第4話 路上有花
「おかえりなさい」
「ただいま、誕生日おめでとう。
ケーキ買ってきたよ」
「あ、ありがとうございます!
今日は自分の誕生日にかこつけて、ちょっと豪華にしましたから楽しみにしててくださいね」
「ほんと?はやく食べたいな」
彼に作ってもらう最後のごはん。
これを食べたら、彼に言おう。
もう私に構わないでいいよ、自分の時間を大事にして。
今夜の献立は、ビーフステーキ、サーモンサラダ、オニオンスープ。
ステーキの横にはフライドポテトとブロッコリー、にんじんのグラッセが添えてあるあたり、彼らしいと思った。
「いただきます」
「いただきます、……いつも、本当にありがとう」
文句なしの味だった。
おいしい。
おいしい。
一生食べていたいくらいおいしい。
でも、おそらくは今後一生食べることはない味。
「……ひろくん」
「はい?」
「君は、いつからこんなにお料理が上手になったの?
昔からこんなに上手だっけ?」
「いえ、まぁ、もともと最低限はできましたけどね。
本格的に練習したのは、真澄さんに作ってあげるようになってからです」
「…そっか。
たった1年ちょっとでこんなに上手になるんだね。
すごいよ、ひろくん」
私のために磨いた腕。
その腕を、私以外の誰かのために振るうのだろう。
嫌だ。
一生、私のためだけに料理してほしい。
他の人に食べさせないでほしい。
私のために上手くなったのだから、全部私のだ。
そう言いたい。
当然、言えない。
いつもより言葉少なく、夕飯を終えた。
「ごちそうさま。すっごくおいしかったよ」
「ありがとうございます。
それで、飲むのは冷蔵庫に入ってるやつでいいんですよね?」
「……うん、私からひろ君へのプレゼントだよ。
おつまみもお願い、ね」
「真澄さんらしいです。
ありがとうございます」
彼には、お酒の力を借りて伝えようと思う。
そんなことに使うにはもったいないお酒だけど。
「お待たせしました。
美しいボトルと、敷かれた大葉の上に花のように盛られたヒラメが供された。
「じゃあ、僕も飲ませてもらいますね」
「うん。味わって飲んでね?」
彼のグラスに少量のお酒を注ぐ。
彼も私に注いでくれる。
「じゃあ、あらためて。
誕生日おめでとう、ひろくん」
「…ありがとうございます。
二十歳になりました」
酒を煽る。
きらびやかなお酒だった。
「おいしいですね。
その、お酒の感想を言う語彙力はないんですけど…、おいしいです」
「…ふふ、そうだね、おいしい」
ヒラメの昆布締めもいい塩梅で、このお酒にたまらなく合う。
ただ、飲み進めても、つらい気持ちはずっとつかえていた。
どれだけいいお酒でも、全てを忘れさせてくれるわけではないようだ。
きっとこのお酒は、楽しい時に華やかに飲んで欲しかったに違いない。
「…ねぇ、ひろくん」
「はい」
「………もう、さよならしよっか」
唐突に、私の口から言葉がこぼれた。
「…………」
「…こんなのさ、ひろくんのためにならないよ。
君は私じゃなくて、自分とか、同じ大学の娘とかのために時間を使うべきだよ。
…私は君のこと、世話を焼いてくれる幼馴染みだとか、都合のいい家政婦だとか、そんなふうに思ってるわけじゃないよ。
もっと大事に思ってるの。
大事に思ってるからこそ、君には幸せになってほしい。
私のことは心配しなくていいから。
さよならしようって言っても、もう一生会わないわけじゃないからね。
だから…、だから大丈夫、君は、君の………」
涙が溢れてきて、そこから先は言葉にならなかった。
「…うぁぁ……、ぐずっ、すんっ…
わたし、泣き上戸なのかなぁ……
ごめんなさい、ひうっ、本当に大丈夫なの……」
「…真澄さん」
「……うん…」
「本当に、酔ってるときの記憶がないんですね…」
「………え?」
「…真澄さんは、これをみて僕に彼女がいるって勘違いしたんですよね?」
彼はするするとシャツの裾を持ち上げた。
案の定、赤い痕が残っている。
「……なんで知ってるの……?」
「真澄さんが今日このタイミングで僕に別れを切り出すのも知っていました。
全部、酔ったときに、あなたから聞きましたから」
「………………え?」
「ねぇ、真澄さん」
「ひゃっ!?」
彼の手が私の肩にかかる。
腰にも、もう片方の手が添えられる。
お酒のせいか、据わった目が少し怖い。
「真澄さんに分かりますか、僕の気持ちが。
昔からあなたは、綺麗で、優秀で、才能があった。
僕とは、釣り合わなかった。
でも僕が大学生になって、ようやくあなたを支えることができる分野が見つかったんです。
真澄さんには都合のいいやつだと思われてもいい。
ただ、好きなあなたを家事で支えたかった。
それでも、真澄さんの酒癖はひどすぎます。
酔うといつも抱きついてきて、キスされます。
ひたすら好き好きって言われます。
しかも、次の日には全部忘れている。
僕が何を言っても意味がないじゃないですか」
「……!?……!!?」
衝撃的な発表に、私は目眩がしていた。
彼は私のことを好いてくれていたこと。
これだけでも大きすぎるのに、私は酔って彼にあまりにひどいことをしていたようだった。
「あ、あの……ごめんなさい」
「……好きです。真澄さん。
僕と付き合って下さい」
「ちょっ、そんな、急に……っ!
待ってよ……!」
「待ちません。
僕は怒っているんですよ。
だいたい、なんで僕に彼女がいると思うんですか。
いたら誕生日にあなたと過ごしていないでしょう。
いや、それはどうでもいいんです、いいから答えて下さい。
……僕と、付き合ってくれますか?」
「……そんな、つ、いいよ、私と付き合って下さい!
私もっ、私もひろくんのことが好きだよ!大好き!
ほんとは君なしじゃもう生きていけないの!
あっ、か、家事とかそういう意味じゃなくてね!」
「……ふふ、ありがとうございます」
彼が私を抱き締める。
嗅ぎなれた匂いがして、安心する。
私も、おずおずと腕をまわす。
「……いいのかな。
君は、私なんかでいいのかな……」
「僕は、真澄さんじゃなきゃいやです。
そんな弱気になって、酔ってるときとは真逆ですね」
「ねぇ酔ってるときの私ひどすぎない!?
あと君、酔うとグイグイくるね!?」
「まぁ、ひどいです。
でも……、お互い、本質は素面のときと変わってないと思いますよ。
…あの、真澄さん。
キスしても、いいですか?」
「えっ……う、うん、いいよっていうか、私も、したい」
彼が私の唇を食んだ。
同時に、お酒の匂いが感じられる。
柔らかさとか、歯の硬さとかを感じる度に、ぞくぞくしてしまう。
「んぅっ……、これはファーストキスじゃない……んだよね?」
「そうですね、間違いなくはじめてではないです」
くそう……
「……ね、真澄さん。
明日は休みですよね?」
「うん……」
「今日は……そのつもりで来たんですけど。
………いいですか?」
彼の手が私の首筋を撫でる。
背筋がぞくぞくして、手足が急に熱を持った。
彼の据わった視線が私を射貫く。
「……その、そっちは、酔ってるときにしてないんだよね……?」
「さすがにしませんよ……」
「……いいよ、しよう。
酔ってるときの私ばっかりずるい。
私だって、君にだきつきたい、キスしたいって思ってたのに、全部とられた。
でもえっちはまだだったんだね……、勝った」
「勝ち負けというか、どっちも自分じゃないですか」
「ふふ…、いっぱいしよ?
君も明日は大学休んじゃえ」
抱き寄せて、彼の首筋に舌を這わす。
「っ、そうなるかもしれませんね…」
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