02.一応、俺って勇者ということでいいんだよな
異世界へと、行き遅れ先輩女神によって飛ばされてしまったヤドルとカナ。
二人の目の前には、よくある異世界というか、中世にファンタジー付け足したような光景が広がっていた。
ヤドルは、その光景に「よし」と心の中でガッツポーズをした。
――記憶は全部取り戻した訳じゃないけど……この文字は確かに。
ヤドルは右手にマジックで書いた文字を確認しながら、自分がこれから目指すのは『テンプレ』だということを再認識した。
誰かを救うには、『テンプレ』が必要なのだ。その理由も、『救うべき人』が誰なのかさえ、ヤドルは覚えていないのだが。
「よし、お前。とりあえず、ここは冒険者ギルドとかに行くか、この町がいきなり魔王軍とかに襲われるイベントが発生するのが大抵だろう。それにはひとまず、武器が必要だと思うのだが……どうした?」
「うわぁぁぁぁぁぁん、何てことしてくれるのよ。なんで私もこんな世界にこなきゃ行けないのよ……やっと女神の仕事に慣れ始めたばっかりだったのに……」
「おい、お前俺の話聞いてんの?」
「うわぁぁぁぁぁんっ」
ヤドルの言葉を完全に無視し、カナはひたすら泣いていた。それも、わんわんと。うずくまり、まるで子供のように……。
ヤドル自身『テンプレ』な感じ頑張っていきたいのだが、カナがしっかりしてくれないと、この世界の情報とかも全く持っていないヤドルはどうしたらいいのか、わからないままである。
ひたすらわんわん泣くカナの横で、棒立ちすることしかできないヤドル。
「やだ、あの男……ヒソヒソ」
「あんな可愛い子泣かせて、何もしてあげないとか……ヒソヒソ」
「これだから最近の子は……ヒソヒソ」
次第に周囲の目が厳しいものへと変わり始めていた。
――知るかよ、だってこいつが勝手に泣いているだけじゃん。
――女子なんか、ロクに相手したことねぇから全く分かんねぇし。
ヤドルは心の中で逆切れ気味だった。
しかし、流石にどうにかしないとダメなのは明白である。
「ちょっ、みなさん、これは違ってですね……」
――いや、いや弁解している場合じゃなくて。
ヤドルは頭を抱え、無意識に物理的に自分の頭を叩いた。
「痛っ……」
「あっ、そう言えば」
「……うわぁぁん」
『感覚共有』の魔法が仕込まれた指輪によって、ヤドルが感じた痛みがそのままカナにも通じた。
ヤドルはそのことを思い出し、泣きわめくカナに集まってきた野次馬をどうにかするため……自分の上半身にある2つの『突起』のうち、右の方を思いっきり捩じってみた。
「きゃっ、あぁっ。あっあんたねぇぇぇ」
ヤドルは調子をよくし、自分の胸を揉みしだいてみた。
「絶対ゆるさない。絶対、泣かせてやるんだかr、ああぁぁん」
怒りと恥ずかしさと、プラスアルファな何かによって、顔を真っ赤にするカナ。
若干、変な声も出してしまっているのだが、周囲の目はカナから離れていた。
「あの男……自分の胸を……ヒソヒソ」
「なっ何がしたいのかしら……ヒソヒソ」
「あれかしら。『開発済み』というやつかしら……ヒソヒソ」
そう、周囲の人々は、カナとヤドルが『感覚共有』されているとは知らない。
いきなり公共の面前で、自分の胸を楽しそうに揉みしだく男……変態以外、何と言い表せばいいだろうか。
そんな変態と積極的に関わりたい人はおらず、周囲の野次馬は次第に音もなくフェードアウトしていった。
「あれ……?」
「……(このやろう)……」
「えっ? 何だって?」
「くたばっとけ、この野郎!!」
誰もいなくなった広場にて、カナの膝蹴りの鈍い音と。
ヤドルとカナの悲鳴が響き渡った。
◆ ◆ ◆ ◆
「お前って、本当にバカだよな。バカというか、学習しないというか……脳筋?」
「うっさいわね。急にこんな世界に飛ばされちゃうなんて、思いもしなかったのに……思いもしなかったのにっ!!」
「繰り返さないでいい。分かった分かった。謝るから」
「それでよろしい」
駆け付けた警備隊のおっさんに「これだから若いカップルは……」と、説教を食らった後、カナとヤドルは互いのアホな行為を指摘しあっていた。
一通り痛めつけあった後、2人はやっと正気に戻ったのだ。
「なぁ、お前さ。何個か聞きたいことあるんだけど、良いか?」
「迷える子羊を導くのが我々女神の役目……さぁ、何でも聞きなさい」
ヤドルはカナの態度にムッとしたが、キリがないので怒らないでいた。
そもそも2人とも、言う程本気で怒ってはいないのだが、本人たちは、まだ気づいていない。
「じゃぁ、まず。俺って一応、勇者ってことで良いんだよな。この世界を救う系の」
「うん、その筈よ。どこかにいる魔王か何かを倒して、人々を救おう、世界を救おう系の筈だよ」
「よし、一先ずはテンプレの軌道に一応乗れて……あれ……」
そこでヤドルは、カナの言葉に何か『含み』があることに気づいた。
「なっ、なぁお前。一つ心配になったんだが……お前の言うことって、俺が勇者なのって、『確実』なことなのか?」
「…………(・。・;」
「………………まさか」
ヤドルの追求に、カナは蟀谷の辺りからタラタラ汗を浮かべ始め……
「しっ仕方ないじゃない。本当なら『私が管理している異世界』にあなたを飛ばす予定だったのに、あんたが先輩に余計なこと言うから、『先輩が管理している異世界』に飛んじゃったんじゃん!」
薄く金色に光る長い髪をゆらし、プリプリと怒るカナを見ていると、ヤドルは彼女のことをさらにイジりたくなっってしまっているのだが、今はある程度自重していた。
「あぁ、それはすまなかったって。ごめんごめん……ところで、じゃあお前は何を知って」
ヤドルが素直に謝った言葉を聞きながら、カナはあることに気づいた。
「ねぇ、その『お前』って呼ぶのやめてくれない? 何かケンカ売られているようで、腹立ってくるというか」
「はいはい、女神様。仰せのままに、何なりと」
「……それ、ケンカ売ってる? 割と、マジで」
「それなら、何て呼べばいいんだよ。お前、名字とかあるのか?」
「それは……」
カナは昔の記憶の大半を失っており、自身の名前も下の名前しか覚えていない。
だが、カナはヤドルに自分の弱みを握られたくないので、その事実は隠し見栄を張ることにした。
「めっ女神に名字なんてものは必要ないのよ」
「本当かぁ? すんげぇ汗かいてるけど……」
「これはその……代謝よ。代謝。脂肪を燃焼しているのよ」
「てっきとうなウソ付くなよ……」
「ウソじゃないもん……」(汗
「あぁはいはい。分かりましたよ」
――そもそもお前、いまさら燃やすような脂肪付いてなさそうなんけどな。
ヤドルは、駄々こねる子供のようなカナを見ながらそう思った。
確かに、カナには無駄な脂肪とかはなく、全体的に引き締まっていて、健康的な身体でバランスの良い体型である。
そういう褒め言葉を言えばいいのに、ヤドルは余計なことばっか言って肝心なことは口に出さない。
それは、ヤドルの昔からの癖であり、よく指摘されたことでもあった。
「じゃぁ、呼び方は一択だな。改めて……というか、ちゃんと言っていなかったな。これからよろしくな、カナ」
「うん。頑張ろうね、ヤドル」
「…………何、恥ずかしがってんだよ」
「…………あっあなたこそ、顔赤くしてるじゃない」
2人とも互いの名前を改めて、目を合わせて言い合うと、やたらと恥ずかしさが込み上げてきたようだ。
改めて互いのことを意識したというか、何というか。
2人はまだ、記憶の一部を失っている状態のまま。
つまり、『お互いが元々付き合っていた』という事実も完全に忘れているので、2人とも訳わからないけど、めちゃくちゃ恥ずかしくなったのだ。
彼は、彼女に。
彼女は、彼に。
初々しいカップルのような状態になってしまったヤドルとカナ。
その状況を自分たちで認めると、余計込み上げてくるのは照れくささだけなのだが、その感情が込み上げてくる理由が分からないから、もうどうしようもない2人である。
ヤドルは、状況を変えようと、さっきのカナの発言を指摘することにした。
「ぬっ……てか、お前。自分で言っておきながら、俺のこと、『あなた』って」
「あっ、でもあなたも今、『お前』って」
「……ぬぅ」
「……むぅ」
2人は、『せーの』で互いの名前を呼びあい、また顔を真っ赤にして、という流れを何度も繰り返していた。
そのせいで、広場の周りにいた人々は、ヤドルとカナのことを完全に『初々しいバカップル』と認識し始めていたのだが、2人は全く気づかなかいままであった。
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