第4話 イベントかーらーのー?
5月の京都といえば葵祭。下鴨神社から平安時代の衣装をまとった人々が行列を成し、京の町を練り歩く様子は圧巻の一言。
特に斎王代は祭りの華。選ばれた女性はきらびやかな装束を纏い、数万の観客から注目を浴びる。惜しむらくはこの日の空はどんよりと重い鉛色の雲に覆われていることだろうか。
だが盛り上がりならこちらも負けてはいない。平安神宮の大鳥居を望む京都市勧業館ことみやこめっせは、伝統の祭りとはまた違った意味で歓声に包まれていた。
「
私がポーズを取ると一斉にカメラを回す観客たち。空調の利いた屋内でも込み上がる熱気に私たちもついハメを外してしまう。
「マキナー、こっちも向いてくれ!」
「はーい!」
そしてくるりと笑顔で振り返り、手を振ってアピールする。だが途端、高揚していた私のテンションはだだ下がりの下降線を描いたのだった。
最前列にしゃがみ、一心不乱にシャッターを連射する藤谷先生、つまり私の恋人。そんな彼の姿を見た途端現実の東野かなえに戻されたような気がして、たちまち今の自分がこっぱずかしく思えてきたのだ。
「あんた今日キレ悪いわよ。彼氏の前なんだから、もっとはっちゃけなさいよ」
そんな私の異変に気付いたのか、後ろからそっと顔を近づけた月路が耳打ちする。
ちなみに今日の月路はいつものような男役ではなく、先輩魔甲少女のレイン役だ。背が高く男勝りな印象のレインはまさに月路のハマり役だが、わずか2週間足らずの間に衣装を用意できたのは最早神業と言うほかない。
「そんなこと言われても、意識しちゃって気にするななんて無理だよ」
「はあ、面倒くさいわね……と、
呆れながらも月路は観衆からの求めに応じてポーズを決める。オンオフの切り替えの早い人だ。
「すみません、第3話の共闘シーンお願いします!」
観客のひとりが声を上げる。呼応するように他のカメラマンも「お願いします!」「あのシーンを!」とにわかに沸き立った。
「マキナいくわよ、準備はいい?」
ここまで盛り上がった観客の要望に応えないわけにはいかない。声の抑揚までレインに似せてくる月路に、私も「はい、先輩!」とマキナになりきって答える。
そしてふたりそろって同じ方向に手を伸ばし、ポーズとともに声をそろえて叫ぶ。
「
「
ふたりの技を重ね合わせて強敵を倒す胸熱の名シーンの再現だ。観客のボルテージは最高潮に達し、かつてない量のシャッター音が会場に鳴り響いた。
そしてちらりと藤谷先生に眼を向ける。先生は相変わらず、私と月路のツーショットをひたすらに撮影していた。
「今日も可愛かったな、東野」
「あ、ありがとうございます」
駅で待っていた先生が何のためらいもなく言ってくるので、私はまたも赤面して縮こまってしまった。やっぱり普段の私を知っている人に面と向かって褒められるのは複雑な心境だ。
イベント後の打ち上げも終えて本屋で時間を潰していた先生と合流した時には、降り注ぐ雨粒が地面を激しく跳ね返っていた。本来なら夕陽も見られる時間帯なのに、分厚い雨雲のおかげで辺りは夜のような暗さだ。
月路は「雨に唄っておふたりを満喫しなよ」と空気を読んで他のコスプレ仲間と二次会に行ってしまった。あの場面で歌ってるのは男ひとりだけだぞ、と突っ込む間も与えず。
地下鉄で移動した私たちは京都駅から近鉄京都線に乗り換える。あとは
「どうしたんだろう?」
降り立った大和西大寺駅のホームは人でごった返していた。部活帰りの学生や京都まで遊びに出ていた家族連れが満員の駅構内を右往左往し、「マジかー」「帰れるかな……」と口々に垂れている。
「ただいま電気系統のトラブルにより近鉄奈良駅まで運転を見合わせております」
係員の放送がかかり、電車内にいた全員が落胆する。私も然りだ。
「ええー、そんなぁ」
ただでさえ線路に鹿が入って止まることもあるのに、ついてないなぁ。
ここから家まで歩いて帰るにはちょっと遠い。しかもこんな雨ではなおさらだ。おまけに今日は両親とも郡山の親戚の家を訪ねているので、車で迎えに来てもらうこともできない。
「再開の見通しは立ってないか」
がくんと項垂れる私の隣で、先生は表示板に流れる文字を見ながら呟く。そして「東野」と顔をこちらに向け、爽やかな微笑みで話しかけてきたのだった。
「俺の家ここからすぐだから、車で送るよ」
成り行きのまま流されるがまま、私は先生の自宅へとご案内された。駅からほど近い3階建てのアパートだが、先生一人で暮らすには十分な間取りだった。
せっかくだからとコーヒーまで淹れてくれるようだ。待っている間、私はふたりがけの革張りのソファに腰かけて整頓された室内をきょろきょろと見回す。
普段から掃除が行き届いているのだろう塵ひとつ落ちていないフローリング、ソファの正面に居座る大きなテレビ、そして数学の専門書が並べられた本棚。お洒落なドラマの中の世界が目の前にはあった。
そんな中で最も私の目を惹いたのは本棚の隣に並べられたガラス張りのコレクションケースだった。
並べられたのは古今東西様々なアニメ、ゲームのキャラのフィギュア。美少女ものからもの少年漫画まで、先生の好きなシリーズが雑多に、それでいて整然と陳列されている。都会的に洗練された他のインテリアと異なり、ここだけ先生のオタク趣味が惜しげもなく表れていた。
そして最上段はマキナ専用なのだろうか、マキナをはじめ他の魔甲少女や敵キャラのフィギュアに、ブルーレイBOXやポストカードまで見せびらかすように詰め込まれていた。
「マキナ……」
私はぼそりと呟く。本当に好きなんだなぁ、と感心した。別に先生の趣味を咎めるつもりは無い、私のコスプレ趣味だって相当マイノリティであることは自覚している。
でも何だろう、この妙な胸の引っ掛かりは。
今日の先生はこの前のデートよりも何倍も楽しそうだった。
この前私のことをマキナと呼び間違えたのは、やっぱり気のせいじゃなかった? もしかして先生は私よりもマキナの方が好きなの?
と、いかんいかん。私はぶんぶんと頭を振って余計な思考を払う。危うく思考のスパイラルに陥るところだった。
これじゃまるでマキナに嫉妬しているみたいじゃないか。いくら先生だって二次元と三次元の区別くらいついている。そう、仕事と私どっちが大事なのとかいう愚問に答えられないのと同じ、趣味は趣味、恋愛とは別物だ。
「疲れたろう、ほら」
そう私が悶々としている間にも、先生は両手にマグカップを持ってキッチンから歩いてきていた。
「ありがとうございます」
温かいコーヒーの入ったマグカップを受け取る。インスタントではなくドリップで淹れたようで、鼻を近づけると芳醇な香りが胸の奥まで届く。
先生も香りを楽しんでいる私の隣に座ると、マグカップを口に当てて眼鏡を曇らせる。
イベントは楽しかったけど、やっぱり疲れるな。コーヒーの良い匂いに安らぐとともに、どっと蓄積した疲労が一気に押し寄せてきたようで、私は無意識にもソファに深く沈み込んでいた。
「東野、ひとつ頼みがあるんだが」
突如、先生が口を開く。すっかりだらけきっていた私は「はい?」としまりのない返事をして、先生の顔を覗き込んだ。
その時の先生の顔には、どこかしら真剣味があった。
「またマキナの衣装、ちょっと着てくれないかな?」
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