第5話 和らぎ水

「おはようございます。体は大丈夫ですか?」


私が体を起こすと、彼が声をかけてくれた。

あぁ、朝なのに彼がいる。

少しずつ意識がはっきりしてきて、昨日のことも思い出す。

すごかった。

ここのアパート、そんなに壁は厚くないから…、大丈夫だろうか…。


「おはよう、ひろくん。

違和感あるけど、大丈夫だよ」


裸のままだったので、タオルケットを肩にかけて、キッチンに立つ彼の背中に抱きつく。


「……ちょっと、真澄さん」


「いいじゃない。朝からしても。

もう大学休んじゃうんでしょ?」


「もうゴムがないからダメです。

それと朝じゃなくて正午です」


思わず時計を見て、ああそういえば朝までしていたのかと納得する。


「…ねぇ、ひろくん。

好き。

大好きなの。

今こうして、抱きつけるような関係になれて、本当によかった。

好きだよ。

たくさん迷惑かけちゃうと思うけど、これからもよろしくね」


抱きしめる力を強める。


「…はい、こちらこそよろしくお願いします。

その、僕も…好きですよ。

ようやくあなたに好きといえて、よかった」



・・・



『ちゅっ、んぅっ、は、んむっ、はぁっ、ひろくん』


『………』


彼女にキスをされる。

首を固定されて、脚で胴をからめとられて、身動きがとれない。


『ん、えへへ……、好きだよ、ひろくん。好き』


『…僕もですよ、真澄さん…』


『ほんと?私のこと女としてすき?』


『はい』


『じゃあ……恋人同士、だね』


嬉しそうに僕の胸に頬を擦り寄せる。


『…そうですね』


僕は何度、彼女の恋人になっただろう。

昨日と同じように僕の恋人になれたことを喜ぶ彼女を撫でる。

毎日、何も変わらない。

僕は毎日、好きな人に押し倒されて愛を囁かれて、恋人になって、日付が変わればまたただの幼馴染みになる。

つらかった。

でも、彼女の家事を放り出すことはできなかった。

おそらく彼女は独りでは生きていけないし、僕は夜の彼女も好きになってしまったから。

きっと彼女の本心は酔ったときに出ているのだろう。


嘘をつかない夜の彼女。

一途に僕を求める夜の彼女。

そんな彼女にも、僕は恋をしてしまった。

たった一夜でも、夜の彼女の恋人になれることが、つらかったけれどそれ以上に嬉しかった。


『……そうだ、君に聞かなきゃいけないことがあった』


『なんですか?』


『なんで、ここにキスマークがあるの?』


彼女の手が、僕のわき腹を撫でる。

覚えていないらしい。


『……それは真澄さんがつけたんですよ』


『嘘。私つけた覚えないよ』


彼女はぽろぽろと涙を流した。

なんて言えば分かってもらえるか分からない。


『私は君のことがこんなに好きなのに、なんで他の人に体を許すの?

私じゃだめかな?

そんなにプロポーションは悪くないと思うよ?

お願いだから、私のことだけ見てよ。

好きだよ。

好き。

好き…、好き、好きっ、好きっ!

君は私のこと好きじゃないの!?

好きじゃないのにこんなに面倒みてくれるの!?

そうじゃないよね、私のことだけ好きなんだよね!?

好きって言ってよ!

嘘じゃなくて好きって言って!言って!はやく!!』


『……好きですよ。

僕は、昔からあなたのことが好きでした』


『ほんと!?嘘じゃないよね!?』


『はい、嘘じゃないです』


『じゃあ、上書きしてもいい…?』


僕の返事を聞く前に、彼女は僕のわき腹に唇を当てて、強く吸う。

僅かに痛みが走って、僕は興奮してしまう。

彼女は僕の腰にしがみついて、必死に痕をつけてくれる。

唇を離してもまだ足りないのか、腰骨に歯をたてはじめた。

がり、ごり、と歯の感触が伝わってくる。

昼の彼女はこんなことしてくれない。

僕の背中を物欲しそうに見つめるだけだ。

彼女は満足したようで、顔をあげてまた僕にキスしてきた。


『…んへへ。

ひろくんがどこに行っても、誰のものになっても、また私が上書きしてあげるからね。

一生、私のためだけにお料理を作ってね。

私だけに体を触られてね。

誰かにいっぱいお金もらったとしても、そっちに行っちゃいやだよ?』


『どこにも行きませんよ。

ずっとあなたのそばにいます』


『んんー…、すき…。

ひろくんの誕生日は、すっごいお酒でお祝いしてあげる。

よかった、君に恋人がいないならおいしく飲める』


『ふふ、どういう意味ですか?』


『んーん。君に恋人がいるなら、私なんかに構ってちゃだめだよ!って言おうと思っただけだよ』


『………………そう、ですか。

だいたい、彼女がいるなら誕生日は真澄さんとじゃなくて彼女と過ごしますよ』


『あ、そうかぁ…』


それきり、彼女は僕の腕の中で寝息をたて始めた。

彼女が寝てしまうことは、その日の彼女との別れを意味する。

今夜の彼女とは、もう会えない。

それがいつもさみしくてつらかった。

しかし、今夜の彼女はそれ以上にインパクトのある言葉を別れ際に残した。

どうやら彼女は、僕の誕生日に別れを告げるらしい。


『安心して下さい』


彼女に囁く。

んー、と返事を返される。


『僕は一生、あなたのそばにいます。

一生、あなたのためだけに料理をします。

昨日の自分に嫉妬して噛みついてくるようなあなたが、愛しくて仕方がないんです。

……昼のあなたに、告白するときが来たんですね。

大丈夫、僕はどんなあなたも愛していますよ。

昼も夜も、僕はただあなたのそばにいたい。

ただそれだけですから』


彼女はまた、んー、と返事を返したきり、寝息しか立てなくなった。

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酔いどれ幼馴染みお姉さん×ヤンデレ レア缶 @rare_can

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