第4話 トンカツ、独壇場

 あれだけいた、お嫁候補は現在、トンカツを含めて四十名程度になった。その四十名も、トンカツの散弾銃を見た日にゃ、ビビらずにはいられなかった。


 あいつ、絶対に顔面とか容赦無く狙ってくるぞ……マンガのチーズみたいにされるわよ……。


 ここよっ!


 ここぞとばかりにトンカツが動いた! 動揺するライバルたちを蹴散らす千載一遇のチャンスを見逃さなかった。


「ヘイ、ヘイ、ヘーイ!」


 散弾銃を構え、中腰で怖気付いている花嫁候補の周りを、威嚇しながらウロチョロし始めたのだ。


 すでに戦いは始まっていた!


 この勝負師が仕掛けた挑発が余計に迷っていた女たちの心を動揺させる。


 「ケモン、ケモーン!」と銃口をライバル達に向け、「バキュン! バキュン!」と発砲のフリをするトンカツのウザさと言ったら、真夏に耳元を飛び交う蚊の羽音が可愛く思えるほどだ。


 すでに広間はトンカツの独壇場と化していた。

 

 そして、トンカツは銃身を股に挟んで「ほぉ〜ら、ションベン小僧よぉ」とふざけた体勢で「バキュン、バキュン!」と清廉潔癖な貴族の娘を挑発する。


「お前、いい加減にしろよ」


 度が過ぎる悪フザケ、さすがにここで王女様からレフェリーストップが入った。

 「もう、この円から出るな」と王女様、直々に床に書かれた円の中に入れられるトンカツ。

 魔法陣に閉じ込められた悪霊のような扱いを受ける。


 しかし、その悪霊、凶暴につき。

 その円の中でも「私は三冠王」と呟き、立ち膝をついて、攻撃の手を緩めないトンカツ。


 独壇場は終わらない。


 それは、散弾銃をバットに見立て、ネクストバッターズサークルで待つ現役時代の落合博満のモノマネであった。「プシュー」と滑り止めスプレーの音まで再現する熱の入れよう。


 広間に並んでいた男連中が、クスクスと笑いを堪えるのに必死であった。


 王女に怒られた矢先ですら、この死をも恐れぬ芸人魂。これぞ、トンカツの真骨頂である。

 もはや、一国の王ですら手がつけられない笑いの怪物へと進化を遂げていた。


 過去、米軍基地の慰問で芸を磨いた百戦錬磨の福井の爆笑王と、英才教育でヌクヌクと育てられた温室育ちの娘では、初めから勝負にならなかった。

 すでに数々のトンカツの悪ふざけは、プライドの高い貴族の娘の集中の糸を完全に断ち切っていた。


 円の中で好き勝手やられ、文句が言えず王女の怒りも頂点に達していた。


 それでも、なお、だらしないお腹で素振りを始める落合を見て、「あんな奴に撃たれたら末代までの恥よっ」と、続々とリタイアは増えていく。


 そして、残ったのはトンカツ、鶏肉姫、ほか数名。


「残ったのはこれだけじゃな。では、二時間後に戦いを始めることにしよう」


 え! 二時間!


 王女の言葉にさらに動揺する残った候補者。


「二時間では武器が何も用意できません。せめて、自分の領地に戻るだけの時間を……」 


「見苦しいわよ!」

 

 その声は、爆笑王の挑発にも一人、微動だにせず、佇んでいた鶏肉姫であった。


「あなた、今日まで何をしていたの? ここの広間に呼ばれるまでにあった時間こそが準備期間よ」


 鶏肉姫の迫力に貴族の女は後退りしていた。


「のうのうと暮らしてきた者に王子の妻になる資格なんて、ないのよ! 私の手を煩わせるのも面倒だわ、とっとと出て行きなさい」


 鶏肉姫の言葉がトドメとなり、広間にいた貴族連中は全て、部屋を後にした。


 で、残ったのは、鶏肉姫とトンカツの二人。


「お前、諦めないのか?」


 直々に王女様に聞かれ、「滅相もございません!」と元気にトンカツは返事をした。このモチベーションである。


 決戦に挑む花嫁候補が決定した。

 特別に円の外へ出ることを許されたトンカツ。「よっしゃ!」と手錠をかけられた状態で、鶏肉姫の横に立たされる。扱いが姫と囚人にまで差が開いていた。


「では、二時間後。鶏肉姫とトンカツによる王子の妻を決める対決を行う。武器は私物なら何を使ってもよい。よいな?」

「はい!」


 トンカツは元気に返事をした。散弾銃がある以上、トンカツは無敵であった。


「その散弾銃」

「ん?」 


 王女の話の後、鶏肉姫が突然、話しかけてきた。


「試合で使うなら、ちゃんと弾を込めていらしてください。そうでなくては余興にもなりませんわ」


 なっ!

 

 トンカツの背筋を冷たいものが伝った。この女、弾が入ってないことに何故、気付いた。

 その時、トンカツは、山で狩猟した時に感じた、熊以上の殺気をこの高貴な女から感じた。


 あの女、ただ者じゃ無いわね。


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