09.ベテラン冒険者ドックとゆかいな仲間たち

 アルバイトを始めたヤドルと異なり、カナとフェイルはベテラン冒険者であるドックのパーティでクエストの経験を積ませてもらえることになっていた。


「とりあえず、こういう時、最初は荷物持ちとかするのが普通だろ」

「「はーいっ」」

「よし、お前ら武器以外とかでかさばるものがあったらこいつらに……」


 ドックはカナとフェイルに、まずは仕事を与えなくては……ということで、荷物持ちをとりあえずやってもらうことにした。

 初めのうちは、自分らの行動をにカナたち見てもらい、クエスト攻略の流れ、雰囲気を感じてほしい。

 だが、ただ単に『見学させる』だと手持ち無沙汰でモンスターに攻撃しだしたり、ちゃんとドックたちの行動を見なかったりするので、仕事を与えた方が都合が良いという考えがドックにはあったのだ。


 しかし、


「ねぇ、ドック。そうやって新人いびりするのは良くないと思うわ。新人には優しくするべきよ」

「いや、ジュリアノ。そういうことじゃなくてだな、俺だって考えがあって……」

「どうせロクでもないこと考えているだろう。話を聞くまでもなく、そんなことは分かっている」


 ドックは自身のパーティメンバの一人、ジュリアノに文句を言われてしまった。

 ジュリアノは、長い金髪を後頭部で一つに束ねたポニーテール。日焼けをしても白いままの肌で、スラっと細く引き締まった筋肉をしている。

 武器は細長い剣のようなレイピア。

 目は少し吊り上がっており、常に不機嫌な顔に見えるのがたまに傷の、キツメの美人と表現すればよいだろう。

 ドックとジュリアノ、どちらの言うことを聞けばいいのか分からなくなったフェイルは、


「あっ、あの私たちはどうすれば」

「あー、えっとな……」

「あなたたちは、見学だけに集中していればいいからね!」


 ドックのパーティでのヒエラルキーは、ドックよりもジュリアノの方が上なのだと、カナとフェイルが即座に理解した瞬間であった。


 * * * *


 ドックのパーティは、男2人女2人の全4人の構成である。

 まず、チームリーダのドック。武器は片手剣と盾。

 リーダといってもジュリアノの方が発言権が強く、普段はあまりリーダ感はない。だが、肝心な時にポンコツを発揮するジュリアノをフォローするドックの姿は勇者然としており、そのギャップにジュリアノはトキメクこともあり。


 一方、ジュリアノ。武器はレイピア。

 チームリーダのドックがダラシナイ行動をよくするので、それを正そうと指摘することが多い。本人は自分の力を過信するフシがあり、ドックに尻ぬぐいをしてもらう場面があるが、素直に感謝しないのがジュリアノである。それは一種のテレカクシだが、本人の年齢とかが要因となってジュリアノは認めようとしていない。

 ちなみに、ドックもジュリアノも……というか、このドックのパーティメンバは全員独身で、そこそこいい年齢である。

 パーティメンバ、もう一人の女性は、


「ふぁぁぁ、カナちゃん勝手に突っ込んじゃダメだよぉ」

「…………いや、あのカニは絶対にっ!」

「コラっ、だよぉ」


 クラブ系モンスターを見かけ、猛ダッシュで膝蹴りをかましに向かったカナを取り押さえるのは、アリエスト。

 ドックのパーティメンバであり、せっかちなジュリアノとは正反対の性格で、非常にのほほんとしている。

 アリエストの一挙手一投足は非常にゆっくりとした動きに見えるのだが、敵の攻撃をすべて避け、動き回るカナを素早く羽交い絞めにしてしまう摩訶不思議な行動をとる。


「うわっ、ちょっあの力強いっ強いですって。痛い痛いっ」

「えぇ、そんなつもり無いんだけどなぁ」


 アリエストがカナを掴む力が予想以上に強く、悲鳴を上げるカナ。

 この時『感覚共有』でヤドルには、不意打ちで全身に尋常じゃない痛みが走ったのは言うまでもなく……。


――痛ってぇぇぇぇぇ!!! 何だこれ。あいつ死んだんじゃねぇのか、いや、ぜってぇこんなん食らったら死ぬ……くそ死んだら金かかるんだぞっ!!


 ヤドルが自分に飛んできた痛みに、カナが死んだんじゃないかと錯覚してしまう程アリエストの力は……半端ない。

 絶叫ともとれるカナの悲鳴を聞きながら、ジュリアノとドックは、


「相変わらずすごいわね、アリエストは……」

「あぁ、あの揺れ方……流石だ」

「あぁん!?」

「……痛い痛いって、ジュリアノ。ほらアレじゃん。おっさんだって、時々癒されたいんだよ。時々ね」

「知るかぁ! あんた毎回じゃない。毎回同じこと言っているじゃない。そんなにいいの、そこまで見たいの? 胸っ!」


 アリエストは、全体的に丸い体系をしているが、出るとこは出て、締まるとこはしっかりと引き締まっている体型だ。ドックに言わせれば、『エロイ』体型である。

 ドックはのほほんとしたアリエストの性格から、一発することやっちまえないか、ワンチャンを数年に渡り狙っているフシがあり、ジュリアノは日々ドックを監視しているのだ。

 そんな2人をよそに、アリエストはカナを羽交い絞めにしながら、道中に沸いたクラブ系モンスターを自身の武器であるメイスで一掃していた。


「ふぅ、片付いたねぇ。いい、カナちゃん。勝手な行動は絶対にしちゃダメなの。いくら敵が弱くても許可されてないことをするなら、いちいち確認してね」

「はっ、はい……」

「できたらよろしー、なでなでだよぉ」


 マイペースにカナの頭をナデナデするアリエストに、カナはたじたじで、苦笑いを浮かべるだけであった。

 アリエストは、そのまま取っ組み合いをしているジュリアノとドックに向けて、


「ほらぁ、じゅりー。私のことはありりんでいいよーっていつも言っているじゃぁん」


 アリエストはドックの下心の籠った目線には特に言及せずに、別の問題について指摘した。

 それは、ドックの目線に気づいていないのか、気づいているのに無視したのか……アリエストの笑顔から伺い知ることは難しい。

 パーティメンバを何年もやっているジュリアノでもアリエストの考えていることは全然分からない。ただ、余計なことをしてさっきのカナのように、アリエストの怪力の餌食にはなりたくはないので、慎重に、


「あっ、あぁ。分かっているわ。ありっ……ありりん」

「わかったらよろしー」


 ジュリアノは顔を真っ赤にしながらアリエストのあだ名を呼んだ。

 その様子にドックは、


「お前、毎回恥ずかしがるなよ。おっちゃん、お前さんのそういう姿見ると、若いころ自分がやらかしたこと思い出してなんか……恥ずかしいじゃん」

「あっ、あんたねぇぇ!!」

「じゅりー、怒っちゃ可愛い顔が台無しだよぉ」

「そうだぞ、じゅりー。そこそこ可愛い顔が台無しだぞぉぉ」

「……ドック、貴様ぁ。てか、そこそこってなんだぁ!!」


 両目を見開きよくわからんドヤ顔で煽ってくるドックに、ジュリアノはアリエストの手前、頬をプクリと膨らませるだけだ。

 しかし、ドックの顔があまりにもうるさく不快だったので、ジュリアノは話をすり替えることにした。


「ねぇ、シラウドはどこ行ったの? あと、あの子たち2人ともいなくない?」

「「あれ?」」


 * * * *


 ドックのパーティメンバの4人目は、シラウド。平均年齢が高めなドックのパーティの中でも最年少の24歳男である。

 背中に下げているのは自身の武器である弓と矢筒。腰には刃渡り数センチの短いサバイバルナイフを装備している。

 現在、シラウドの隣にはフェイルがいた。

 2人は、地面に座り込み……


「うぉ、都会のアリってどれも黒ばかりですね」

「そう言うってことは、キミの田舎には青色とか赤色とかのアリがいたのかい?」

「うん、もちろん。カラフルで、服とか食べ物の染色に使っていたわ」

「あぁ、染色剤に虫を使うのは普通……いま、食べ物と言ったか?」


 ……マイペースにアリの巣をいじくって遊んでいた。

 アリの巣をいじっているといっても、ドックたちが騒ぎ始め、中々クエストを進めないのが原因で……いうなれば、単なる暇つぶしである。


「それに色付きのアリって味がしっかりしているんですよ。すっぱかったり辛かったりで。小さい頃は、食べて体調を崩すこともあったんだけど……今ではとってもおいしく感じるんです」


 今でも十分小さいじゃないか……ヤドルのような一般人ならばそう突っ込みを入れていただろう。

 ただ、シラウドはアリの味について質問と意見を混ぜたことを聞く。


「それは、状態異常の耐性がついたからでは?」

「うーん、それって苦い味にもなれ始めたって意味?」

「……そう理解してもらっていいよ」


 シラウドは、マイペースで面倒くさがると説明をやめる男だ。

 フェイルの『食べれるようになりました』は、アリに神経毒や生命毒が含まれているために体調を崩していたのが、何度も食べるうちに耐性が付き、食べても平気な身体になったということだろう。

 その事実をフェイルに説明するのを面倒くさく感じて、シラウドが一人ふむふむとしている時。


 一人の女の叫び声とモンスターの唸り声が周囲に……


「きゃぁっ、何こいつ! 私のことめっさ追いかけてくるんですけっど!!」


 ……例外なく、その叫び声はカナのものであった。

 アリエストの監視から逃れた瞬間、カナはそこらをほっつき歩き、見つけたクラブ系モンスターに突進でもしたのだろう。

 なぜか今はイノシシ型のモンスターに半泣きで追いかけられているのだが……。


「何しとんじゃあいつは……シラウド頼む」

「りょーかい」


 ドックはシラウドにイノシシを射るように頼むと、シラウドは返事をしたと同時に敵を一掃していた。


 動き回るイノシシに弾速の遅い弓を命中させるのは、イノシシの動きを完全に予測していなければ不可能なことである。

 それを初弾で命中させたことは、シラウドの強さを物語っている。


 ドックたちと合流し、肩で息をするカナを見てドックは思わず、


「おじさん、こいつらの面倒もうみたくないんだけど……」

「あっあれよ、世の中経験が大事っていうじゃない。がんばればいいのよ」

「はいはい」


 ジュリアノがドックを励ます。

 ドックはジュリアノとカナを見比べて、


「……まぁ、お前のほうが多少はましなのかな」

「なっ、今比較したのか? というより、私の評価は、それ程までに低く設定されているのか? ニュアンス的にそんな気がしたのだけれど」


――ヤドル……これから大変そうだなぁ。


「ねぇ、ねぇってば!」


 こうして、ベテラン冒険者ドックとゆかいな仲間たちの長い長い教習期間は始まりを迎えたのであった。

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