええ、そうね」

「でも、今日話してみて、無紋ノン・クレスト同士だから判る……独特の弱さをお互いに抱えていて、だからこそ求めてしまう安心感を私はヒューゴに求めてしまっていました」

「それって悪いことじゃないでしょ?」

「それが人としてとか、家族としてだったら良かったのですけど、恋人とか伴侶とか……そういう相手に求めるものもヒューゴに求めている自分を感じました」


 アイナの黒い瞳に漂う艶っぽさが感じられて、セレリアは内心少し慌てた。

 自分の手伝いをさせて貰っている間に、ヒューゴにリナ以外の女ができたなんてことになったら、リナには当然、パリス達にも言い訳が出来ない気がした。


「あら、それはちょっと……」

「ええ、結婚して、既に相手がいるヒューゴに求めるのは、トラブルのもとですよね。でも私は、妻じゃなくても愛人でも構わないくらいの気持ちを感じていました」


 言葉の過激さと裏腹に、アイナからは熱情のような空気を感じない。

 セレリアは落ち着きを取り戻し、冷静に返事を返す。


「まぁ、ヒューゴが貴族で、血縁を増やす必要がある立場なら、多少は問題ないのかもしれないけれど……」

「判っています。でも、ヒューゴは私に女性を求めていないのも同時にはっきりと判りました」

「まぁねぇ。妻のリナちゃんとはとても仲もいいし……」


 ヒューゴならそうよねと、セレリアは安心を取り戻した。


「そうなんでしょうね。でも、それが判ったから、ヒューゴと一緒に居られると思いました」

「ん? どういうこと?」

「ヒューゴは、人として、家族としての私には、出来ることはなんでもしてくれようとするでしょう。ですが、女性としての私には距離をしっかり保てる。……甘えすぎずに済むと思ったんです」

「んー、愛してるの?」

「人として、家族としては心から愛しているのだと思います。ですが、男性としてはと言われると、まだよく判りません。ずっと会っていなかったから、そのせいで、甘えられそうなヒューゴに男性を感じているだけなのかもしれない」

「なるほど……」

「ですから、最初は迷ったんです。ヒューゴへの気持ちが男性への気持ちになってしまったらと、私がどんな人間でもきっと受け入れてしまうヒューゴに依存してしまったらと悩みました。でも……」

「まぁ迷うわよね」


 こういう甘い感情も、それに伴う悩みもいまだにないなと、セレリアは我が身を振り返っていた。


「ヒューゴからは、まったく感じないんですよ。私を女として見ているところがちっともない。だから決められました。ヒューゴは今のままの距離をずっと保ってくれる。最初は、深く入り込めずに辛いこともあるのかもしれない。でも、それもきっと変わっていく」

「……そう……」

「はい。ベネト村は良いところだとヒューゴは熱弁していましたし、私もきっと好きになる……そんな気がします」


 アイナは、今の気持ちを誰かに話したかったんだろうなと、セレリアは思った。

 ヒューゴが安心していられるのなら、アイナがベネト村へ行くのは賛成している。

 

「確かに、ヒューゴにとってあなたはとても大切な人だと思いますよ。だって、一人で生きていけるように、そしてあなた達の仇を必ず討つという一心で、ベネト村でとても熱心に身体を鍛え、剣を訓練し、勉強してきたんです。同じ年頃の子なら、すぐに音を上げてしまうようなこともずっと続けていたらしいです」

「ヒューゴのことお詳しいんですね?」

「もう十年ほど前のことですが、ベネト村にひと冬滞在していたことがありました。その際、ヒューゴを助け、家族同然に暮らしたダビド家……村長の家なんですが、そこの方達からと、ヒューゴ本人からいろいろと聞いたんです」

「差し支えない範囲で、教えていただけますか?」

「あなたになら、ヒューゴも、照れるでしょうが怒らないと思うので構いませんが、長い話になると思います。ですので、今日はキリのいいところまで」

「ええ、お願いします」


 遠い昔を思い出し、青い瞳に懐かしさを漂わせて、セレリアは話し始める。

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