03.お金なんて持っている訳ないじゃない
「とりあえずギルドに行けば、冒険者登録できるって言ってたよな、お前」
「…………」
「おま……」
「知るか、ボケなす! てか、言ったじゃん。この世界は私の管理してるとこじゃないから、知らないことだらけだって」
ヤドルとカナは、冒険者ギルドで冒険者登録をしようとしたが、受付嬢から「それはできない」と言われ、八つ当たりしあっていた。
ちなみに、広場で散々「下の名前で呼び合おう」としていたのに、最終的にはまた「お前/あなた呼び」に戻ってしまっている。非常に無駄な時間ばかり使うのが、ヤドルとカナである。
ギルドの受付嬢は、ヤドルとカナに再び冒険者登録の条件について話始めた。
「はぁ……冒険者とは、ギルドが承認して初めて活動が認められる存在であります。これは不用意に冒険者が乱立し、冒険者同士のトラブルや力をつけた冒険者が国を脅かす集団にならないようにするためです。ここまでは理解していただけましたよね」
「まっまぁ……」
「そして、冒険者になるためなのですが……」
ギルドの受付嬢曰く、ギルドに承認してもらうためには、
1.既にギルドに承認された冒険者ないし、町長や訓練場の推薦状が必要。
2.一人当たり、6000ダラの登録料が必要。
「なぁ、6000ダラって日本円でどれくらい何だ?」
「だいたい60万円ね……私とあなたを登録する必要があるから、計120万円よ」
「なぁ、お前……いくら持ってる?」
カナはヤドルから目をそらした。
ヤドルは察した。自分の置かれた状況を。冒険者になるためのハードルがクッソ高いことに。
「クッソ何だよ。冒険者って、金持ちのボンボンしかなれねぇということかよ」
ヤドルの愚痴に受付嬢は、それは違うと否定した。
「何も、そういうことではありませんよ。ギルドは国に認められた存在。だから国のそれなりの身分に身を置く人からの推薦状が必要なのです。ですが、『推薦状を書くだけなら』と、時々貴族の方で大量に推薦状を書いてしまう人がいるのです。推薦状を書くならば、それだけ信頼を置く存在でなければいけないはずなのに……」
「つまり、あれか? お偉いさんがお金を渡してもいいって思える相手だけに、推薦状を書いてもらうようにするためってことか」
基本的に冒険者になるためのお金は、推薦状を書いた身分の高い人が支払うようだ。
「なっなぁお前……」
「そんな情けない目しないでよ。私、この世界で人脈なんて持ってないわよ」
「何か持ってきたものとかはないのか? 一応、女神だろ。高いもん持ってんじゃ?」
ヤドルの何気ない一言に、カナは両目を見開いた。
不思議と彼女の金髪もふわりと広がったように見え、ヤドルは、
――あぁ、何かまた怒られそうな気がする。
その予感は正しく、
「あっあなたは女神の私を転移に巻き込んだだけじゃ飽き足らず、私の持ってるもの売れとか言い出すの? 酷い、心なし。先輩女神!」
「おっお前、自分の先輩を悪口に使うなy……」
「神の裁きを喰らいなさい!!」
――あぁ、いつもの膝蹴りぃぃぃ!
この直後、カナとヤドルはめちゃめちゃデカい悲鳴を上げた。
* * * *
「いい加減さ、『感覚共有』の魔法のこと覚えておけよ……アホだろ」
「べっ別に、さっきのはあなたが不利益を被った訳じゃないから、いいじゃない。っていうか、逆に私にもダメージ入ったから、膝蹴りが一発で済んだのよ。よかったじゃない」
「自分で言ってて、恥ずかしいとか思わないの?」
「…………」
「自分で自分に膝蹴りしてるみたいなことだよ……情けないとは思わないの?」
「………………」
カナは歩くスピードを速めて、ヤドルに自分の顔が見られないようにした。
しかし、カナの両手と肩が不自然にピクピクと動いていたのをヤドルは見逃さず、自然とにやけてしまっていた。
それに気づかないカナは、話をそらして自分が恥ずかしくなっていることを隠そうと考えた。
「でも、良かったわよね。このクエストをこなせば、紹介状とお金はギルドが何とかしてくれるなんて」
「まぁ、俺らでひたすら受付嬢に泣きついた結果っていう本当のことを言えば、かなりだせぇけどな」
ヤドルとカナは紹介状もお金も無かったし、それらを入手する手段が一つもなかったので、……ひたすら受付嬢に泣きついた。
その結果、ギルドが用意した『実力試し』のクエストをクリアすることで、ギルド承認済みの冒険者として登録してもらえることになったのだ。
「なーんか、裏口入学みたいでドキドキするわね。こんなにおいしい話があっていいのか、ちょっと心配になってくるけどね」
「フラグっぽいこと言わないでくれよ……ここか」
ヤドルとカナは、受付嬢に言われた場所にたどり着いた。
受付嬢に渡された地図には術式が組み込まれているようで、ヤドルとカナの現在地を示してくれるため、2人は迷うことなく目的地にたどり着いた。
「ねぇあなた。この場所、ものすんごく嫌な予感するんだけど……どうでしょう」
「どうでしょうって言われても……どうしましょうって感じなんだが」
たどり着いた場所は、森の中腹にひっそりと開いていた洞窟だった。
「人気という人気が全くないんだけど……私たち、ここに捨てられるとかじゃないよね。ギルドで騒いだから、ここに閉じ込めるとか。そういうことじゃないよね。ねぇ、ねぇ」
目じりにうっすら涙を浮かべながら、カナはヤドルの服を引っ張って訴えた。
カナの言ったことはヤドルも同感ではあったが、それを認めてしまうと「負け」な気がしたので、頑なに認めないようにした。
「お前、受付嬢の悪口いうんじゃねぇよ。まさかあの人が、俺たちを騙してた訳なんてねぇだろ」
「何よ、私よりもちょっと話しただけの女の言葉を信用するの? バカでしょ、それは流石にアホウでしょう。おy……」
「『親鳥の顔が思い出せない訳?』とかでも言う気か? 転生したとき最初に出会ったのはお前だけど、別にまだそんな信頼関係築けてねぇじゃん」
「でもムカつくのよ。何で? 何で私よりも、その受付嬢のこと信じるのよぉぉ」
「おっおい、お前。勝手に行くなって」
カナは叫びながら洞窟の中へと入ってしまったので、ヤドルは急いでカナの後を追った。
「いいじゃない、やってやろうじゃないの。クエストクリアして、さっさとあの受付嬢問い詰めてやるわ」
「いいから待てって。作戦とか、まだ何にも考えていないだろ」
「ただ『敵を倒す』だけでしょ。やってやろうじゃないの」
クエストの内容は、ロッククラブというモンスターを倒すことらしい。
ロッククラブは、日本にいるヤドカリを巨大化したようなモンスターであり、その大きさは成人男性の腰の高さ程度まである。
ヤドルたちが受付嬢から貰った情報はその程度である。
実際、ロッククラブを見つけるのはその情報で十分で、カナは洞窟を走り回っている内にロッククラブが一匹で動いているのを見かけた。
「見つけた! こいつを倒せばいいのよね!」
「待てって、てか。お前まさか!!」
ロッククラブを見つけて近づいても、走る速度を一切落とさないカナに、ヤドルはものすんごくイヤな予感がした。
その予感はやはり正しく、カナはロッククラブの岩の部分に向けて……思いっきり飛び膝蹴りをかました。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うっ痛いぃぃぃぃ!」
言うまでもなく、岩に膝蹴りかましたら痛いに決まっている。
カナは特に防具も身に着けていない状況なので、なおさらである。
「こんのバカ女! ふざけんじゃねぇ」
「でも、倒すにはこれしか」
「だから待てって言ったじゃん」
そうこうしている内に、騒ぎ声を聞きつけたのかロッククラブの群れが、わんさかと周囲から現れた。
最初は一匹しかいなかったロッククラブがいつの間にか10匹にも届きそうな勢いだ。
――あれ、もしかして囲まれてる?
そう判断したヤドルは、「戦うしかない」と思った。
しかし、……
「なぁ、今更なんだが」
「何よ、今悠長に会話している暇はないわよ」
「俺たちって……武器、持ってないよな」
「あっ……」
ヤドルの言葉に、ハッとした顔をするカナ。
気づくのが遅かったのは、言うまでもない。
ロッククラブたちに囲まれたこの状況では、武器を用意するなんて無理である。
「…………どうしよう」
「どうしよう、じゃねぇよ。どうするんだよ。お前が勝手に突っ走るからこんなことになるんだろうが!」
「今怒ってもどうしようもないわよ!」
「怒らずにいられるか、ボケ! ……そうだ、お前『魔法』だよ。何か攻撃できる魔法とかないのかよ!」
「私は女神よ、回復魔法しかないに決まっているじゃない!!」
「ヒールで敵倒せよ!!!」
「無茶言わないでよぉぉ」
そうこうしている内に、ロッククラブたちの群れはヤドルにドンドン近づいて行っている。
「なぁ、最終的に聞いていなかったけど、お前がこの世界に持ってきたものって何がある?」
「この手鏡くらい……」
「手鏡なんか使い物にならないじゃないか!」
「女子には必要なマストアイテムなのよ」
「全く役に立たねぇじゃなぇかお前!!」
「あんたも役に立ってないじゃない。人のこと言ってないで、打開策とか考えなさい!」
――やっぱ、俺たち。あの受付嬢に騙されたのかなぁ。
――あの受付嬢、絶対にあとでシバイてやるんだから……。
その日、洞窟内にカナとヤドルの絶叫が響き渡った。
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