08.初体験なので……お手柔らかにお願いします ※新キャラ登場

 お金がないならば、働くしかない。

 それは異世界でも同じことで、……というか、そもそもの話、『働くこと=お金を稼ぐ』って意味もあるだろう。

 だから、生きていくために働く、というのが正確かもしれない。


 結論だけ書くと、ヤドルはアルバイトをすることになった。

 付け加えると、ヤドルだけがアルバイトをすることになった。


――いいよな、あいつらは……


 ギル嬢に色々な説明を受けた後、ヤドルは正直に、クエストを受けるための契約金を用意するアテがない……というか、一文無しなので生きていくアテがないことを伝えた。


 ギル嬢は、受付嬢がしちゃいけないような、ただひたすらに面倒くさいといった顔をしながらも、カナとフェイルを自身の家に泊めたり、ドックのパーティが受けるクエストに同行させてくれるよう手配してくれたりした。

 クエストに同行しても、報酬は基本的にドックのパーティが持つことになったが、実戦の経験を積めるというのは初心冒険者にとってかなりのスキルアップに繋がるらしい。

 それもドックのような中堅ベテランと組めるのだ。これ程までに幸運なことはない……カナとフェイルは。


――んで、俺はというと……これか……


 ギル嬢の家に泊めてもらえるのはカナとフェイルだけなので、ヤドルは自分で寝床を用意する必要があったし、これから3人でクエストを受けていくための資金も必要なので、先述した通り、アルバイトをすることになったのである。


「……それで、ウチで働きたいってことなのね」

「はい、雇っていただけると嬉しいです」


 この世界には、求人情報というものが基本的になく、働きたい人が企業、店に直接交渉するのが一般的である。もっぱら親の職業を引き継ぐ人が一番多いのではあるが。

 そこで、ヤドルは町を練り歩き、見つけた小さな武器屋でアルバイトをさせてもらうことにした。

 小さな店は店主一人で経営していることが多く、店に住み込みで働かせてもらえる可能性があると、ほかの冒険者に聞いたので、ヤドルはそこでバイトをさせてもらいにいくことにしたのだ。


――まぁ、面接やって落ちたら落ちたでいいかな。別のとこ探せばいいし、


 ヤドルはそう思って店のことをよく知らないまま面接に行ったことを、後で多少後悔することになるのであった。


「……面接はこれで終わりね。何か質問はあるかしら?」

「…………あの、店主はどこにいるのですか?」

「はいっ? 店主は私だけど。『チェイス武具店』は私、チェイス・アーマの店よ……何も考えずに面接受けたの? あなたは」


 チェイスは椅子に座ったまま、面接シートを机に置いて、小さな両手足を組んでヤドルを睨んだ。

 だが、ヤドルはそれに怯むことはなく……目の前の女が何故店主なのか考えていた。

 女というより、女の子と言ったほうが正確かもしれない。ヤドルは、


――どう見ても小学生なんだけど……あれかな。年は大人だけど、成長止まっちゃってっていう、合法ロリって奴かな?


「あの、失礼かもしれませんが……年齢は?」

「12歳だけど……」

「……えっ」


――思いっきし、違法やんけ! ちゃう、えっ、マジ?


 ヤドルの思わず出た言葉に、チェイスは、


――何だ……せっかくアルバイトの子が来たと思ったら、そういうことね。


 自分の年齢を知り、子供のくせに店なんか開いて……ってバカにされると思ったチェイスは、ヤドルに不採用通知を出そうと考えた。

 が、ヤドルは、


「でも、すげぇな。この世界だと子供でも店開くの普通なのかは分からんけど、取り寄せとか販売とか自分一人でやっているんだろ。俺からしたらめっちゃすげーしか言えねぇよ、それ」

「……すげー、すげーって、バカにしているの?」

「いや、違うって。本当にすごいって思っ……すごい、じゃないか。あれだよ、しっかりしているなって」

「あっ、ありがとう」


 チェイスは自分のことを素直に褒めてくれたヤドルに驚きつつも、気恥ずかしさを感じていた。

 そんな彼女の様子に、ヤドルは無意識に言葉を続けていた。


「親の教育がよかったのかな」


 ヤドルの言葉に悪意などひとかけらも含まれていなかったが、


「帰って……」

「えっ」

「今すぐここから出て行ってよ! 分からない? 言葉通じないの?」

「いや、急にどうしたんだよ」

「帰って!」


 急なその叫びに驚いたヤドルであったが、突然の出来事すぎて身体が動かなかったのために気付いたのだろう。

 チェイスが肩を震わせ、泣きそうなことに。


「あっ……」


 ヤドルが何か言おうとした、その時。


 ダンッ!


 ……と、武器屋の入口をぶち破る音が響いた。


「おい、店長だせや!!」

「私が店主です」

「ふざけてんじゃねぇ! そこのお前か、店主は!」


 武器屋に怒鳴り込んできたのは、ヤドルより少し年上の18歳の男であった。

 男は、特に武装をしていないように見える。冒険者ではなく、ただの一般市民である。


「いや、俺はただのバイト志望で……この人がチェイス店主であっていますよ」

「っ、こんなガキがやってんのか? まぁ、いいだろう」


 男は少し拍子抜けしたような顔をしたが、怒りは収まらないようで。自身の左首に付けたブレスレットを右手で指さしながら、


「俺の彼女に貰ったこのブレスレットが全くはずせねぇんだよ。変な魔法でもかかってんのか知らんが、どうなってんだよ!」

「本当にこの店で合っているのか? 魔法をかけたのはお前の彼女なんじゃねぇのか?」

「……ヤドル、いいんです」


 男に反論するヤドルに向けて、チェイスは制止の声をかける。

 チェイスがそのまま冷静に説明を始めようとしたとき、男はチェイスが落ち着いていることに腹を立て、


「おめぇ、調子乗ってんのか? こっちはお前の商品でクッソ迷惑してんだぁぁ!」

「……きゃっ」


 チェイスに向かって身近にあった商品を投げつける男。

 突然の出来事で目をつぶることしかできなかったチェイス。


――いた……くない。


「えっ……」


 チェイスが目を開けると、ヤドルは男が投げた小刀、その鞘を掴んでいた。

 ヤドルは、それを店の隅に放りなげると、


「えっ、俺すごくね。何で取れた? すげぇ、やべぇって。チート報告されるやつやん……」


 ヤドルが小刀を掴んだのは、完全に無意識下であった。

 自分で自分の行動に驚いていると、男はヤドルの驚き様にさらに不機嫌になった。


「てめぇ、喧嘩打ってんのか!」


 そうして、ヤドルにターゲットを変えた男。

 男が繰り出す拳を、ヤドルは難なくかわしていく。


「えっ、どうしたんだよ。俺……今まで無駄に食らってたが、あいつの膝蹴りも避けれるんじゃねぇの?」

「何訳のわからねぇこと言ってんd……」


 男の渾身の右ストレートを、右手を引きながら威力を殺し受け止めるヤドル。

 そのまま、右手を引くと男はそのまま正面から床にぶっ倒れた。


――やばくね、俺の対人戦スキルぱねぇんだけど……


 その時、ヤドルは、自分の過去の記憶が刺激されるのを感じた。


 自身の小学生時代のころ。

 響く掛け声。

 どこかの空手道場。

 乱れた胴着を直してくれる女の子の影。


――あの女の子は……誰だ?


 ヤドルが過去を回想していると、ヤドルが男を殴ると勘違いしたチェイスが、


「だめ! ヤドル。冒険者が一般市民を殴ったら、冒険者の権利がはく奪されちゃう!」

「えっそうなの……」

「あぁん? こいつ冒険者なのかよっ。それなら!」


――あっ、チェイス……それ言わないで欲しかったなぁ……(涙


 この後、相手の攻撃を受け止めていいのか困惑したヤドルが、男に滅茶滅茶殴られたのは、言うまでもない。


 * * *


 男はヤドルをフルボッコにして満足したのか、ブレスレットが外せないという問題の根本を放置して帰ってしまった。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「いや、そんなに謝らないでくれよ。元はといえば俺が悪いんだし」

「でも……」

「…………なぁ、一つ聞いてもいいか?」

「何でしょう?」

「お前、……親と何かあったのか?」


 ヤドルは、踏み込んでみることにした。

 今回知らず知らずにチェイスの地雷を踏みぬいたので、これからアルバイトできるとなったとき、また同じミスを繰り返さないようにするため……いや、興味がわいたからであろう。


「…………」

「あぁ、話したくないならいいぞ」

「……ヤドルはすごいとか言ってくれたけど、やっぱ私みたいなのがこんな店開いているのっておかしいですよね」

「まぁ、そりゃそうだな」

「素直に答えるんですね」

「俺は基本的に正直だぞ」

「はは、そうなんですね」


 チェイスはそのまま、自分の過去について軽く話をした。

 話された内容は本当に少しで、チェイスがまだ幼い頃に彼女の両親はこの店と共にチェイスのことを捨てた……ただそれだけだった。


「その時、店の運営を手伝ってくれた女の人がいて、あの人にはとてもお世話になったわ。いつも『今日も結婚できなかった……ムキー』とか言ってる人で面白かったわ」


 ヤドルは、チェイスの『ムキー』にとてつもない既視感を感じ、何かカナの先輩女神みたいな人だなぁと何となく思った。

 確かめようがないので、ヤドルは聞かなかったけれど。


「……今話せるのはこのくらい。それ以上は、まだ……」

「いや、話してくれてありがとうな」

「じゃ、面接の続きね。あなたのことを教えてほしいわ。私自分のこと話しちゃったから、お返しで」


 チェイスの言葉に、ヤドルは素直に従った。

 さっき殴られているときに、思い出した記憶を整理したかったのも理由である。


「俺の両親は海外で働いていて、俺は幼馴染の家によくお世話になっていたんだ。だから、俺も自分の親のことはよく知らない」

「……あなたも、『ひとり』だったの?」


 チェイスは無意識に聞いていた。

 彼女が言う『ひとり』は家族がいないということだ。

 チェイスのことを幼い頃に助けてくれた女性はいたが、その女性は『母』のような存在ではなかったのだ。


「いや、俺は幼馴染の家にお世話になってた。そこは空手道場で、毎日しごかれたもんさ」

「カラテ?」

「戦い方の一つみたいなもんさ」


 ヤドルは、そこでいい案を思いついた。

 チェイスとヤドル、お互いに幸せになれる、win-winなことを。


「なぁ、チェイス。俺とお前、家族にならないか?」


 チェイスは一瞬のうちに顔を真っ赤にして、固まったので、ヤドルは勘違いを招いたとすぐに気づいた。


「あぁ違うんだ。そうじゃない。あれだよ、一緒に住もうって言っているんだ」

「えっ、あぁそういうことね」


 ここでチェイスでなければ、「いきなり同棲とか、何言っているのよ!」となっていたかと思われるが、チェイスは年相応に純粋である。

 家族になろう、と言われたときは流石にプロポーズと勘違いしてしまったのだが……


「では、ヤドル、あなたのことを住み込みバイトとして雇うことにしたわ。これから、シゴクから覚悟してなさい」

「アルバイト、初体験なので……お手柔らかにお願いします」


 2人は笑顔で握手を交わし、さっそく店の散らかった商品の片付けから始めた。


 後日、ヤドルが女子の元で働く……それも住み込みでバイトすることになっていたと、予想していなかったカナが叫び散らすのは、想像に難くない。

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