第6話 神託
「たしかに、そりゃドン引きだわー」
数日後、私はコスプレ仲間と集まって飲み屋での女子会に参加していた。
先生との一件を月路に話すと「そういうのは酒飲んで忘れろ!」と男らしいアドバイスをされ、月路が声をかけると急な誘いにもかかわらずコスプレ仲間5名を集めたのだ。こういう時の月路は誰よりも頼りになる。
その中には西日本コスプレ界の重鎮、さやか様もいた。本当にこの人の私生活はどうなっているのだろう?
「きっかけがコスプレなのは知ってるけど、自分も見てほしいって感じよね」
「うん、まさにそれ!」
コスプレ仲間の言葉に、オリーブの沈んだマティーニを口から離してズビシと指をさす。普段私は強いお酒は滅多に飲まないのだが、この日ばかりはこのジンとベルモットを混ぜた35度のカクテルを注文していた。私だって酔いたい時くらいある。
「そうよねえ、結局あんたの好きなのはマキナなのかかなえ自身なのか、はっきりしてほしいわね」
集まった女性陣からはおおむね同情をもらい、私も「でしょでしょ?」と頷き返す。
だがそんな私を横目に見ながら、生中を飲んでいた月路は少し残念そうに言ったのだった。
「でももったいないわね、イケメンを振るなんて」
月路の一言に他の面々も手の平を返したように「ねー」と声をそろえる。先日、最初に写真を見せた時は「やだイケメン!」「好みの顔!」と容姿に関しては大絶賛だったので彼女たちの抱いた印象も決して悪くはないようだ。
「まだ振ったってわけじゃないでしょ?」
「じゃあ次私がもらってもいい?」
さっきまでの同情はどこへやら、今度はむしろ先生を援護するように話し出すコスプレ仲間たち。
浅はかな奴らめ。私はため息交じりに返した。
「みんな当事者じゃないからそんなこと言えるんだよ。私、めっちゃ恥ずかしかったんだから」
その時、突如カバンに入れていた私のスマホが振動を始めた。
だが誰からの着信かなんて分かり切っている。私はスマホに見向きもせず、そのままマティーニをくいっと傾けた。
「ちょっと、スマホ鳴ってるわよ」
「いい、先生からだし」
ブブブとバイブレーションが響き続けるカバンを仲間が指差すも、悪態をつくように返す私。
「無視するの? ひどーい」
「話くらい聞いてあげてもいいんじゃない?」
私はグラスで顔を隠し「そんなこと言われてもねえ」ともごもごと口ごもる。
私だってわかっている。こう無視ばかりしているのも良くない、ちゃんと断るなら断る、続けるなら続けると自分の意思を表示しなければ。
けれども我を忘れてあんなことを言ってしまった以上、どう顔を合わせるべきか。先に私から謝るべきなのか、それとも強く出るべきなのか……。友達同士ろくに喧嘩もせず波風立てない人間関係に努めてきた自分には、一応はまだ関係の続いている彼氏に対してどう対応すべきかまるでわからなかった。
たしかに先生のことは呆れたけど……もし一生の心の傷を負わせてしまったらどうしよう?
それに傷付くのは先生だけじゃない、私自身だって……ああもう、考えれば考えるほど何が何だかわからなくなってきた。
頭をくしゃくしゃとかきむしりたくなる。そんな感情に苛まれていると、ふと鋭くも穏やかな声が私の耳をそっと撫でる。
「想いを伝えること、それが想像以上に困難であることは恋愛において最大の障壁でしょう」
思わず顔を上げる。目に飛び込んできたのは大吟醸の満たされたおちょこを手にした美女だった。
「さやか様!」
なかなか口を開かない大御所の一言に一同がざわつく。全員の視線を受けながらさやか様は一口でおちょこを空にすると、顔色一つ変えず淡々と続けたのだった。
「互いに想い合う関係であっても言葉が足りない、行動に現れない、そのような理由でうまくいかないカップルは少なくありません。ですがもし心の底から想いがそのまま伝わっていたら、また別の未来が開けていたかもしれません。中途半端に終わって後悔するよりも、互いに想いをさらけ出してこそ決断を下すべきではないでしょうか。傷付くこともあるかもしれませんが、これからも関係を深めるのか絶交するのか、納得して次の段階に踏み込めるのではないでしょうか」
まるで美男子に見とれているかのように、コスプレイヤーたちがじっとさやか様に注視する。直後、その全員が私を振り向くと口々に話し始めたのだった。
「さやか様のおっしゃる通りよ。あんたはどうなのよ、先生に本音は伝えてるの? 先生の本心はどうだと思うの?」
「きっかけなんて十人十色でしょ。あんたたちはそのきっかけが他とちょっと変わってたってだけじゃない」
ちょっとどころではないと思うが、確かにさやか様の言うことに否定はできない。
私と先生はまだ付き合ったばかり、ほとんど知らない状態のまま付き合い始めてまだお互いに心の底から話し合ったという経験が無い。だからこそ今一度しっかりと話しを聞くのも必要だと思うが……でもなあ。
そんな悩みが顔に出ていたのだろう、月路はそっと私の頭に手を置くと、優しく諭すように話しかけたのだった。
「一度しっかり話し合うのがいいと思うわ。別れるかどうかはその時決めなさいって」
そこらの男以上のイケメンフェイス。月路たちの気迫に圧倒され、私は「う、うん」と答えるしかなかった。
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