第5話 恋人って何ですか?
「こっち向いてくれー!」
リビングに立たされてマキナ姿でポーズを取る私。それを自慢のカメラでパシャパシャと連射するのはすっかり興奮している藤谷先生。
これはどういう羞恥プレイですか?
先生のすべてをはねのけてしまいそうな無言の圧力に押され、持っていたコスプレ衣装に着替えた私を待っていたのは独占撮影会だった。
いや、こうなるのはなんとなく予想もついたけど……まさか本当に一対一で、しかも恋人にこんな風に撮影されるとは。友達同士ハロウィンの仮装パーティーで写真を撮り合うのとはまるで違う。
「いいよー、最高だよー」
ポーズを変えると藤谷先生はますますシャッターの連射速度を上げる。
そんな彼を見て私は喉の奥から頭の先まで不快な何かが込み上がってきたように思え、小さくむむむと唸っていた。
たしかに先生は恋人にするには最高の相手だろう。経済力も包容力もあるし、何より紳士的だ。
だけどこれじゃまるで、先生が好きなのは私じゃなくて……。
むかむかいがいが、耐えがたい不快感が胸の奥に、さらにお腹の底にまで広がっていった。それは熱心に撮影する先生を見れば見るほど、ますます大きくなっていく。
「じゃあ次にいつもの決めポーズを」
いつものって何だよ。この時、私の中で何かがはじけとんだ。
「先生は本当に私の恋人なのですか!?」
考えるよりも先に口が動いていた。
怒鳴りつけぜえぜえと肩で息を吐く私、そしてカメラを持ったまま唖然とする先生。
どうしたんだ、東野?
そう言いたかったのだろう、先生は唇をほんの少し動かそうとするが、私は遮ってまくし立てた。
「これじゃ先生が好きなのはマキナであって、私はただのコレクションのひとつじゃないのですか! それなら私じゃなくたっていい、誰だっていいのに。私を選んだのは一番似合っているからじゃないですか!?」
「違う、そういうつもりは」
「違わないじゃですか!」
キレるという感覚を私は初めて経験した。普段喧嘩になっても言い争いになれば結局退いてしまうのがいつもの私だが、この時はもう相手の言葉を聞こうなんて思うことさえできず、ただまくし立てるしかなかった。
「先生が一番嬉しそうな顔をするのは私がマキナのコスプレをしている時、私に告白したのも私のコスプレがかわいいと思ったからでしょう!? どう考えても目的はそっちじゃないですか!」
すっかり黙り込んだままじっと私の眼を見つめ返す先生は、まるで怒られた子供のようだった。その姿に私はますます居心地の悪さを覚えてしまった。
「先生が好きなのは『私』ですか、それとも『コスプレした私』ですか!?」
そう吐き捨てると私は荷物を持ち、そのまま部屋を出た。
「東野、待ってくれ!」
慌てて先生が追いかけてくる。だが私は振り向きもせず「ほっといてください!」と大声で返すと、そのままアパートの階段を降りて雨の下に飛び出したのだった。
先ほどよりだいぶ弱まっているものの、夜の雨はさすがに冷たかった。
今日は休日、会社や学校から帰宅する人もほとんどいない中、私は雨粒を身体に受けズンズンと人通りの無い住宅街を進んでいた。
最悪だ。先生の見てはいけない姿を見てしまったという幻滅、そして最初に「嫌です」と断ればよかったもののつい着替えてしまい、結局ブチ切れてしまった自分。
考えてみれば先生と私が釣り合うはずもなかったんだ。片や重度のキャラ萌えオタク、片やコミュ障コスプレイヤー。どういう結末になるか、想像するのは簡単じゃないか。
色んな感情が頭の中をぐるぐると回り、つい私は下を向く。そして足元を見てようやく気付いたのだ、今の自分がコスプレ衣装のままであることに。
いらだちも不満も何もかもが一瞬で吹き飛んだ。代わりに全身の血が凍りつき、叫びそうになったのに声さえも出なかった。
やばいやばい、どうしよう!?
こんなところ他人に見られたら一生、いや末代までの恥。
コスプレイヤーはコスプレ趣味だから大丈夫だって? いやいや、それはコスプレに相応しい場所であるからのコスプレであって、こんな夜の住宅街でコスプレしてる人が歩いていたら露出狂の痴漢よりも怪しいわ!
パニックに頭を掻きまわす。そんな時、私の眼に飛び込んできたのはコンビニの灯りだった。
選択の余地はなかった。私は猛ダッシュでコンビニに突っ込み、自動ドアを開ける。
「いらっしゃいま……どへえ!?」
やる気なさそうにカウンターでぼうっと突っ立っていた店員が私を見るなり奇声とともに飛び上がった。
「マ……マキナ?」
元ネタがわかる同族だ。いや、そんな親近感など覚えている場合ではない。
「すみません、トイレ貸してください!」
幸い他に客はいないようだ。必死の形相で頼み込むと、店員は「は、はい、どうぞ」と店の奥のトイレを手で示したので、私は小走りで駆け出した。
恥ずかしくて死にてえ、なんて笑い話で済まされない。
よし、今すぐ死のう。そう決心するレベルにまで恥ずかしさは達していた。
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